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寄居商店街のめし処・気分屋  作者: 温森文絵
3/3

3話【道】


寄居商店街のお祭りに欠かせないもの。それは、ガラガラ回す八角形のガラポン……


ほぼ白が入っているガラポンから、金の幸運を引き当てる人は常日頃から運がいいのだろう。


人には三つの道があるように思う。神道、譲道、歩道……


字の如く、神道とはほんの一握りの人だけに与えられた神様の贈り物。

世界でその名を知られる人。芸術、スポーツ、発明、美貌。好きなことをしてるだけ、と笑う人の生きる道。


そして、生まれただけで手にする財産や環境や名声付きの譲道。


残念ながらアタシは最後の歩道。

何もないところから始まる道。特権は《自由》であること……


寄居商店街では秋のお祭り激安セールをやっている。気分屋は安売り出来るものがないから、スタンプラリーの場所を提供している。


スタンプを十個でガラポン一回。

金は商店街の商品券を五万円分。


ハワイ旅行やテレビでないところに商店街の策略臭がプンプンする。


子どもは皆、嬉しそうにガラガラを回し当たらずにガクッと肩を落とす。


当たる人は、中に入っている金の数しかいないの、とは言えない……


子どもの頃、アイス一本でもその気配は感じ取れたものだ。


少ないお小遣いをアイスにつぎ込むものの、思いは届かず当たりの文字を拝むことなく新作が出る残念組。


みんなが買うから買った、と言う初めて買って当たりを引く幸運組。


運なんてそんなものだ……


子どもは無邪気でいい。当たると信じて疑わないから外れたときのショックが大きい。


アタシはいつから当たらない確率の高さを受け入れるようになったのだろうか。


絵本を書くと婆ちゃんが大絶賛するものだから、賞を取って当たり前だと信じていたあの頃……


スタンプを集める子どもたちを見ていたら、アタシにも自分の可能性を信じて疑わない時代があったことを思い出した。


「スタンプください」

「はーい、あたるぞぉー」

「おじちゃん、ほんとう?」

「うーん、当たるといいねー」

「なにそれは」


今どきのお嬢ちゃまを舐めてはいけない。あー言えば、なんてもんじゃない。幼稚園児でもすぐキレる。生意気な子は(チエッ)と舌打ちをする。


似合わないことをするからだろう。時さんは、二つは上げた声のトーンで受付をしていたせいで笑顔が不自然なまま店を開ける時間になりそうだ。


「ガラガラどこですか?」

「はーい、パン屋のまえだよー」


不思議なのは、子どもが時さんを怖がらずに振り返ってバイバイと手を振ることだ。


はーい、と手を上げて話す時さんを見たのが初めてのアタシは、怖くて、背筋がゾクゾクしている。


カランカラン、カランカラン、今日一番の金色が出たようだ。


(当たり当たり、大当たりだぁー)


鐘の音に人が集まる。羨ましさからその幸運な人相を拝みたくて……


綺麗な人だった。まだ二十代だろうその人は、賞品を受け取りその場を後にした。初めて見る顔だった。

 寄居商店街の人ではない。


ワサワサと集まった人々は散り散りに買い物の続きを始める。


人は面白い。自分よりも何処か一箇所でも劣る人が掴む幸運に耐えられない。悔しくて納得がいかない。 


だが、綺麗な子が掴む幸運は溜め息で済む。

(初めから持っているものが違う)と言う理由だけで手にして当たり前認識をするのだから……


  賑やかな人並みに紛れて見慣れた人たちと目が合う。


「時さん、おでん盛り」

「俺は串カツセット」

「あいよっ」


書店の文太さんと呉服屋の甚平さんが祭り法被でやって来た。


「もう終わったの?」

「要ちゃん、漫画描けたか?」

「絵本だけど」


二人はすでに酒臭い。お祭り騒ぎに便乗し昼間から飲んでいたのだ。


「あの、これ使えますか?」


昼間の鐘の音の彼女だ。

暖簾の下をスルリとくぐり抜け、

薄いクリーム色のハイヒールが店内にコツンという新鮮な音を立てた。


「どうぞ、金の商品券っすね」

「はい」


か細い声で返事をする淑やかな雰囲気。レモン色のワンピースに両耳を出して髪をすくい上げ、後ろで留めたお嬢様ヘアがよく似合っている。


「何がいいっすか?」

「後で、ツレが来るので……」

「じゃ、飲み物は冷蔵庫からね」

「はい」


ガヤガヤしていた文太さんと甚平さんは自分のツマミを見ていた。


綺麗な子に緊張しているのか、一言も喋らないから店内に湿っぽい空気が流れていた。


そこへお茶屋の茶助さんがやって来た。


「時さん肉じゃが玉子ね」

「あいよっ」

「あと、緑が、なんだっけ、忘れた」

「もう、ワカサギの天ぷらでしょ」

「そう、それね……」


なんだ? なんで? なにごと?


「茶助さん、お知り合い?」

「要ちゃん、ふざけてんのか?」

「えっ?」


まさか、まさかだよね……


「要ちゃん、久しぶり」

「あっ、緑さんお久しぶりです」


この座り方。前にもこの場所で見た。茶助さんと緑さんと……


「茶美、なんか頼んだ?」

「ママを待ってたの」


( ゴボッ、ゴホホッ、ゴボッ )

「マ、マジっすか?」


飲み物を吹き出して咳き込んだのは文太さんかと思ったら時さんだ。


「茶美ちゃんとは気づかなかったよ」

「なんか、恥ずかしい……」

「綺麗だわ、とっても」

「要さん、ありがとう」


緑さんの息子の玄くんはどこにもいなかった。


「綺麗な女の子になるんだな」

「ほぼわかんないっすよ」


文太さんと時さんはあまりの変わりように、ただ驚いていた。


玄くんはアタシと同じ歩道の人間。

何もないところから始まる道の特権は自由だ。

玄くんは自由を使って道の方向転換をした。

女の子になりたいと勇気を持って打ち明けて、改名された。


(茶美、チャーミングな女の子)


淑やかな娘の茶美ちゃんは初めからそうだったかのように、自然に家族団欒を過ごしていた。


【 道 】

生まれた日に決められた道

ありのままに生きる人生

山あり谷あり難ある人生

坂道、砂利道、寄り道も

脇道、逃げ道、回り道も

行った人しかわからない道

どの道を選ぶかじゃない

選んだ道をどう歩くのか

どの道、同じ一歩だから

慌てずゆっくり歩けばいい


道は自分で切り開くもの。玄くんは開いた道で茶美ちゃんとして生きている。

婆ちゃんの声が聞こえてきそうだ。


(慌てずゆっくり歩けばいい……)

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