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第9話 柔らかい

【前回のあらすじ】……タマキ、カッコいいぞ。それにすんごく主人公っぽい。

 手負いのクックをおんぶしながら、キノコを避けつつ進む。


 それは、野球によって鍛えられた俺には造作もないことだ。


 問題は……どこに行けば良いのか、いつ終わるのかということである。


 どこかに都合良く安全なところはないものだろうか。


 さて、女の子をおぶると、それはもう柔らか〜い感触を味わえるわけだが……クックも例外なく二つの実りを持っているみたいだった。


 見た目に反して、意外とあるわ、こいつ。



「タマキ」


「何?」


「私の胸の感触……味わいたいがために私をおぶったんじゃないの?」



 おっと……堪能される側はわかるもんなのか、勉強になるな。



「そんなわけないだろ、家賃代わりに肉体労働してんだよ。貸しは作らねえようにって躾けられてきたんだよ」



 こーゆー時の言い訳って、すぐ思い付いて、淀みなく言えるのってどうしてなんだろうな。



「貸しを作った覚えはない、ってあんなに頑なだったのに……怪しいなぁ」


「何がそんなに怪しい? 人を助けるのに理由なんていらないと思うけど。人として当然のことだと思うけど」


「私の豊満なおっぱいを我が物にするために、都合良く話を持ってってる気が……」



 お前、自意識過剰じゃないか?


 確かに意外にあるとは言ったが、豊満とまでは言ってないから。俺の中のハードルが低かっただけだ。



「まぁ、いいよ……ありがとね、感動しちゃったよ」



 ……悪くねぇな。



「……ま、お前が何でもするっていう楽しみもあるしな」


「うっ、すっかり忘れてた……」


「つまり、お前はここを生き延びたとしても、地獄のような仕打ちしか待ってないってわけだ」


「さっきの私の感動を返してよ! 降ろして、今すぐここに降ろして!」



 ……意外と元気でよかった。この調子なら……。



「クック、痛みには慣れたか? 力入りそうか?」


「あのね、私は格闘家じゃないんだよ? 痛いよ、普通にめっちゃ痛いよ。……でも、さっきよりは大丈夫」


「おっけ。ちょっと洞窟の端っこまで行ってみるから……俺の身体から離れないようにしっかりしがみついとけよ」


「……何それ、おっぱいもっと押しつけてってこと?」


「したいなら勝手にしろ。……じゃあ、行くぞ」



 ……ドッ!!! ……という効果音がぴったりだと思うくらい、勢いのあるスタートダッシュができた。


 俺たちがいる場所は、洞窟のちょうど真ん中くらい……洞窟の端までさほど距離はない。


 ……一緒に家に帰るって決めたからには、動かないと何も始まらないし……クックを背負っている手前、いいところ見せたいところだ。


 ま、俺がぐちぐち言ったところで絶体絶命の状況は変わらない。


 キノコは今も俺たちを容赦なく押し潰さんとばかりに降っている。


 その猛攻を器用に躱しつつ走っているわけで……一発当たったら終わりだからな、プレッシャーはすごい。


 死と隣り合わせってこういうことだよな。


 いざ自分が味わってみると嫌なもんだね。



「タマキ、足速いじゃん! びっくりだよ」


「お前ほどじゃないけどな」


「君さー、素直に誉め言葉を受け取れないの? 君の心の郵便ポストはどうなってんの?」


「恥ずかしいんだよ……それに、今ちょっと話しかけないでくれ」


「えー、どうして?」


「結構全速で走ってるから……余裕がないんだよ……」


「……私、暇なんだけど」



 ……ブレないな、お前。



「うるせぇ……ちょっとの間でいいから静かにしてろ」



 こいつ、もうちょっとキノコで殴られておいた方がおとなしくて扱いやすい気も……。



ーーーーー



 ……間もなく、洞窟の端まで辿り着いたわけだが……ここからどうしようか。


 一つだけ収穫なのは……ここ近辺にはキノコが降ったような形跡がごくわずかであることだ。


 俺の思う都合の良い場所とやらに限りなく近いってことだな。


 洞窟の壁をタッチしてみると……硬さと重厚なイメージを受ける。


 こりゃ、自力では突き破れそうもないな。


 まさに、俺たちは自然の檻の中に囚われたウサギってわけだ。


 助かるためにわざわざ走ったっていうのに……死の瞬間が長引くだけだったな。


 もう俺にできることは……。


 ……。




 …………あるわ。


 ……あと一つだけ、俺のとっておきが。



「……クック、ちょっと降ろすぞ」


「あ……うん……どうぞぉ……」


「お前、何で眠たそうなんだよ……この状況で」


「だって……暖かかったんだもん、タマキの背中」


「はぁ……ちょうどいいや、そこでじっとしてろよ」



 クックを洞窟の側面に立てかけるように置いて、同じ体勢を続けて凝り固まった肩甲骨を大きく回しながら、来た道を戻る。



「ちょ……タマキ、どこ行くの」


「……危ないからさ、距離取ってんだよ」


「……距離? 何するの?」


「投げる」


「……投げる? 何を?」


「よいしょ……キノコだよ」



 埋まっていたキノコを一つ拾い上げると、ボールを扱うようにこねくり回してみる。


 ずっしりとした重み、手に引っかかるザラザラ感はそれなりに野球ボールと通じるものがある。


 ま、重みは砲丸投げのそれに似ているし、手にかかりすぎて皮膚が持っていかれそうな気がするが……。


 ともかく……これならきっと、投げられる……はず。


 左足で踏ん張りを利かせ、右腕で見えない壁をイメージ……重心をゆっくり移動させていく。


 利き手には一切の力みもなし……大きく踏み出した右足が大地を捉える。


 集約された力が次第に末端へと移動し、鈍重なキノコにも余すことなく伝わっていく。


 指先の発射台はとてつもない凸力を帯びつつ……




 飛んでいった!!!




 俺が放ったキノコボールは最速最短で、目で捕捉できないスピードで壁に向かっていく。


 やがて壁にぶち当たると……。


 ……ブチtブチグシャシュシャグシャ!!!


 厚い壁が豆腐のように軽々と砕けていく。


 そして……ボールの直径以上の、俺たちが簡単に通れるくらいの大穴が開いた。


 そのことに一番戦慄していたのは、投手本人だった。



「……は?」

【ありがとうございました】

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