霧影の古社②
宿の主人夫婦に見送られ、真樹たちがアシストつきの自転車で八ヶ峰神宮のさらに奥、手入れの悪い県道六十六号線のヘアピン・カーブを上りだしたのは、日のまだしぶとく残る、七時過ぎのことであった。
「ひでえなあ、これでほんとに県道かよォ」
子供の膝ほどの背丈の、昭和のころでもかなり古い部類に区分けされる心細いガードレールを一瞥すると、隊列の真ん中に収まっていた少年はひびだらけのアスファルトに轍をとられないよう、用心深く足を動かした。
「この頃はこういう道を酷い道って書いて、酷道というらしいぜ。よかったじゃないか、県から国へ格上げだぜ」
「そういうのは洒落ンならないんですよっ」
真樹の冗談にかみついた少年が、トンネルに入ったのを無視して叫んだせいで、ただでさえ古めかしいレンガ造りの洞内へキンキンとした声がこだまし、三人はせわしなく、出口へと急いだ。
「――さっきのはすごかったですねぇ」
トンネルの中で順番が入れ替わり、先頭に出た井村が並走する真樹へ苦い顔をしてみせる。
「強烈だったな、さすが、天然のエコーマシーンなだけはある」
「ケッ、誰のせいだと思ってんの……ああ、僕だったな」
入れ替わりに、最後尾でバツの悪そうな表情をする少年に、真樹は吹き出したいのをこらえながら、過ぎた道よりも寂しくなる、文字通りまばらな感覚の街灯の下を、夜風を切りながら下って行った。
トンネルを境に、少しだけゆるい下り坂になって開けた先に、たしかに地図の通りの稲荷神社があった。思っていたよりは割合参拝者がいるのか、蜘蛛の巣だらけの蛍光灯がはまった今までの街灯と違い、最新式のLED照明がはまった明かりの下へ整備の行き届いた小さい駐車場と、そこから延びる石段の先に、窓から寂しげに明かりの漏れる、社務所と住宅を兼ねたような平屋が、奥にご神体のある社をたたえてひっそりと建っていた。
「あれが例の鳴虎帆≪なとらほ≫稲荷か……。妙な名前ッスねぇ、真樹さん」
石段の真下で自転車を止めた少年が、先にスタンドを立てていた真樹へ声をかける。
「まあ、そう思うのが普通だろうよ。――ただ、鳴虎帆稲荷ってのは、ちょっと覚えがあってな」
「もしかして前に来たことでもあるんですか?」
井村の問いに真樹はうんにゃ、違う、と返し、
「何かで読んだ覚えがある、っていう程度さ。日ごろから、浴びるように本を読んでると、イザというときにどこで読んだか思い出せなくってねぇ……」
と、二人を前に、少し気恥しそうに頬を掻く。
「――ま、ひとまず来るとこまで来たんだ、ちょっくら行って、中にいる宮司なり誰なりにハナシ聞いてみましょうや」
「待ったっ」
少年が二人を差し置き、石段を上がりだしたので、真樹は驚いてその肩を引っ張った。
途端に、バネの切れたおもちゃのように少年が自分の胸元へ倒れこみ、真樹は慌ててその場で踏みとどまったが、立ち直るや否や、
「バカっ、こういうところは人の出入りにやかましいんだぞ。あくまでもオレは偵察のつもりだったんだから、そろそろ宿へ……」
「何言ってるンすか、ここまで来て手ぶらで帰れますかっ」
「二人とも、落ち着いて……!」
一挙一動一言ごとに小競り合いが大ゲンカへと変貌するのを、井村はどうしてよいかわからず、ただおろおろと青い顔をするのみだった。と、
「――あの、もう拝観の時刻は終わってしまったんですが……」
涼しげな声に振り返った三人は、声の方角に立っていた人の姿に、声にならない叫びをあげてしまった。そこにいたのは、いつかの赤外線写真に写っていたのと寸分変わらない、巫女服姿の少女だったのである。
「…………あら、学生さんですか」
一拍おいて、少女が自分たちの顔を見やったのを、真樹は見逃さなかった。まんざら、見知らぬ顔が現れた、というわけでもないようである。
――いきなりご本尊に出くわすとは思わなかったな……。
真樹はすぐさま少女のもとへ駆け寄って、きみ、昨日の午後に旅館へ来なかったか、と問い詰めたいのをこらえて、自分たちは神社巡りをしている者で、アシスト自転車の具合が悪いからしばらく故障の修理がてら休ませてもらえないか、と、嘘八百を少女の前に並べ立てた。すると、少女は行灯袴の紐をちょっとなでてから、
「それは大変でしたね。どうぞ、なんのおかまいもできませんけれど……おあがりください」
「じゃ、ちょっとの間足を休まさせていただきます……」
少女の後について石段を上がる真樹の胸は、調整の間違った時計のような、早い鼓動をしきりに刻んでいた。
――まさか、敵陣にいきなり迎え入れられるとはなあ。
どこかで呆けた山鳥のギャア、という鳴き声が響き、真樹たちの背中を一押しするのであった。
どうにか社務所奥の客間へ通されると、真樹たちは巫女姿からジャージに替えた宮司の孫娘・浦部つゆりが運んできた麦茶でのどを潤し、開け放たれた縁側から吹き込む、山の夜風とガラスの風鈴の涼しげな二重奏に、しばしの休息と洒落こんだ。
「じゃ、真樹さんは社長さん、ってことになるんですね」
「ハハハ、まあ、登記上はそうなるかもしれないけど、しょせんはしがない零細商店主ですよ。生活はまあ、どうにかこうしてふらりと遊びに出られる程度のものでして……」
少年と井村から、真樹の職業が古書店の店主であることを聞いたつゆりは、すっかり彼に関心を寄せていた。これはもちろん、二人の伝え方が大袈裟だった、という大きな理由もあったが、同時に、八峰町のような小さな町では古物商という商売が成立しないため、彼女にとって古本屋というのは知識だけの存在でしかなかったことが一役買っているようだった。
「それにしても、昨日は大変でしたね。こっちは井戸水だからなんともありませんでしたけれど……」
しばらく、真樹たちと他愛ない世間話に花を咲かせていたつゆりだったが、ふとしたはずみに、話題が昨日の断水へ及んだので、真樹啓介はここぞとばかりに、腹の中へ伏せていた質問をつゆりへぶつけた。
「そういえばつゆりさん、昨日の午後、僕たちの宿で実に奇妙なことがあったのですよ」
「奇妙なこと、とおっしゃいますのは……?」
小首をかしげるつゆりに真樹は、白々しい子だな、と内心苦々しいものを覚えつつ、話を継ぐ。
「午後に僕が、重要な電話をしていたときでした。ふっと意識がふすまのほうへ向いたときに、明らかに扉一枚隔てた向こうへ誰かがいるような感じがしたのです。それで、慌てて駆け寄って廊下を見たら、確かに誰かが旅館の中から逃げていくのがわかった。最初は何かの間違いかともおもって、宿屋の親父さんに事情を話してみたらですね、つゆりさん……」
いつの間にか、前に身を乗り出し、額へ大粒の脂汗をかいていた真樹は、いくらかためらいがちに、口をひらいた。
「つゆりさん、あなたのことが上がったのですよ。夕刊を運びに来たあなたが、昔の癖で上へあがったんじゃないか……と」
やっと言い切った、と、真樹は満身創痍の体で身を起こし、手近にあった麦茶を一気に飲み干した。が、それに対するつゆりの反応は、実に冷静なものであった。
「ええ、確かに、それは私です。前の癖が抜けなくって、近くまで来たところで慌てて引き返したんです。驚かせたようなら申し訳ありません」
「――つゆりさん、じゃ、あなた八峰館まで行かれたのは認めるんですね」
少年がやや声を張って問い直すと、つゆりはいささか渋い顔をして、
「いちおう、夏の間はアルバイトで夕刊を運んでますから……。でも、そこまで問い詰められるようなことをした覚えはありません。あまり変なことをお聞きになると、駐在所へ電話しますよ」
と、部屋の隅に置かれた電話台のほうへ向かおうとしたが、すかさず真樹が、彼女の足元へ一枚の写真を手裏剣のように放ち、つゆりの歩みを留めた。
むろん、写真というのは真樹がとり、少年が決死の思いで現像の旅に出た、あの赤外線写真の一コマである。
「それを見ても、まだしらを切るおつもりですかな、つゆりさん」
「――これはいったい、どういうことなんですか。この写真、隠し撮りでしょうっ!」
反射的に写真を拾い上げ、そこへとらえられていた自分の姿と、包帯のようなぼろ布のきれを巻き付けられた怪物の姿に、つゆりはしゃくるような声と、にらみつけるような鋭いまなざしを真樹たちへと投げかけた。
「おや、それじゃつゆりさん、そこに写っていらっしゃるのがあなただと、お認めになるんですね?」
少年がいじわるく声をかけたのに我に返ったつゆりは、茫然自失の体でその場で身を揺るがせ、そのまま膝から崩れるように倒れこんでしまった。
「おい、ちょっとやりすぎだぞ」
「何言ってんですか、僕ァなんも爆弾を投げた覚えはありませんよ」
「バカ、お前の仕掛けたのは対人地雷だ。弱ったな、人ン家で家主を気絶させるとは、真樹啓介一生の不覚だ……」
少年をしかりつけ、ひとまずつゆりを畳の上に寝かせると、真樹啓介は彼女の脈があるのを確かめてから、先刻つゆりが通報に用いようとした電話台へ向かい、無造作に置かれた電話帳の中から町医者の番号を手繰った。
そのときであった、一陣のひどく強い風が開け放たれた縁側から家の中へと飛び込んできたのは――。
「わっ、なんだこりゃあっ――」
「真樹さんっ、危ないっ」
座卓にかかったビニールのクロスが舞い、マガジンラックに挟まれた朝刊がばらけるような突風に、少年や井村は慌てふためき、電話台から離れた真樹ともども、つゆりの元へ駆け寄った。
すると、いったいどうしたことだろうか、それまで一文字に閉ざされていたつゆりの両の目が開き、顔を覗き込んだ真樹たちへこんなことをつぶやいたのである。
「……鳴虎帆の神域に踏み入りしものに災いあれ」
最前までの、年相応に涼やかな調子とは似合わぬつゆりの言葉に、さすがの少年と井村も驚いてのけぞったが、運悪く、舞い上がってはがれたふすまが頭へぶつかり、二人はその場へ伸びて倒れこみ、あとには目を煌々と光らせるつゆりと、目に物が飛び込まないよう、右腕で必死に顔を覆う真樹啓介だけが残されてしまった。
――どうする、このままじゃ屋根ごとペシャンコになっちまうぞ!
刻一刻と風は強まり、とうとう画鋲で止めてあった農協や神社のポスターまでもが上半分を残して持っていかれてしまった。このままでは、壁が抜けて柱が折れるのも時間の問題である。迷った末に、真樹は縁側に向かって、
「やいっ、つゆりさんの口を借りてねぇででてこいっ。黒幕が居やがんのはわかってんだっ」
風音もかくやという大声で叫び、それがどこからかこだまになって戻ってくるのを、荒れる部屋の中でしかと耳に聞き入れていた。すると、今までの嵐が嘘のように弱まり、つゆりの目が再び閉じたのと同時に、
「……あら、わかってたんですか」
と、いつだか真樹を金縛りのような目に合わせたらしい、妖しげな女の声が背後から近づいてきたのに気づくと、真樹は恐る恐る首を動かした。
「こんばんは、真樹啓介さん」
そこにいたのは、顔の半分を包帯で巻き、背中の中ほどまであるような長い黒髪の、二十代前半と思しき年恰好の女であった。
「はい、こんばんは」
内心、実に穏やかではない真樹が、平静を装って不愛想に返すと、
「素っ気ないですね。そんなことじゃあ、女の子にかまってもらえませんよ」
と、女は包帯のない左の目でじっとこちらを覗き込み、口元へなんともいえない、油断ならぬ微笑をたたえ、真樹を見つめている。
「この前はあなたのおかげで、えらい目に合わせてもらったよ。あれからロクに眠れやしなかった」
「あらあら、それはそれは……。でも、あんな目に遭ってそれだけで済んだんだから、あなたはまだ幸せなほうですよ。つゆちゃん、あなたもそう思うでしょ?」
女の声に目線を下げると、最前まですっかりのびていたつゆりがまぶしげに眼をしばつかせ、のそりと起き上がろうとしていたので、真樹はそっと立ち上がり、彼女へ手を差し出した。
「……ナホ様、よろしいのですか、こうして人前にお姿を見せて」
やや困惑気味のつゆりにナホ様、と呼ばれた女は、ま、声はご存じですし、と、真樹を目で示しながら、実に軽い調子で答える。
――驚いたな、この女、どうやら人ならざるモンらしい……!
この間の実に短いやり取りで、真樹啓介は薄々、ある結論に至っていた。
昨夜遅く、宿に現れた時の彼女の一言である、
『あれは仕方ありません。ああやって物を溶かしてしまうのは、ちょっとした不可抗力のようなものなんです。好きでやってるわけじゃないんです』
という言葉に、ここまでのやり取りと出来事から導き出されるのは、一見すると実に突飛な、それでいてどうしようもなく残酷な事実であった。
……あの粘液の出どころはこの女、いや、この女の正体である『何か』なわけか……。
隙を見て回収した写真を、ズボンの尻ポケット越しにさすると、真樹啓介は軽く咳ばらいをして、ナホとつゆりの注目を寄せた。
「で、ここへノコノコやってきたオレやこの子らを、あんたらはどうしようって算段なんだい。ご神域に近づいた不届き物として呪うのか、それともいけにえにでもして腹ァかっきれとでも……?」
景気よく語る真樹ではあったが、心のうちは荒波が打ち付け、いまにも倒れこんでしまいそうなほど追い込まれていた。むしろ、かつて社崎で経験した奇々怪々な体験とはまた質の違う、ちょっと間違えれば恐怖の深みへと沈み込んでしまいそうなこの状況で、冷静さを保っていられるほうが不思議なような気もする――と、どこか冷めた感覚を持ちながらも、真樹の肌という肌は、大粒の汗を拭き、かろうじてナホの前に立っているという始末だった。
が、そんな真樹に反して、ナホはけろりと、
「なにもしはしませんよ。私たちにとって、害となるようなことをなさらないのであれば、あなた方は敵ではありません。お分かりですね?」
と、袂から出した青いハンカチを差し出しながら、憐憫の表情で真樹の顔をのぞく。
「だいいち、こんなことを人に話したって、信じてもらえはしないでしょう。人に言っても、嘘つきか気が触れていると思われて、じきに頭がおかしくなってしまうのがオチ……。わたしは長い間、そうやって果てていった人を何人も見てまいりました」
「なるほど、話せば話すほどに、鉄壁の防御となる、てな仕組みか……」
話を聞き、汗をぬぐううちに冷静さを取り戻した真樹は、ナホの言葉も一理ある、と、眉をひくつかせながら反芻した。見たときに冷静であっても、人へ同意を求める過程で否定が続けば、だんだんと自信が薄くなっていく。そうなれば最後、人間はどうなるのか――。たいてい、自分の得たもろもろの知識が根底から覆されて、壮絶な虚脱感にくるまれ、最後には正気をうしなってしまう、というのが関の山ではないだろうか。ことに、山奥の神社で奇々怪々なものを見た、などという構造は、今日日様々な書物やメディアで目にする、すっかりすり切れたシロモノであるから、ナホの言う通り、まともに取り合われないのが普通である。
だが、現実はかくのごとく、空想の上を行く意外さと、実に単純な事実で出来上がっているということは、真樹がここまでの出来事で痛く感じ入っていた。人が思うほど、世の中は複雑には出来上がっていない、ということなのだろう。
「オレが誰かに話して取り合われないのは勝手だが、一個師団を率いてここへ来るのは勘弁……っていうなら話は早い。聞いてくれる知り合いはいるが、あいにくと自衛官に知り合いはいなくってね。安心して、ここのお稲荷さんで静かに暮らしてくれりゃいい」
「ええ、そうなさってください。――話が早くて助かりましたね、ナホ様」
つゆりの毒っぽい口ぶりに微笑みながら、ナホは真樹からハンカチを受け取り、
「一個師団が来ないなら、安心して帰っていただけますね。それじゃ、ちょっと支度をしないと……」
そう前おいてから二度ばかり手を打つと、それまですっかり荒れ果てていた部屋の中が、VTRでも巻き戻すように整っていき、ナホの姿は霞のように、土壁へと消えて行ってしまった。
「おいっ、いったい君は――!」
と、口にしかけた真樹は、目の前に伸びていたはずの少年の顔があり、いつの間にか縁側で、古びた将棋盤を挟んでいるのに気づいて頬をひくつかせた。頭上で風鈴が鳴り、社務所の台所のほうから、スイカかなにかを菜切りで切り分ける、小気味よい音が聞こえてくる。
「どうしたンすか、真樹さん。ウカウカしてると王手でもらっちゃいますよ」
「真樹さん、雨雲、どっか消えちゃいましたよ。スイカいただいたら、お暇しましょう」
「いいんですよ、もうちょっとゆっくりしていってくださったら……」
庭に出て遠くの夜空をにらんでいた井村と、まな板にスイカの切ったのをのせて現れたつゆりの姿に、真樹は何が起こったのか理解できず、宙に右手を浮かしたまま、すっかり固まってしまっていた。
「真樹さん、真樹さん、どったの、ボケたような顔して」
「――あ、ああ。いや、ちょっと店の在庫で気がかりなことがあったのを思い出してね……」
無理のある繕い方をしてから、まな板をもって現れたつゆりへ色々お世話になりまして、と適当に礼を述べてから、真樹は少年や井村の会話へ耳をそばだて、現状を把握するのにつとめた。
要するに、こういうことであった。神社への道中、急な雨にやられた三人は、そのまま明かりのついている社務所へ駆け込み、雨宿りを頼んだ。すると、宮司の留守を預かっていた孫娘のつゆりが三人を沸かしたばかりの風呂へ入れてくれた上に、服を乾燥機で乾かしてくれていて、今はその乾燥待ちである――と、こういう具合なのであった。
――どおりで股座がスースーすると思ったよ。
すね毛の薄い両足を組み、スイカの種を庭へ掃きながら、真樹啓介はナホが手をたたいたのを思い出し、実に神妙な態度になった。映像で例えれば、十数分以上前の出来事が一切合切なかったことになり、真新しい場面が編集で継ぎ足されたような、そんな状態になっているのである。
――生半可な気持ちで出くわしていいような相手ではなかったらしいな。命があるだけ、よしとしようか……。
少年と井村がじゃれあいながらスイカを食べているのを横目に、真樹啓介はため息をついてから、食べ散らかした皮をまな板の上に戻し、改めてつゆりへ礼を述べた。
「急な訪問で、ご迷惑をおかけした上に、スイカまでごちそうになりまして……ありがとうございます」
「いいんですよ。困ったときはお互い様、って言いますから。あ、それと、夏風邪だけは気を付けてくださいね。今年のはしつこいって言いますから」
「あはは、お恥ずかしい。実は先だって、そのしつこいのにかかってしまいまして……なぁ?」
真樹が話を少年に振ると、少年は意気揚々と、見舞いに出かけた話や、恋人の蛍のことをばらまきだした。普段なら必死で止めにかかる真樹も、今夜ばかりはそのくだらない話でここまでの気持ちを上書いてしまいたいと、腕を組んだまま、この若い友人の口達者なさまを見守っているのであった。




