文化祭・距離3
露店を見るのはとても楽しかった。カラオケ大会も、時々とんでもなく上手い人がいたり、先生がバンドを組んで披露していたりと、なかなか見ごたえがある。
あっという間に時間は過ぎ、気付けばもうすぐ一時間が経とうとしていた。櫂人がステージ横の時計に目を向ける。
「あ、そろそろ時間かな」
姫芽も櫂人の視線を追って、時計を見た。十二時まで、もう十分を切っている。姫芽は買ったアクセサリーをポケットの中に入れて頷いた。
校舎内はさっきよりも少しだけ空いていた。きっと、昼食のために近くのレストランに行ったり、食事ができる店に入ったりしているのだろう。
今度は櫂人との間に距離ができることはない。姫芽の両手は、自由なままだ。
「姫芽ちゃんはこの後休憩だよね」
「うん。美紗ちゃんと回るつもり」
「それ、俺も一緒で良い? 歩のとこ行くんでしょ。俺、あいつと回る予定だし」
櫂人が自然に聞いてくる。
姫芽は一瞬断ろうか悩んだ。今は当番だから、二人で歩いていても誰にも何も言われない。しかし、櫂人の自由時間を一緒に過ごすとなると、少し、いやかなり気になる。だって姫芽が転校して最初に友達が作れなかったのは、きっとこの櫂人のせいなのだ。
それでも姫芽は、もうしばらく櫂人といたいと思ってしまった。
結果、とても曖昧な返事になる。
「私は良いけど……美紗ちゃんに聞いてみる」
逃げだと分かっていても、今の姫芽はそう言うことしかできなかった。
教室は、丁度混み始めてきた頃のようだ。交代でシフトに入っている人数も、朝よりも多い。プラカードを置いて戻った姫芽が、待っていてくれた美紗に櫂人も一緒で良いかと聞くと、美紗は二つ返事で頷いた。
「──だって、園村くん連れてたら、飯島くんに近付きやすいし……!」
姫芽は目的に忠実な美紗に、素直に感動した。そして念の為に、すっかり櫂人の特性を忘れているらしい美紗に一言添える。
「美紗ちゃんが良いなら、構わないけど。頑張ろうね」
「え?」
美紗が首を傾げる。姫芽は、ちょいちょい、と教室の前の廊下の壁に寄りかかっている櫂人を指さした。
櫂人の周囲には、同じクラスや同学年だけではない女子がこれでもかと集まっている。櫂人はそれを誰も傷つけない困ったような笑顔で断っていた。
「ごめん、先約があるから」
断られた女子達は、その羨ましい先約が気になっているのか、少し離れたところで櫂人の様子を窺っている。
美紗が小さな声でひえ、と言った。
「え……やっぱりお断りさせ」
「歩のとこだよね」
姫芽達の会話を聞いていたのかいないのか、すぐ側に櫂人がいた。いつの間に移動してきたのだろう。そして、美紗の乙女心にぐさりと刺さる一言を選ぶ。
美紗の頬は分かりやすく赤く染まった。
「お願いいたします、園村様!」
美紗が両手を握り、気合いを入れて言う。そのあまりに勢いの強い仕草に、姫芽と櫂人は小さく吹き出して笑った。
歩のクラスは三つ隣だ。合流してから昼食にしようと決め、姫芽達は二年E組の教室に向かった。
E組の教室前は、おどろおどろしい装飾が施されていた。どうやら、西洋の廃屋がモデルになっているらしい。黒い模造紙に赤いペンキが垂れるように塗られているだけで、もう、見た目からしてホラーだ。
歩は教室の前の廊下に立って、窓の外に目を向けていた。
「歩、来たよ」
「おっ、櫂人。あれ、二人とも、来てくれたんだ」
歩が人懐っこい印象の笑顔で手を振る。
その衣装は、いかにもドラキュラだった。
タキシード風の上下に、黒いマント。マントの裏地が赤なのもまた非常にそれっぽい。控えめだが血糊もついていた。校内は冷房が効いているとはいえ、なんだか櫂人よりも暑そうだ。
美紗が前のめりに歩を見ている。
「はいっ! そ、その……衣装、よく似合ってます!」
姫芽も、歩によく似合っていると思った。というよりも、隣に執事風の衣装を着た櫂人がいるせいで、二人セットで非常に顔の良い西洋風の主従に見えてくる。
「ありがとー。さて、それじゃ、ちょっくらやってこようかな」
歩がうれしそうに笑って、自分のクラスを指さした。
昼食時だからか、お化け屋敷に並んでいる人はいない。
「あれ、これから休憩なんじゃないの?」
「せっかく来てくれたんだから、入ってくでしょ。俺、脅かし役やってあげるよ。こわーいドラキュラ、期待してて!」
歩はそう言って、受付をしている女子に声をかけて、中に入っていってしまった。
「……行っちゃった」
「仕方ないな。姫芽ちゃんは怖いの平気?」
櫂人が姫芽に問いかける。
「あ、うん。私は」
姫芽はお化け屋敷はあまり苦手ではないので、大丈夫だと頷いて見せた。しかし姫芽の隣にいる美紗が、姫芽のエプロンの紐をぎゅうっと掴んでしまう。
「美紗ちゃん……?」
「待って。私、無理な気しかしないんだけど」
美紗はお化け屋敷の方を見て、どうしよう、と言った。
元々美紗が歩を見たいと言ったから来たはずなのに、今になってお化け屋敷が怖くなってきてしまったらしい。やめておこうか、と言いかけた姫芽に、美紗はぶんぶんと何かを振り払うように首を振って、それから大きく一度頷いた。
「でも、飯島くんがいるんだもんね。うん。大丈夫、大丈夫」
「ねえ、そんな無理しなくても」
「大丈夫! 姫芽ちゃん、手、握ってて良い?」
美紗が上目遣いで聞いてくる。姫芽は当然だと、左手を差し出した。
「良いよ」
「──それじゃあ行こうか」
美紗が姫芽の手を握る。
櫂人が苦笑して、受付の女子に声をかけた。