第15話 夜風で頭を冷やしなさい
【前回のあらすじ】温泉回もうちょい続きます。
……声が聞こえた、女の子の声だ。
……ついたてを挟んだ感じがしない。
間違いなくこっち側……混浴の方にいる。
「……クック?」
「クック? ……それより大丈夫って聞いたんだけど」
気遣うような言葉とは対照的、感情のこもっていない乾いた声……機械的だ。
……湯気の中にシルエットが浮かぶ。
見たところ長身かな……あんまりはっきりとしたことは言えないけど。
「あ……うん。大丈夫、です」
「そう……」
……冷たっ! ここ一応温泉なんだけどな……。
「あの……誰ですか?」
「……誰でもよくない? ……キモい」
あぁ、めちゃグサッと来るその言い方……。
クックの罵倒とは種類が違う、鋭いやつだ。
「……恥ずかしくないんだ」
ん、何……存在が?
「……な、何がですか?」
「……混浴」
……そうか、男女が入っていたって別におかしなことなんて一つもないのか。混浴だし。
「……恥ずかしいも何も、俺はこっちに入るしかないですから」
「ふ~ん……あたしは恥ずかしい」
……じゃあ何でこっちに入ってきたんですか?
でも、そんなこと言ったら絶対やばいよな……。
シルエットはチャプンと音を響かせて、縮んでいく。
どうやら温泉に浸かったようだ。
むほー、残り湯どころか、女の子と同じ湯を堪能することになろうとは!
……。
……気まずい。
何か話を……って、……俺はシルエットに恐る恐る話しかける。
「あ……あの」
「何?」
……怖いんだよな、高圧的というか……見下されてる感がある。
とりあえず何も思い浮かばないので、さっき疑問に思ったことを赤裸々にぶつけてみよう。
裸の付き合いってことで。
「えと、恥ずかしいなら、どうして混浴に入るんですか? あっちは女湯ですよ?」
「……ダメなの?」
……だから怖いって!
「いや、別にそういう意味じゃ……」
「うん、知ってる……からかってみただけ」
……からかってたのかよ、わかりづれぇわ。
「何で、か……。あたし、他の女と風呂なんて入りたくない……レズじゃないし」
いや、別にそういう評価にはならないんじゃ……。
「それに……混浴にはいろんなのが来る。……君みたいな面白い人とか」
……そんな面白いような描写、見せたかなぁ俺?
特徴が掴めない、この子。
「はぁ、それはどうも」
「……あたし、君に興味があるかもしれない。あたし、話すの苦手……」
「……そうなんですか?」
俺も興味津々だけど、特に君の裸とか。
「うん、君……話せる」
話せるだろ、そりゃ人間同士なんだから。
「……そ、そっか。それはよかったです」
「……一つ質問していい?」
「……答えられる範囲なら」
「……兄弟って、いる?」
どういう意図……?
「いや、一人っ子です」
「……そう。……私も、一人」
「そ、そうなんですね」
「そう……いつも一人」
何、同じ穴のムジナって言いたいの?
「……兄弟とか欲しいんですか?」
「うん、欲しい。……私は一人だから」
……ぼっちエピソードを掘ってるみたいで、何だか申し訳なくなるな。
「……私、仲間……いっぱいいる。でも、それはどこまで行ってもまがいもの……」
「……はぁ」
「……本当の繋がりを感じたい、切っても切れない繋がりを感じたい……おかしい?」
「いや……そんなことないと思いますけど」
「……君、優しいんだ」
……そうなの? 俺、そんな優しいの?
「……気に入った」
……気に入った? いや怖い怖い怖い!
「……もういいや。じゃあ……またね」
えっ、ちょいもう飽きたの? 気に入ったんじゃないの?
ジャバっという音とともに影が大きく伸び、シルエットはどんどん遠ざかっていく。
またね、か……って、あの人裸のままどっか行ったけど大丈夫かな?
―――――
脱衣所で服を着ながら……ホカホカした沸いた頭をせっせと回す。
……誰だったんだろう、名前は結局わからずじまいだったな。
聞ける雰囲気でもなかったしな。
お互い知らないからこそ、できる無礼講も言える本音や性癖もあるのだろうか?
俺のレーダーによると、あれは相当な美少女だったろう。惜しいことをした。
用意を終えてドアを開けると……クックが待っていた。
そういえは、ずいぶんついたて越しがおとなしかったな。
俺が寝てる間に上がってたのか。
「タマキ、ずいぶん時間遅かったね」
「遅かったねというか、どのくらい入ってたんだ、俺?」
「30分くらいだよ! 長い!」
あー、そんなもんなのか。
「つか、それはお前が短いだけだろ」
「私は熱いの無理なんだよ、猫だし」
「いや、俺は風呂が好きなんだよ」
この様子だと、どうやらさっきのことは知らぬ存ぜぬらしいな。
「まぁいいや、とりあえず帰ろうか」
―――――
「……タマキ、湯加減はどうだった?」
「あぁ、すごいよかったよ。……入ってる途中も聞いてこなかった?」
「だって、私が掘り当てた温泉だよ⁉ すごくない?」
「すごいけど、そこまでグイグイ来られるとありがたみが薄れるというか……」
「そっかー。……褒めて褒めて!」
「言ったそばからうるせぇ!」
「君は恥ずかしがり屋だよね……そういうのも慣れたけど」
「慣れるか……俺はお前に全然慣れないよ、慣れ合おうとも思わない……疲れるから」
「何だか私と話してるのがめんどくさいみたいじゃん」
「大体めんどくさいぞ」
「えー、私は結構楽しんでるよ。タマキって面白いもん」
「そうか? ……さっきの人にも言われた」
「……さっきの人?」
「あぁ。混浴風呂の方に女の人が入ってきたんだよ。スレンダーな人だった」
「君……もしかして見たの? 欲情したの?」
「いや、湯気すごくってさ……あんま見えなかった」
「見ようとしてたんだ! それに、欲情も否定しなかったし」
「欲情はした。だって混浴だぞ? 見てもいいってことじゃないか?」
「君ね、絶対変態の素質があるよ、てか変態だよ」
「はいはい、それでいいよ」
「……しかし、あんな危ないところにまさか人間の女の人が入ってくるとはねぇ」
「……ん? どういうことだ? ま、あんな秘境に来るやつも珍しいとは思うけどさ」
「つまりだね、混浴ってのは種族関係なしってこと。簡単に言うと、モンスターも入浴しに来るの」
「……おい、そんなことは先に言って欲しかったんだけど。混浴お断りなんだけど」
「……人が来るなら、今度は入湯料取らなきゃ……お金の匂いがしてきた」
「お前、ほんとがめつい」
「うっさいな、人間がめついぐらいで生きていかないと。……それよりタマキ、今日の夜は冷えそうだし、帰ってスープでも作ろっか?」
「おお、いいな……って食材大丈夫?」
「町で買ってきた野菜とかまだあったと思うから多分大丈夫! ……タマキの話、もっと聞かせてよ」
……今夜は満月、風が俺たちの間をヒューと吹き抜けていく……火照った身体に心地いい。
【ありがとうございました】





