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文化祭・距離2

 中庭ではカラオケ大会が行われていて、人が集まっていた。

 姫芽は頷いて、櫂人の少し後ろをついていく。正直、校内の構造をまだ完全には覚えていないのだ。迷い無く歩いていく櫂人の後をついていく方が、都合が良い。

 なんとなく、櫂人にそのことを知られたくはなかった。

 昼が近付いて、校内の客が増えているようだ。廊下を歩く人も、さっきよりも多い。

 プラカードを担いで歩いている櫂人はやはり目立つようだ。当然のことだが、他のクラスにも櫂人を気にしている生徒は多い。

 通行人と櫂人に話しかけようと寄ってくる女子生徒で、姫芽と櫂人の間がどんどん離れていく。人混みの中から、ぴょこんとプラカードだけが飛び出して見えていた。

 がやがやと煩い人混みが、姫芽を卑屈にしていく。

 姫芽と櫂人の間にあるものは、本当に友情なのだろうか。櫂人が姫芽に近付いてきたのは、姫芽がセリーナとかいう王女の生まれ変わりだと櫂人が思っているからだ。もしも姫芽がただの姫芽なら、きっと櫂人が今こうして姫芽といることはないだろう。

 さっき姫芽と櫂人に客寄せのために校内を回るようにと言った文化祭委員も、櫂人と姫芽の仲が良く見えていたから、二人で組ませたのだろう。相手によっては、櫂人が無駄に疲れると分かっての配慮だ。


 セリーナ姫って、どんな人だったの?


 そんな疑問が、姫芽の心にこびりついて消えないままでいる。

 このままでは、はぐれてしまうだろう。


 櫂人は良い人だ。いつの間にか姫芽は姫芽として、櫂人の友人として、ちゃんと側にいたいと思うようになっていた。

 顔を上げて人混みを掻き分けようと気合いを入れた姫芽の右手を、いつの間にかすぐ側に戻ってきていた櫂人の手が、掬い上げるようにして掴んだ。

 大きな手の感触に、は、と顔を上げる。


「はぐれるから、掴んでて」


 櫂人はそれだけ言って、歩き出した。ずんずんと前に進んでいく。姫芽はもうほとんど駆け足でそれについて行った。

 さっきとは逆の意味で、周囲の景色が流れていく。


「あの、この手は」


 姫芽が必死で声を上げる。

 擦れ違う生徒達が、驚いたように姫芽と櫂人を、その間にある繋いだ手を、見ている。

 櫂人は歩調を緩めないまま、姫芽に答えた。


「エスコート……じゃなくて、ほら、友達だから」


 友達だから。

 姫芽と櫂人の間にあるものはそれだけではないのに、エスコート、と言った言葉も聞こえていたのに。


「はぁ……分かった」


 姫芽は、仕方がないという風を装って溜息交じりに言った。

 少し人が減ったところで、櫂人が歩調を元に戻した。

 繋いだ手が熱い。握り返してしまった手は、離せなかった。


「……ありがとう」


 姫芽が小さく小さく呟く。

 櫂人が、勢いよく振り返った。


「ありがとうって言った!?」


 その目が、まるで主人に褒められた大型犬のように輝いていて、姫芽はついつい笑いが漏れる。こんなに皆を引きつける見た目の人が、自分に対してちゃんと向き合ってくれているということが、嬉しかった。

 櫂人はそんな姫芽を見て、僅かに首を傾げる。

 そんな態度に、姫芽はどうしようもなく安心した。


「何も? 早く行こうよ」


 姫芽は自分の中の説明できない感情を見ない振りで、櫂人の手を引いた。櫂人が苦笑して、プラカードを振って、姫芽が向かおうとした方向とは逆の方向を示す。


「姫芽ちゃん、そっちじゃなくてこっち」


「あ」


「俺の後をついてきてください」


 櫂人が、姫芽の少し前を行く。

 どうしてか分からないけれど、姫芽は、この背中についていけば大丈夫だと、確かに感じていた。



 中庭は、たくさんの人で賑わっていた。

 カラオケ大会のステージを囲むように、陶芸部や美術部、個人で登録した生徒等が露店を出しているようだ。食器や小物、アクセサリー等を販売している。文化祭の出店基準として、利益率は学校からしっかりと決められている。その分、可愛らしいアクセサリーもかなりお手ごろ価格だった。

 姫芽は、その光景に目を見張った。こんなの、前の高校では考えられないことだ。


「うわぁ、すごい!」


 ついつい目が輝いてしまう。丁度良いことに、ポケットの中には財布も入っている。貴重品は持っていって、と言ってくれた文化祭委員の男子に感謝だ。

 櫂人が姫芽の表情を見て、ふっと目を細めた。


「折角だし、何か買おうか」


 それは、とても魅力的な誘いだった。

 嬉しい、と思って顔を上げて、櫂人が持っているプラカードに本来の目的を思い出す。


「でも、宣伝……」


「大丈夫、プラカード持ってれば」


 櫂人はそう言って姫芽に気になる店を聞く。姫芽が手前の店を指さすと、櫂人は当然のように手を引いた。

 店の前でしゃがんだところで、櫂人が姫芽の手を離す。

 ずっと繋いでいたから、離れることに違和感があった。

 友達だから手を繋ぐなんて、高校生にもなっておかしなことだとは分かっている。櫂人は目立つから、明日になったら誰かに何かを言われるかもしれない。それでも構わないと、何故か今の姫芽は思っていた。

 並んでいるのは、レジンで作られたアクセサリーだ。透明なレジンの中に、花や金属のパーツが入れられている。正直同じ高校生が作ったとは思えないほど本格的な仕上がりだった。


「いらっしゃいませー、って、うわ、園村くんじゃん」


 店番をしている女子生徒が、櫂人を見て驚いたように僅かに身を引いた。


「少し見せてもらうね」


「あ、どうぞどうぞ! っていうか、その格好……」


 女子生徒が、執事風の服を着た櫂人に目を止める。櫂人がにこりと接客用の笑みを羽化げた。


「英国風喫茶やってるから。後で是非来てね」


「行きます……!!」


 櫂人に言われて、店員の女子生徒は嬉しそうに何度も頷いていた。これは、確かに客引きに違いない。

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