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霧の八峰山  作者: ウチダ勝晃
第二章 八峰山のふもとへ……
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八峰山のふもとへ……①

 写真のデータが無事に修復され、真樹啓介と少年がその実物を拝むことになったのは、二日後にはカレンダーがもう八月へ移ろうという、珍しく雨の降る日の午後のことだった。昼前に早々と店を閉め、事情を聞いて駆け付けた坂東医師と昼間からビールを開けていた真樹は、井村を迎えに出た少年が戻るのを待ち、酒臭い吐息をもらしていた。

 やがて、店先でタクシーのブレーキ音がしたのに気付くと、真樹はふらつく足元のまま階下へ降り、こうもり傘に収まった井村と、傘を差しだす少年に、ささ、こっちへ、と手招きをした。

「――ついさっき、データが送信されてきましてね。USBに入れてあるから、真樹さんのパソコンで確認してみましょう」

 借りたタオルで服の水気を取りながら、少年はハーフリムの眼鏡をかけた井村に、USBを真樹へ渡すよう促す。

「事情は彼から聞いてご存知と思いますが、例のロケットが妙な経緯で戻ってきて、部員一同ひどく困惑しています。それに、あとから実験室裏の路面が、そこの道路のように溶けているのが分かりまして……」

「なんだって――」

 井村の言葉に、坂東医師は口から落ちそうになったキャメルをおさえつつ、じっと彼の顔をのぞく。

「学校の敷地だって理由で、報道はされなかったんだそうですよ。――して、真樹さん、どないですか」

 開襟シャツ姿の少年が様子を聞くと、真樹は先にUSBを井村へ渡し、

「ひとまず、スライドショー形式で見ることはできるよ。コピーしたきりで、まだ中身はみていないからなあ……」

 部屋の灯りを落とすと、真樹のそばへ一同は近寄り、彼がキーを押すのを、固唾を呑んで見守った。

 最初の方に写っていたのは、テストとして撮影されたらしい、部員たちの立ち姿であった。そこから数枚先になって、風船であがってからの写真へ切り替わり、今度はひたすらに青い、そして広大な傘岡市の上空写真が十数枚にわたって続いたあとになって、突然、真っ黒い画像が現れたので、

「――井村くん、これ、壊れたままなのかい」

 少年の問いに、井村はまさか、と語気強く、

「ここに入っているのは、みんなきちんと画像として認識できるものばかりのはずですよ」

 問いにたじろぐ井村に、真樹は改めて写真へ目をやったが、そのうちにようやく風景らしいものが出たので、今までのものはどうやら暗がりにカメラが反応していただけらしい、という結論になった。

 だが、この風景というのが、ここまでのものとはまるきり違うので、一同は首を傾げ、はたしてここはどこなのだろう……としきりに唸るのであった。

 画面に出ていたのは、朝もやの中にうっそうと茂る林とその合間から辛うじて見える神社の本殿らしきものと、ところどころ丹塗りの禿げた大鳥居であった。あいにくと、それは鳥居を後ろからとらえたものであったために、普通なら名前の彫り込んである額は見ることが出来ず、乏しい情報だけから、真樹たちはその場所を割り出さねばならなかった。

「井村くん、これ、撮影時刻とかはわからないのかい」

「あいにくと、そういう部分のデータがいかれてしまっているんだ。どうやら、打ち上げから、戻ってくるまでの間らしいとわかるばかりで……」

 明かりをつけ、いくらか雨の和らいだ窓辺からそよぐ風で涼みながら、少年は井村に写真の日付などについての質問をぶつけたが、その回答は実に頼りないものであった。

「――まあ、壊れてしまったものはしょうがないさ。しかし、問題はこれからどうするか、だな。井村くん、君は一体全体、どうしようと思っている? ……いや、どうしたいと思っているんだい?」

 麦茶を注ぎ入れながら問いかける真樹の目は、ひどく真剣だった。それはかつて、坂東医師と共にある殺人事件の謎を追いかけて、実に意外な、恐るべき真相にたどり着いた経験から来る、危険との対峙の覚悟を尋ねるものであったが、そんなことなど知らぬ井村と少年は、

「もちろん、調査に行くに決まっているでしょう。ことと次第によっては、秋の文化祭で実に有意義な研究展示ができるかもしれないし……」

「僕も同意見ですよ、真樹さん。ひと夏の冒険、行かない手はないでしょう」

 と、無邪気に笑ってみせるばかりであった。

「しかし、道路を溶かすような何かが絡んでいるかもしれないんだぞ、もしも身に危険が――」

「まあまあ、真樹さん。そうカッカなさらずに……」

 意外にも、坂東医師は鷹揚に、若い二人の提案には賛成であった。

「この一件は科学的見地から見て、有意義な追及がなされるべきだと思いますよ。それがなおのこと、在野の学生たちによってなされたものであれば、これからの日本の科学分野に大きな一歩を投じることになるかもしれません」

「だがねえ――」

「なに、いざというときのために、きちんと大人がついていればいいんです。どうでしょうね、真樹さん……」

 大人、という言葉に、どうやらそれが自分と坂東医師のことだと分かると、真樹はその場へ座り込み、わかりましたよ、と、ガックリうなだれるのだった。

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