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8.作戦準備②



 フュルテゴットとは、カールハインツに頼んだ翌日には会えることになった。

 しかし、約束は取り付けていないという。


「……大丈夫なの? フュルテゴットさまは神出鬼没だと聞いているけれど……」

「その通りです。しかし、ああ見えて仕事に関しては真面目な男なので、今なら捕まえることができるはずです」


 涼しげな顔をしてカールハインツは言う。

 そんなカールハインツの隣を歩きながら、マリーはふうん、と頷いた。

 マリーたちが今、向かっているのは、騎士たちの訓練場である。

 もしかしたら、マルクスに会えるかも、とマリーは期待したが、残念ながらマルクスは非番らしい。

 そのことにがっかりしたが、これはこれで好都合である。マルクスがいたら、そちらが気になってしまって、フュルテゴットと会話をするどころではなかっただろうから。


「……いました。フュルテゴットです」

「本当に真面目にお仕事をしているのね……」

「仕事()真面目ですからね……」


 力なく笑ったカールハインツに、マリーはなんて言葉をかけようか悩んだ。

 きっと、仕事以外でカールハインツはフュルテゴットに手を焼いているのだろう。二人がどんな関係なのか、まったく知らないけれど。


「……えっと……と、とにかく、ここからはわたしはただの『マリー』だから。そう接してね」

「はい。王女殿下の親戚筋にあたる貴族令嬢、でしたよね。私は王女殿下との付き合いがあり、その関係で『マリー嬢』を案内することになった……」

「うん、完璧。さすがカールね」

「お褒めにあずかり光栄です」


 ちっとも光栄そうな様子はなく、カールハインツは答えた。

 それに面白くないと感じながらも、ここではただの『マリー』だ。次期宰相候補であるカールハインツに反論する貴族令嬢はいない。だから、怪しまれないためにも、ここでは下手に反論できないのだ。


「あれー? カールじゃん」


 カールハインツは明るい声に呼ばれ、正面から派手な金髪の青年が、にこにこと笑いながらやって来た。


「珍しいね、カールがここに来るなんてさ。殿下の命令?」

「いえ、今日は違います」

「そうなんだ。って……女連れじゃん。ひゅー、カールやるぅ」


 派手な金髪の青年──フュルテゴット・ショイラーはマリーを見て、にこりと笑った。


「初めまして、可愛らしいお嬢さん(レディ)。俺はフュルテゴット・ショイラーと申します。あなたのお名前を教えていただけますか?」


 にこにこと、自然な仕草でマリーの手を取ったフュルテゴットに、マリーもにこやかに笑みを返しながら、そっと手を退けた。


「ご機嫌よう、フュルテゴットさま。わたしはマリー・アーレンスと申します。カールハインツさまとは、幼馴染みのようなものです」

「……へえ」


 フュルテゴットは自分の手とマリーの顔を交互に見つめながら、面白いものを見つけた、というようににやりと笑った。


「さすがカールの連れだな。一筋縄ではいかないってか」


 燃えるなぁ、と呟いたフュルテゴットに、カールハインツは顔を顰めた。


「彼女に手を出すな」

「そう言われると、余計に欲しくなるね」

「……フュルテゴット」


 カールハインツが厳しい声を出すと、フュルテゴットはあは、と明るく笑う。


「それで? 俺になんか用?」

「それは──」

「──フュルテゴットさまに用があるのはわたしです」


 カールハインツの言葉を遮って、マリーはそう言って、一歩前に出た。

 そんなマリーを、フュルテゴットはじっと眺める。


「……へえ。君が俺に? なんの用かな? あ、もしかしてデートのお誘いとか? だったら大歓迎だけど」

「残念ですが、デートのお誘いではありません。フュルテゴットさまにお願いというか……提案がありまして」

「俺にお願い?」


 フュルテゴットはきょとん、とした顔をした。

 きっと予想外の台詞だったのだろう。


「はい。フュルテゴットさまは歌がお上手だと伺っております。その歌を聞かせていただけないかな、と」

「……俺の、歌?」

「ええ。だめ……ですか?」


 フュルテゴットは女性に甘い。

 ちょっとしたお願いなら二つ返事で引き受けてくれると聞いていた。だから、このお願いも二つ返事で了承してもらえると思っていた。

 しかし、フュルテゴットは戸惑っている様子だ。予想外の展開に、マリーは内心焦った。

 なにか変なことをしてしまっただろうか。しかし、特に変なことをした記憶はない。困ってカールハインツを見ると、彼もまた意外そうな顔をして、眉を寄せていた。カールハインツにとっても予想外の展開だったらしい。

 どうしよう、とマリーが考えを巡らせていると、ようやくフュルテゴットが口を開いた。


「……それが君の目的?」

「え? いえ、目的というか、確認というか……」


 なんと答えたものか、とマリーは悩んだ。

 マルクスの催し物にはフュルテゴットの歌が必要だ。しかし、マリーは実際にフュルテゴットの歌を聞いたことがない。だから、一度聞いてみたいと思い、カールハインツに頼んでフュルテゴットに会わせてもらったのだ。


 今回コンラートに頼らなかったのは、フュルテゴットが手強い相手だからだ。勘が良く働くフュルテゴットは、その本能的な部分で活躍することも多い。コンラート経由でフュルテゴットに会って、勘ぐられるのも困る。

 だから、今回はカールハインツを頼ったのだ。


(まあ、わたしの存在を知っている人は少ないし、王女であることがバレる可能性は低いだろうけれど……念には念を入れないと)


 マリーが一人の騎士に熱を上げていることを知られるのは、まずい。ただの貴族令嬢なら許されるそれも、王女には許されない。さまざまな思惑が渦巻く世界に身を置く王族は、自分の気持ちすら、自由に表現することが許されないのだ。

 それは自分たちを守るためでもあり、周りの人たちを守るためでもある。


「──いいよ」


 別の方向へ思考が飛んでいたマリーは、フュルテゴットの返事でハッとした。

 フュルテゴットを見ると、彼はニッと笑った。


「そんなに俺の歌が聞きたいのなら、聞かせてあげる」

「あ、ありがとうございます……!」


 良かった、と胸を撫で下ろすマリーに、フュルテゴットはいつの間にか接近していた。

 気づいたときには、目と鼻の先にフュルテゴットがいた。


「え……あの……?」


 戸惑うマリーにフュルテゴットは蠱惑的な笑みを浮かべる。


「ただし──俺のお願いを聞いてくれたら、ね」

「フュルテゴットさまのお願い、ですか……?」


 なんとなく、嫌な予感がした。

 すごい無理難題を言われるような……そんな、嫌な予感が。


「そう。別に難しいことじゃないよ。俺が君の満足できる歌を歌えたら、そのときは──」


 ごくり、とマリーの喉が鳴る。

 フュルテゴットの青い目から目が離せない。

 きっと、世の中の女性はこの目に惑わされるんだろうな、とどこか他人事のように思った。それが現実逃避だと、なんとなくわかっていながら。


「──俺にキスをしてくれる?」

「……は、い……?」


 ──きす? きすって……あのキス……?

 フュルテゴットの言葉が理解できず、マリーは思考停止した。


「な、なにを言っているんです、フュルテゴット! 冗談も大概に……!」

「冗談じゃないって。キスしてくれないなら、俺は歌わない。ね、どうする?」


 俺はどっちでもいいけど、と楽しそうにフュルテゴットは問いかける。

 そんなフュルテゴットの態度にマリーは段々と腹が立ってきた。

 冗談じゃない、と言いたい。けれど、それを言ったらフュルテゴットは歌ってくれない。

 フュルテゴットはマルクスの催しに必要な存在。だから、断るわけにはいかない。


 マリーが悩んだのは、一瞬だった。

 マルクスのためなら、なんでもする──そう言ったのは、嘘じゃない。


「……わかりました。その条件、飲みます」

「ひ……マリー嬢……!?」


 カールハインツが信じられない顔をして、マリーを呼ぶ。

 そんなカールハインツに、マリーは大丈夫だというように笑ってみせた。


「だから、歌ってください」

「……オーケー。いいね、俺、思い切りの良い子、好きだよ」

「ありがとうございます」


 完全な棒読みでお礼を言うと、フュルテゴットは楽しそうに笑った。

 そして、すぅっと息を吸い込むと、歌い出した──。


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