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09

 

 小鳥遊が、いない。学校に来て、真っ先に抱いた違和感はそれだった。


 ホームルームでも、欠席の連絡はなし。堅い表情で小鳥遊の机を見た伊藤先生の視線を辿れば、そこには彼女の鞄だけがかけられていて。ザッと血の気の引く感覚と共に、思わず窓の外を確認する。朝から霧雨(きりさめ)に包まれた校舎、その向こう側の棟……いつもの屋上に、あの(ひるがえ)る制服のスカートと、なびく黒髪を認めた瞬間、気付けば俺は席を立っていた。


「っ、九十九、どこへ……!」

「アンタも来いっ!」


 追いかけて来た伊藤先生の腕を掴んで、屋上へと走る。


「何なんだっ、説明しろよっ!」


 俺の腕を振りほどこうとする伊藤先生に、俺は思わず怒鳴っていた。


「アンタだって分かってるんだろっ!あのままだと、アイツは消えるんだぞっ!」

「ああ、分かってるっ……!それでも俺には、彼女の人生を背負う覚悟がないっ……彼女を幸せにするなんて、約束できないっ!」


「そんな不確かな未来のことなんて、誰が約束出来るかっ!アイツには形なんて要らないんだっ。ただ、アンタが『ここにいてもいい』って、言ってやるだけで満足なんだ。そういう奴なんだよっ!」


 誰かに対して、こんな風に感情を叩きつけたことなんて、なかった。今はただ、俺の持つ全部で、伊藤正樹という男を小鳥遊の元へと送り届けることしか考えられなくて。


「頼むからっ、なかったことにするなよっ……!アイツは、小鳥遊は、消えても構わないって笑って言ってっ。それくらい、アンタのこと愛してるんだっ……その想いを、彼女の存在ごと消さないでくれっ……!」



 ドンっ、と。目の前のドアに向かって、彼の背中を押した。小鳥遊の待つ、あの場所に。



「俺、は……ことりっ!」



 伊藤正樹は、ヒーローは、俺が一度も呼んだことのない彼女の名前を呼んで、屋上へと続くドアを開けた。開いたドアの隙間から、あのヘーゼルナッツの瞳を見開いた、彼女の横顔が見える。その顔が、泣きそうな……それでも幸せそうな笑顔に変わった瞬間、ようやく俺は理解した。


(……ああ、そうか)


 涙が、こぼれる。


 この雫に溶けた感情を、愛と呼ぶのなら。全身を灼き尽くすような、この熱を、感情を、もしも恋と呼ぶのなら――ここが、俺の終着点だ。



「幸せに、なれよ」



 そして、恋の終わる、音がきこえた。









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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の余韻が素晴らしく、逆に「恋愛物はここまで書いてもプロに届かないのか」と打ちのめされるに足る作品でした。 良い物を読ませていただきました。 ありがとうございました
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