第10話 感情に色をつけるなら
【前回のあらすじ】ついに強い設定が……嬉しいなぁ。
「ねぇタマキ、さすがにやりすぎじゃない……?」
「いや、俺もこんなことになるなんて知らなかったんだよなぁ……」
「それにしてもだよ……こんな大穴空けちゃってさ、立派な自然破壊だよ」
「そもそも、自然破壊そのものが立派じゃないけどな……。ま、ごめんなさいってことで、とりあえず出よう」
クックを再び背中に乗せ、俺たちは無事洞窟から出ることができた。
めでたしめでたし。
―――――
……まだだ、まだ両手を上げてめでたしとは言えない。
家に帰るまでが遠足です、ってよく言われるでしょ?
要するに、帰るまでは油断するなよってことだ。
ただでさえ、手負いのクックを背負いながらとなると……嫌でも気を遣う。
「ねぇタマキ、さっきよりも背中が熱いんですけど。 ……私、またおっぱい大きくなったかな?」
……いや何で?
「この短時間で変わるわけないだろ」
「あ、やっぱり堪能してたんだ! ……エッチ」
「う、うるせぇ! ……つーかお前な、さっきから思ってたけど……緊張感なさすぎ」
「……私なりにタマキの緊張をほぐそうとしただけだよ」
「それはいいけどさ、絶妙に返しづらいフリはやめてくれる? それにな、さっきのシーンはそういうノリじゃなかったろ」
「君、雰囲気なんてこだわってるの? ……そんなんだから童貞なんだよ」
「今はそんなの関係ないだろうが!」
「えへへ、まぁいいじゃん! 終わったことなんて」
……こいつ、本当に一回死んで痛い目見た方が良いと思う。
……つーか、さっきからクックが俺の背中でもぞもぞしている。
しきりに痛めた足の方を見ていて……やっぱ痛いのかな?
「おい、大丈ぶ……って、何やってんの?」
目を向けると……クックの手から、淡いグリーンの光が出てる。
……吸い込まれるような不思議な光だ。
「何って……回復魔法だけど。怪我したから、癒してるの」
「あっ、そうなんだ……」
確かに……さっきまでグロテスクな腫れがすっかり引いて……。
……。
…………。
「……お前、何で最初からそれ使っとかねぇんだ」
「......私ね、やってみたかったんだ! 悲劇のヒロイン、ってやつ?」
……何抜かしてんだ、こいつ?
「昔々、あるところに一人のか弱い美少女がいました。ある日、美! ……少女は一人で山へキノコを狩りに出かけました。しかし、そこでモンスター出会いました。……もうだめだ、モンスターに凌辱の限りを尽くされた挙句、ボロ雑巾のように捨てられてそのまま野垂れ死んでバクテリアに捕食されちゃうんだ、と絶望した美!! ……少女。そこに偶然通りかかった英雄が一撃でモンスターを惨殺して……少女にこう囁くの。『なんと綺麗で美しい猫耳なのでしょう。この世界からまた一つ……至極の輝きが失われるところでした。……お怪我はありませんか?』って……カッコいいでしょ!」
「……馬鹿じゃねぇのか!」
俺はもう目の前が真っ赤に染まってて……そろそろ憤死するんじゃないかと心配になるくらい、頭に血が上っているのがわかる。
「そんなに怒らないでよ、君は私の夢を一つ叶えたんだよ……誇っていいんだよ!」
「……」
……情けない、こんな馬鹿の妄想に振り回されている自分が、とてつもなく情けない。
―――――
「タマキ、君すっごいカッコいいことしてたんだよ! いい加減元気だしなって」
「……うん」
……洞窟から、かなり離れたところまで来た。
今は小休止ということで、大きな木の根元に縋るように座っているわけだけど……腰を下ろしたその直後からどっと疲れが押し寄せてきて、もう動く気にならない。
その原因は、体力面以上に精神面。
俺はもう人間不信になりそうだった……完全に滅入った。
さっきからため息が止まんないし、クックの呼びかけにちゃんと答える気にもならない。
セミの抜け殻とそう変わらないな、今の俺は。
ふと遠くの空を見上げると、オレンジが群青のパレットに滲んでいる……夕方くらいか。
さっさと帰らないと……腹も減ってきたし……でも、今日はもう何もしたくないな。
「タマキ、もうすぐ暗くなるから……休憩終わり!」
「……うん」
……。
「……ねぇ、返事と行動が伴ってないから! 早く立ってよ」
「……はい」
…………。
「……丁寧な返事でもやってることは変わってないからね! ……もう」
こうなったのもほとんどというかほぼ全部というか全部お前のせいなんだけどな。
「タマキ、早く帰らないとモンスターが出るから……私たち今度こそ死んじゃうから」
もんすたー? ……あ、モンスターか……ふーん。
「……モンスターなんて昼間には一匹も会わなかっただろ?」
「明るいうちはおとなしくしてるから、滅多に出会わないよ。夜は活動が活発になるからね。それに、夜には凶暴なモンスターが多いから」
「……ふーん、そっか。……おやすみなさい」
「……違う! 寝るのは家に帰ってからいくらでも寝ればいいから!」
「……お前さ、そんなに帰りたいなら……俺をおぶって帰ってよ」
「はぁ? ……何言ってんの? どうして私が君をおぶって帰らないといけないのさ」
「タダとはまだ言ってないぞ。対価として、背中越しに俺の胸の感触を堪能することを許してやる」
「ねぇ、本当にそれに価値があると思ってるの? ……気持ち悪いから」
「……はぁ」
「……しょうがないなぁ。特別に、君にはこれを見せてあげよう」
……クックがどっかしら(想像にお任せするが)をもぞもぞして何かを取り出す。
それはついさっきまで収穫に勤しんでいた、ある意味慣れ親しんだもので……。
「お前……そ、それは……」
何だろうねー、楽しみだねー。





