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06

 

「恋や愛について、どう思いますか」

「――っ!げほっごほっごほっ!」


 目の前で咳き込み始めた担任に、俺は黙ってコップの烏龍茶(うーろんちゃ)を差し出した。そもそも、伊藤先生が俺に出してくれたものだったが。


「す、済まん……九十九がそんな質問をしてくるなんて、意外すぎた」


 それでも笑い飛ばさずに、真剣な表情で答えを考えてくれる分、良い教師なんだろう。


「どうして、いきなりそんなことを?恋でもしてるのか?」

「いえ……小鳥遊のこと、ご存知ですよね」


 伊藤先生は目を瞬かせると「小鳥遊か」と呟いて、ひどく優しそうな、そして何かを堪えるような表情を見せた。その表情が、どこか引っかかる。


「アイツが『初めて友達が出来ました!』って、嬉しそうに報告して来たんだけど……九十九だったんだな。それじゃあ、小鳥遊の病気のこと?」

「はい、恋をすると消える病気だとか……俺にはそういう感情が分からないので」


 先生は俺の表情を窺うように見つめて何かを考えていたが、やがてフッと見たことのないような無表情になった。この人も、こういう顔をするのかと意外に思う。


「お前もワケありっぽいから、教師としての建前ってよりも……伊藤正樹個人として、答える。恋と愛は、全くの別物だ。種類もあれこれあるから、ややこしい。何より、どんなに愛して理解してるって思っても、恋人でも……夫婦であったとしても所詮は他人だ」


 想像よりも遥かに現実的な答えに、思わず目を見開く。ただ、伊藤先生は何かのスイッチが入ってしまったのか、俺の表情には気付かない様子で言葉を続けた。


「それから……今のお前達には考えにくいかもしれないけど、俺くらいの歳になると、どうしても恋愛と人生を結びつけがちだな」

「つまりは、結婚とか……相手に人生を捧げる覚悟とか、そういうことですか」


 先生は頷いて、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「俺の話が参考になるかは分からないけど……俺は、一度結婚してるんだ。バツイチなんだよ。相手は、高校の時から付き合ってた彼女。結果だけ言えば、俺の親友と浮気してた」


 思わず『うわぁ』と言ってしまいそうになる。自分の担任が、そんな闇を抱えているなんて知りたくはなかったが、ここは小鳥遊のためにも知らなければならない。


「何でも分かり合ってると、思ってた。それでも、俺が見ていたのは彼女の上っ面だけで、本当の意味で幸せにしてやることは出来なかった。裏切られてたって気持ちより、そっちのショックの方が、正直言ってデカかったよ。だから俺には、誰かの人生をこれ以上、請け負う覚悟がもうない」

「……突っ込んだ質問をしてしまったみたいで、済みません」


 半分が好奇心のような気持ちで、聞いてはいけない話だったと、後悔してももう遅い。俺が珍しく心をこめて謝罪すると、伊藤先生は苦笑して首を横に振った。


「いや、いいんだ。本当は、生徒にするべき話なんかじゃない。恋とか愛には、こういう問題があるけど……それでも、お前達には幸せな恋愛をしてほしいと、願ってるよ」


 そう言って笑った横顔は、どこか無理をするように(ゆが)んでいたことが、心のどこかに爪を立てて残った。



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