第8話 気持ち
【前回のあらすじ】消えてなくなってしまいたい。
……思ったより下が柔らかかったようだ。
そんな簡単なことに気付くのに、俺は結構な時間を要していた。
呆然・虚無、具体的に表すならこんな気持ちだ。
いや、仕方ない部分もあるよ。
てっきり俺たちはもう死ぬものだと思ってたから……考えることなんてとっくに手放してたわけで。
何を思うでもなく、おもむろに隣のクックを見てみると、顔を真っ赤にしていた。
こいつはこいつでまた何か別のことを考えてたみたいだな。
「……ねぇタマキ」
「……何」
「いい加減さー、手……離してくれない? ……汗すごいし気持ち悪いんですけど」
「あ、ごめん……って、お前の一生のお願いだろうが!」
いかにも俺から求めて来たみたいに言いやがって!
「………私、さっき変なこと言ってた? ――知ってる、言ってたよね」
自己完結すな。
「そうだな…………」
「――――――――かぁ~~~~~恥ずかしいぃぃい! 死にたい……」
……それな。俺の心もそんな風に雄叫びたい気持ちでいっぱいだ。
「タマキ、あれは全部冗談だから。盛り上げるための演出だったから。私に怖いものなんてないから」
……今さら苦しいけどな。ま、さっきの出来事・発言全部を冗談として葬りたいのは俺も一緒。
「わかってる、わかってるから。お互い、な。……なかったことにしよう」
「わかった、約束ね。……………………死んだらどうなるんだろうな、俺たち――」
「おいぃ! 蒸し返してんじゃねぇ!」
秒で約束破りやがったよ……!
「あははっ、冗談だよ。もうしないから」
こいつの発言は、どこまでが本気で、どこまでが冗談かわからねえから……面倒だ。
「ところで、俺たちは助かったのか? ていうか、結局さっきは何が起こったってんだ?」
「あぁそれはね、洞窟が反転したんだよ」
「……反転?」
「天地がひっくり返ったんだよ」
「お前、よくそれがわかったな。いつもの当てずっぽうじゃないのか?」
「馬鹿にされてる気がするけど……見えてたんだよ」
「見えてた?」
「そうだよ。これでも私、目だけはいいんだよね」
良かった、他がダメダメだって自覚してて。
「暗視とか超得意なんだよ!」
「あっ、そう……」
「ちょ、反応鈍くない? もっと称賛の言葉はないの?」
……はぁ、こいつだけ後付け設定多くないか? ヒロイン補正ずるい。
―――――
「……ま、何にせよ生き残ったことだし、そろそろ帰るか」
「そうだねー、日が暮れちゃう前に帰りたいし」
「今まで採ったキノコは……さすがにどっか行っちまったか」
この空間が反転したんなら、カゴの中は当然辺りに散乱してるだろうしな。
「今回ばっかりはどうしようもないね。じきに洞窟も崩壊するだろうし、ちょっと駆け足で脱出しようk――」
ドッシーーーン!!!
「……何、今のでっかい音」
「さぁ、気のせいじゃね?」
「君、あの音をよく気のせいで済ませられるよね。肝が据わってるんだか、能天気なんだk――」
ドッシーーーン!!!
「まただ。……てか、最後まで喋らせて欲しいんだけど」
「……何か重いものが落ちてきた? でも、落ちてくるものって――」
ドッシーーーン!
「「あっ……」」
…………俺たちの間にキノコがめりこんだ。。
上を見ると………………鈍器ノコが、降り注ごうとしていたんだ。
―――――
「「ひぎゃ~~~~~!!!」」
俺たちは、降り注ぐキノコの雨から逃れようともがく……逃げ道なんてそんなこと考えてる余裕などない、ただ必死に!
「おいクック! 俺たちやっぱりここで死ぬのか! きっとそうだ! そうだよな!」
「死ぬ前から諦めないでよ!」
「諦めるな、つっても……この状況はもう覚悟しないといけないだろ!」
「ついさっきあんな醜態を晒したばっかりじゃん! もう嫌だよ、あんな思いは!」
「それは俺も嫌だけども! ……今度こそ最期じゃなかろうか!」
「極限状態で言葉遣いもちょっとおかしくなってるよ! ……一回落ち着きなって」
「落ち着いてられるか! 走ってんだぞ!」
「そういう時こそ冷静にだね……」
冷静に……。
「そもそも、冷静に考えても詰みゲーなんだよ! 出口がないんだから!」
「それは……そうだね」
……もうだめだ。
先刻まで、力強く地に根を張っていた無数のキノコ達が大地の支えを失い、降り注ぐ。
あれだけ身が詰まった重い一撃を受けたら、どうなるかくらい簡単に想像できる。
その証拠に、俺たちの真ん前に先んじて落ちてきたキノコは、その落下地点に重厚な低音を響かせつつ、人間の拳くらいのクレーターを形成したじゃないか。
それに、いくら地面が柔らかかったとはいえ、あの高さから落ちたんだ。
俺たちの肉体がダメージを受けていないと思ったら、全然そんなことはない。。
まだ落ちた時の衝撃の余韻も残ってるし、ところどころ痛みも……クックも同じだろうな。
でも、降り注ぐキノコが直撃すれば多分……こんなんじゃ済まないだろう。
だから……どうか……超漫画的展開で当たりませんように!
……と、心から祈った直後――嫌な予感がした。
ほぼ同時に、俺の頭の中には超漫画的お約束がよぎっていた。それは超ありきたりな死亡フラグだってことが。
「いっ~~~~~!!!!!」
言葉にならない悲痛な喘ぎが、俺の鼓膜を突き刺す……。
恐れていたことが起こった、そんなおぞましさを感じながら背を向ける。
あれ、何だこの感覚。
振り向くだけ、それだけなのに、自分の動きがまるで亀のように遅く感じる。
周りの景色がやけにはっきりくっきり瞼に焼き付いてきて、スローモーション動画を見ているような錯覚に襲われる。
苦しみを引き延ばしてやろうって魂胆なのか? 演出にしてもタチが悪いぞ。
やっとのことで振り向き終えると、クックが、右ふくらはぎを抑えて、うずくまっている。
「……クック!!!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
俺は倒れたクックに駆け寄る。
自分も等しく危険だってことなど、気にも留めていなかった。
「いっ……ひぐっ、痛い」
……腫れ具合から見ても、確実に折れている。
「平気……じゃないな」
色素の薄い健康的な腓腹部はみるみる青紫に変わり、内部に相応の血溜まりを作っていく。
「あははっ、情けないなぁ、痛つっ……。超漫画的展開で当たんないと思ってたのに」
お前も考えてたのかよ! てか、今思ったけど……祈るなら超ラノベ的展開では?
「っと! 今はそんなことどうでもいいから、とにかく――」
「……君だけでも逃げて、タマキ」
こんな時でも、クックは屈託のない笑顔を貼り付けていた……。
でも、繕った笑顔は赤そのものに紅潮し、額には大きな汗玉を覗かせている。
こいつは間違いなく無理して笑ってる、我慢して強がってるだけだ。
負傷部位を注視しながら、背中に手を回すと、クックの汗が、熱が、ユニフォーム越しに伝わり、尋常じゃない速度で熱く染み込んでいく。
「私の見立てが甘かったかな……あ、君が悪いとは全然思ってないから気に病むことはないからね。気を付けて帰るんだよ」
……さて、こんなとき物語の主人公ならば、どんな言葉をかけるのだろう。
大体はここで粋なセリフが浮かんでくるもんなんだろうが、残念な俺のおつむには何も思い浮かばん。
俺は、漫画や小説によく出てくる名言製造機型主人公じゃないんだ。
別に主人公養成講座があるわけじゃないんだし。
そもそも主人公なんて、ただの野球人には荷が重い役割なのだ。
『名言』もそうだし、『主人公らしさ』みたいな曖昧なもの、そんなものを露骨に求める方が間違っている、と思う。
だったら……だからこそ、俺はいつも通りにしかできない……。
「……お前、やっぱり馬鹿だよな」
「……へっ?」
「馬鹿だなって言ったんだよ」
「それは聞こえてたよ! どうして今そんなこと言うのさ? 早く逃げないと」
「……どこに逃げるって言うんだ? どこへ帰るって言うんだ?」
「そんなこと逃げてから考えれば良いよ! 生きてなきゃそんなことも考えられないんだから。それに、私の家はもう……君の帰る場所でもあるんだ。好きに使ってくれていい。だから、君には帰る場所があるんだよ……」
「あー、お前ん家の場所なんてとっくに忘れた」
「……馬鹿」
「ようやく気付いたか。そうだ……俺も、馬鹿なんだ」
本当にな。俺は馬鹿野郎だよ。
「……だから、道案内がいるだろ? クック、お前がいないと帰れないんだ」
「……えっ、ちょ……タマキ?」
俺はクックの背中に回した腕に力を入れる。
力の入らないクックを持ち上げて……力任せに背中に搭乗させる。
俺は、逃げたりなんてしてやらない。
何より、クックに指図されるのは何だかアレだしな。
葛藤などをありはしない。
ここまできたら、とことん主人公の殻を真っ向からぶち壊していこうじゃないか。
「お望み通り払ってやるよ……家賃」
【ありがとうございました】