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第7話 等しく訪れるもの

【前回のあらすじ】スカイダイビング(装備無)、ファイッ!

「……タマキ、さっきタマキが引き抜いたキノコはコウゴウシイタケっていう名前でね、絶対に引っこ抜いてはならないキノコの一つだよ」


「今更言われてもなぁ……。でもごめん、やっぱ図鑑ちゃんと見てなかった俺が悪いわ」


「もういいよ、起こっちゃったものはしょうがないし。……それにしてもさ、私たちって今ものすごいスピードで落下してるのに、普通に会話ができてるってのは一体どうしてなんだろうね? 普通は酷い顔晒しながら『わわわわっ』言いつつ落下するもんじゃない?」



 今考えることかそれ。いや、こんな高いところから落下したことないから知らんけど。



「悪いけど俺には説明できん。……それで、どうして引っこ抜いちゃいけないキノコなんだ? その……コウゴウシイタケ?」


「あぁ、それはね、この洞窟の主電源みたいなものだからだよ。これを引き抜こうものなら最後、この洞窟自体が崩壊しちゃうみたいだよ」



 まじかー、とんでもないことやっちまったか俺。



「ここは一時、神様が住んでいた場所らしくてね、お空に帰るーって時にコウゴウシイタケを置いていったっていう言い伝えが――てかさ、私たち滞空時間長くない? すぐ落ちるよねーって思って結構早口で喋ってるんだけど……」



 だからそういうこと気にしなくていいから!



「もうそれはさ、この空間の何らかの神聖な力のせい、とかでいいんじゃねぇの?」


「それもそうだね。……それじゃ、何かしようよ。どうせ落ちるまで時間あるだろうし、暇じゃない?」



 だ、か、ら、そういうこと言わない!



「うーん、とりあえずどうするよこの状況。間違いなく俺ら死ぬぞ、この高さから地面に叩きつけられたら」


「そうだねぇ、どうしようかなぁ……どうしよっか?」


「何でお前はそんなに余裕そうなんだよ……。あ、そうだ。お前、魔法とか使ってどうにかできないのか?」


「無理だね。この落下速度をどうにかできるような便利な魔法は持ち合わせてないなぁ」



 いや、魔法って本来便利なものだと思うんだけど。


 宝の持ち腐れ、ペーパードライバーにスーパーカー、クックに魔法ということか。


 ま、今こいつの無能さを責めても、事態は何も好転しやしない。



「そっか……。他にできることないのか?」


「そんなかくし芸じゃないんだからポンポン出てこないよ……。君こそ、何かないの? 女の子に頼ってばっかりのヒモ男なんて今時モテないよー」



 それは今関係ないだろ、あと俺はヒモじゃねぇ。……けど、今この瞬間に何ができるのって言われても困るな――。



「……特に思いつかない。魔法なんか当たり前に使えないし、強いて言うなら体が丈夫なくらい、か」


「丈夫なら、高いところから落ちても大丈夫なんじゃないの?」


「そこまでの頑丈さは多分ない」


「本当に何もないじゃん!」


「だから強いて言うなら、って言ってるだろ。……あー俺たち、このまま抵抗むなしく死んじゃうのかな――?」


「このままじゃほぼ無抵抗なんだけどね、私たち。……最後に言い残したいことはある?」


「……うえっ、もうそんなクライマックスなの?」


「そうだよ。多分言い切るまでは落ちるの待ってくれると思うから、じっくり考えなよ」



 そんな都合のいい話があっていいのか……。


 俺がそれを言い切った時が最期の瞬間ってことだよな!? 言いたくねぇ……!


 ……ん、待てよ?



「――その考えで行くと、俺が最期の言葉を言わなければずっと落ちないんじゃないか?」


「それは展開的につまらないからないと思う」



 ま、そうだよな。



「君も結構マイペースだよね。……今そんな屁理屈を考えて、とは言ってないんだけど」


「じゃあ、お前から先に遺言どうぞ。どっちみちこれで人生お終いなのはお互い様だろ?」


「……最後に猫じゃらし食べときたかったな、一本でいいから」


「最近ずっと食ってたろ。……それで?」


「終わり。はい次タマキの番ー」


「なぁ、本当にそれでいいの? 最期だよ、人生の終わりだよ?」



 ……タバコ中毒者の遺言かよ、と思ってしまった俺の頭はまだ正常に稼働しているだろうか?



「私、やりたいことやって生きてるし、いつ死んでもいいと思ってるから」



 おぉなるほど、説得力抜群だな!



「そっかー。ま、お前ニートだもんな」


「最期の最期まで君は礼儀知らずの無神経なんだね。……そういうタマキは、何かこの世に未練とかあるの?」



 ――――未練、か……。



「そうだな、未練だらけの気もするし、悔いなく生きてきたとも言える」


「……どっち?」


「ま、どっちかっつーと、やり残したことの方が多いかもな」


「ふーん、例えば?」


「うーん、実例を出せと言われると困るんだけど……‘’約束されていたであろう華々しい人生‘’とか?」


「華々しい人生? ……ぶふっ!」


「おい、何笑ってんだ」


「だってタマキが変なこと言うんだもん。無理だよ無理無理、絶対ないない君にそんな人生はありえない」


「お前、俺のこと興味なさすぎだからそんなこと言えんだよ。俺、野球じゃ結構有名人なんだぞ」


「あー、球を棒で打つすとーく……だっけ?」



 微妙に違うけど――。



「そうそう、大体そんな感じのやつだ」


「……自分で有名だとかってあんまり言わない方がいいよ、恥ずかしくないの?」



 ……珍しく、激しく同意。



「……べ、別にいいだろ、どうせ死ぬんだから恥なんて気にしなくてもさ」


「なるほど、イキりたかっただけかー」


「イキってないし。つか、それで納得すんな」


「悲しい人生を送ってきたんだね、お疲れ様」



 何様だよ、お前。……ま、最期の感情が怒りなんて虚しいから、スルーさせてもらおう。



「――――だいぶ地面が近づいてきたな」


「そうだね」


「あ〜、本能のまま動くもんじゃねーよ、マジで」


「そうだね」


「……? おいクック、どうしたよ」



 急に口数減ってさー。



「ねぇタマキ……死ぬの、怖い?」


「怖い、ねー。うーん……情けないけど、ちょっとだけ」


「……そっかー」


「……なぁ、死んだらどうなるんだろうな俺たち」


「さぁね。……肉塊?」


「それはそうなんだけど……その、天国に行けるのかなって」


「無理でしょ」


「即答してくれるなよ……」


「だってそうでしょ。性根腐ってるし、わがままだし、口悪いし……確実に地獄行きだよ」


「だったらお前も地獄行きだな」


「じゃあ……一緒に行こっか、地獄」


「……一緒に?」


「うん。君は性根腐ってるし、わがままだし、口悪いけど……悪くなかった、んーん……よかった。タマキと一緒なら、地獄に堕ちたって楽しく過ごしていけるんじゃないかって――思うんだ」


「……うん」


「タマキ……私の、一生のお願い――――聞いてくれない?」



 ここぞとばかりに使うんだな、一生のお願い。


 ま、こいつなりになんか真剣なムード醸してるし、内容によっては聞いてやらんこともない。



「……うん、何?」


「あのね、て……手を繋いでくれないかな?」



 …………かわいいな、おい。


 でも――。



「……何で急にそんなこと言うんだ?」


「察し悪いなぁ……。――――私、いつ死んでもいいって思ってるってさっき言ったじゃん?」


「あぁ、うん」


「その言葉に嘘はないの。めいっぱい楽しんで生きてるよ。でも、でもさ……さっきから震えが止まんないんだ。怖いんだよ……私、死ぬことが死ぬほど怖い――」


「……そっか」



 『死ぬほど』って、今から死ぬんだけどな。



「だからね、一人で死にたくないの。せめて誰かの温もりを感じながら死にたいって……ダメかな?」



 ――ま、考えてみれば当たり前か。死ぬって誰でも怖いんだ。


 クックみたいな馬鹿で、能天気で、普段から後先考えず生きているような人間でも……皆等しく、死は怖いものなんだ。


 怖いけど、死ぬことは怖いけど……その苦しみをちょっとでも忘れさせる、ほんの少しでも和らげることが俺にはできるのか――――。


 ……………………ふむ。



「……手汗すごいけど、それでもいいなら」


「…………へへっ、タマキらしいひねくれた返事だね。でもありがと、一緒に死の?」



 こんなこと、ヒロインポジのやつから聞きたくなかったよ……。


 ――――温けぇ、つーか熱い。体から水分という水分が蒸発していく感じだ。


 それでも気にしない。関係ない……だって、もう間もなく死ぬのだから。


 ……俺は最後まで自分らしく生きられただろうか、自分らしい人生を全うできただろうか? ――否である。俺はまだ何も成し遂げてなんてないし、他の誰かに何も与えられていない。


 ――それでも、この温もり……熱さは確かに感じているもの、俺の中に流れているもの、俺が確かに得たもの。


 最期がこんだけ温かいなら……それでもういい気もしてきた。


 ……俺は静かにゆっくりと目を閉じる。


 これから起こる出来事から目を背けたいからか、それとも覚悟を決めたからか――。


 ま、ゆっくりに感じているだけかもしれない。


 走馬灯――――まさかこんなに早く人生を振り返ることになろうとは思いもしないよな。


 これまでの思い出が、その時の情動が一気に押し寄せてきて、何とも言えない気持ちに駆られる。


 俺の脳みそは、そんな大量の情報に飲み込まれ、とっくにその機能を停止、本格的に着々と安らかな死への準備を進めている。


 ――ただ一つ、俺に強く残る今の感触。これが俺の人生最期の温もり。


 繋いだ手に力がこもる……俺も、クックも、お互いに。


 手に浮かんだ水分はとっくに蒸発し、危険な熱ささえ感じる。


 そんな些細なことに確かな心地よさを感じながら、俺の短い生涯は幕を閉じた。









 ……ボフンッ。





 ……。




 …………。



 ………………。


「「……………………あれ、生きてる」」

【ありがとうございました】

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