表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧の八峰山  作者: ウチダ勝晃
第五章 荒れ狂う女神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

荒れ狂う女神④

 鳴虎帆稲荷を囲んでいるらしい、神社本庁の一団を前にして、真樹たちはすっかりまいってしまった。かねてから各地の神社との関係でもめていると有名な私設団体である、とまでは知っていても、まさかこうして、人ならざる存在を追いかけるような部隊があるとは、夢にも思わなかったのである。

 ――ともかく、このままだんまりを決め込んでいるわけにはいくまい。

 そう考えると、真樹たちは表に出る支度を始めたが、その直後にナホが、お待ちなさい、と三人を呼び止めた。

「――あまり長い間はいられませんが、表に出られないわけではありません。つゆりちゃん、お二人を居間へお連れして。すぐに支度をして出ますから……」

 ゆるく羽織ったジャンパーの内ポケットへおもちゃの拳銃をしまいかけていた真樹は、ふすま越しに帯を解く音がしたのを悟ると、そのまま坂東医師の背中を押して、そそくさと居間へ向かった。

 二、三分ばかり、つゆりともども、外からのまばゆい投光器の明かりに囲まれながら、息を殺して待ち構えていると、足袋で床を踏む足音と一緒に、開け放たれたふすまの隅から、顔や腕に包帯を巻いた、ナホらしい女性が姿を現したので、真樹と坂東医師はハタと息をのんだ。

「――この前より、ずいぶんと包帯の面積が増えてしまいましてね。お見苦しい姿で失礼しますが、参りましょうか」

「参りましょうって、どちらに――」

「決まっているでしょう。この静かな山奥に騒動を持ち込む、不届きな神の使いどもにですよ」

 ナホの力強い言葉に、真樹は自分の投げた問いのあまりのつまらなさを嘆いたが、そんな暇もなく、彼女はつかつかと、つゆりを従えて玄関へと足早に急いでいる。遅れてはならぬと後を追うと、真樹と坂東医師は、彼女たちの背中越しに、まばゆい水銀灯の光にたじろぎ、その場に中腰になった。

『出てきたなっ、お前、いったい何者だ』

 メガホンから響く、中年がらみの男の声にナホは顔をしかめ、

「逃げも隠れもしない、わたしがお前たちの忌み嫌う邪なものだというなら、好きなようになさい。ですが、この娘にだけは手を出さらぬように頼みます。この子は何も知らないまま、この年まで育ってきたのですよ」

 と、精いっぱいの声で叫び、いつの間にか真樹の手から奪っていたおもちゃの拳銃を宙に向かって一発、実銃でも持ち合わせているかのように抜き放った。

『飛び道具とは卑怯だぞ』

「いきなり大石を寄こすようなあなたたちに言われたくはありませんよ。あの男、骨ぐらいは拾えましたか」

 ナホの言葉に、メガホン越しに言いよどむ息遣い、ざわめきが立つと、ほどなくして別の若い男の声が、熱でずいぶんもろくなっていたがな、と、実に恨みのこもった調子で投げつけられた。

『――それより、浦部宮司はどうしたのだ。あの男に用があってここまで来たのだ、はやいところ本人を……』

 代わりに、元いた男がメガホン越しに怒鳴ると、ナホはしばらく目をしばつかせて、肩をゆらすように息をしていたが、

「――浦部宮司は亡くなりました。わたしの姿の変わったのを見て、手助けをしようとした際、誤って粘液に溶け込んでしまったのです。……骨も残らず、あっという間のことでした」

 背後のつゆりが自分の背中に腕を絡みつかせるのを感じながら、ナホはため息でもつくような、力のない声でつぶやくのだった。

「――ごめんなさい、つゆりちゃん。あなたには、事が落ち着いたら一切を打ち明けるつもりだったの。でもまさか、こんな形になるだなんて……」

「……これは、ナホ様のせいじゃありません。きっと、祖父は鳴虎帆の社の人間として、使命を全うできたと喜んでいるでしょう」

 両の手でナホの上着の背をつかんだまま、顔をうつむけてしゃくるつゆりの言葉には、どこか自分へそう言い聞かせるような、無理のある色味が添えてあった。十代そこそこの少女が背負うにはあまりにも残酷な現実に、真樹と坂東医師は力なく、その光景を見ているより仕方なかった。

『よし、そうと決まれば、人でもないお前に用はない。――やれっ』

「よせっ、何をする気だっ――」

 メガホンの声が終わるのと、そのただならぬ語気に気付いた真樹が坂東医師からひったくったおもちゃの拳銃の引き金を引くのとほぼ同時のことだった。暗がりから飛んできた無数の矢が、吸い込まれるようにナホの体へと突き刺さったのは――。

「しまったっ」

「――ナホ様っ」

 一本としてずれることなく、喉元から足元に至るまで刺さった数本の矢に、どうにか威勢を保っていたナホが倒れ込むと、後ろから彼女を抱え込んだまま泣き叫ぶつゆりをかばうように、真樹と坂東医師は投光器の輪の中で、じっと相手へ目を凝らしながら、銃口を暗がりへとむけた。しかし、まわりにろくな明かりのない、霧の八峰山中のことである。なかなか目が暗がりには慣れず、いつまでたっても相手の姿はわからない。ただただ、神経だけが逆撫でされるばかりである。

『――いいかあっ、五分経ったらそっちへ駆け込むっ。それまでに貴様ら、身の振り方を考えとけえっ』

 とうとう、来るところまで来てしまった――。

 メガホンから飛び出たこの言葉に、真樹啓介はぐいと目をつぶった。打つ手なし、というよりほかに見当たらない、実に悲惨な状況である。

 すると、それまでぐったりとつゆりの膝で伸びていたナホが口元へ赤いものをにじませながら、空を掴むように右手を上げた。

「つゆりちゃん……真樹さん……坂東先生……大丈夫ですよ……」

「ナホさん、動いちゃいけないっ。傷口が広がるばかりだ……」

 だが、坂東医師の静止も聞かずに、ナホは胸元に刺さった矢の行列をにらみ、つゆりに背を預けながらゆっくりと起き上がった。それから、ぐいと上げた唇の隅に血をのぞかせたまま、ナホがゆっくりと、何やら低い声音で祝詞のようなものを唱えだしたので、真樹と坂東医師は思わず、後ろへのけぞった。

『――あと二分だぞっ、どうするっ』

「ナホさん、なにか策があるんですか」

「……もうじき、この霧が晴れます。この霧が晴れるときに、すべてが幕を閉じるのです……」

 祝詞を止して、ナホが実に晴れやかな顔を自分たちに向けたのを見ると、真樹と坂東医師はあたりを見回して、実に奇妙なことが起こっているのに気が付いた。それまで鬱陶しいまでに自分たちをくるんでいた霧が徐々に薄まりだし、にわかに風が強く吹き付けだしたのである。

「――これであとは、月が出てくれればすべてが終わります。真樹さん、そうなればあなたとは、これでお別れです。つゆりちゃん、あなたとこうしてお話しするのも、これが最後……」

「ナホ様、そんな、そんな……」

 祖父に続いて、ナホまでが自分の元から離れてしまうという事実にこらえ切れなかったのか、つゆりは大粒の涙を流しながら、傷だらけの女神の肩へ手をのせている。しかし、その切ない別れの場に水を差すように、すっかり薄れた霧の中から姿を見せた神社本庁の一団の姿を前にして、つゆりは涙を引っ込め、ありったけの罵詈雑言を彼らにぶちまけた。

「――この人が、ナホ様がいったい何をしたっていうの。あなたたちの身勝手な言い分に従う神社なんて、まともなところじゃないわ」

『ほざけっ、小娘。こんなところを見られては女共々、生かして逃がすわけにはいかない……』

 威勢のいい男の声が尻すぼみになって止んだのに気づくと、真樹と坂東医師は、足元が小刻みに揺れ、頭の上からじわじわと、真夏の日差しのような熱気を孕んだ、月明かりが差し込んでくるのに気づいて、ナホへ何が起こっているのかを尋ねた。だが、彼女はさきほどのような笑みを浮かべて、

「――すべてをなかったことにする、と言えば、きっとあなたにはお分かりになるでしょう。これが、一番まともな方法なんです」

 と、遠目で遊んでいる子供を眺めるようなまなざしで、真樹や坂東医師、つゆりを一瞥すると、ナホはおもむろに右手を挙げて、宙で手招きをした。

 辺り一面に、目もくらむような真昼のような白い明かりが広がったのは、そのすぐ直後の事だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ