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6.マルクスの悩み②



 兄と話した翌日、マリーがいつも通りにマルクスを待っていると、マルクスがやって来た。

 マルクスを見つけて、マリーは笑顔で手を振り、彼の名を呼ぼうとして──戸惑った。


「マ、マルクスさま……?」

「……ああ、マリーさん。こんにちは」

「こ、こんにちは……」


 マルクスはいつになく暗い顔をしていた。

 マリーを見ると笑顔になったが、無理に作った笑顔だとすぐにわかった。


「あ、あの……どうかしたのですか……?」

「どう……とは?」

「いえ、その……いつになく暗い顔をしているような気がして……」

「……そんなに顔に出ているかな……?」


 マリーはどう答えたものか悩んだものの、こくりと頷いた。

 マルクスは情けない顔をして、「そっか」と言って弱々しく笑った。

 そんなマルクスにマリーは少し近寄った。


「……なにがあったのですか?」


 マルクスの力になりたいとか、それ以前に、マリーはマルクスのことが心配だった。

 真面目で優しい彼が人前でこんな暗い顔をしているのだ。きっとなにかあったのだ。彼がそこまで思い詰めるようなことが。


「……あなたには関係のない」


 マルクスは以前と同じように、マリーの差し伸べた手を拒絶した。

 それにマリーは前よりもショックを受けた。

 打ち解けられてきたと、思ったのに。信頼関係を築けていると、そう思っていたのに。

 どうやらそう感じていたのはマリーだけだったらしい。思い上がりも甚だしい。昨日までマルクスと仲良くなれたと喜んでいた自分をぶん殴りたい。

 マリーはうつむき、涙が出そうになるのをぐっと堪えた。


「……と、以前の僕なら言っていただろうけど……」


 マルクスの言葉に、マリーはハッと顔をあげる。

 そこにはマルクスの優しい顔があって、ポリポリと頬をかきながらマリーを見つめていた。


「すごく情けない話なんだけど……聞いてくれる?」


 困った顔をしてそう言ったマルクスに、胸が熱くなった。

 ──思い違いじゃ、なかった。マルクスもマリーと同じように思ってくれていた。

 そのことが嬉しくて、マリーはぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。


「……っ、はい! もちろんです!!」


 元気に答えると、マルクスはほっとしたように顔を緩める。

 そして、ぽつり、ぽつり、と話をし出した。



「……なるほど。建国記念日の夜会での催し物、ですか……」

「そうなんだ。すごく情けない話なんだけど、剣舞以外なにをすればいいのかわからなくて……どうしようかと、ずっと悩んでいたんだ」


 はあ、と深いため息をついたマルクスに、マリーは同情した眼差しを向ける。

 マルクスの悩みは、『建国記念日の夜会での催し物をなににするか』だったのだ。

 騎士になって以来、マルクスはずっと剣舞だけを披露してきた。しかし、去年の夜会で国王に「剣舞は飽きた」と言われてしまった。剣舞以外に人前で披露できるものがないというマルクスは、なにをすればいいのか、ずっと悩んでいたという。

 同じ仲間だからこそ、この悩みを言うわけにもいかず、家族からは「国王をがっかりさせるな」とプレッシャーをかけられる──そして、数ヶ月後の夜会に向けて、どの騎士も練習を始めだし、今、騎士たちの間はその話題で持ちきりなのだという。


 ……つまるところ、マルクスの悩みの原因はマリーの父にあるということで。

 マリーは心の中で父を罵った。マルクスさまにこんな心労を与えるなんて、お父さま最低、と。

 昨日、兄から同じ話を聞いたとき、「お父さま最高」と褒めそやしていたことは、きれいさっぱり忘れた。


「皆、やるものを決めている中でおれだけなにも決められていない……なんだか焦ってしまって。……って、ごめんね。こんな話、されても困るよね」


 悩みを話したことで気が抜けたのか、マルクスの一人称が変わっていた。マルクスさまって普段は「おれ」っておっしゃっているのね、とすかさず心のノートに書き留めたあと、マリーは首を横に振った。


「いいえ、マルクスさまのお気持ちはわかるような気がします」

「ありがとう。聞いてもらえて少しだけすっきりしたよ」


 そう言ったマルクス顔は、確かに先ほどよりも晴れやかだった。

 しかし、話を聞いただけでは根本的な解決にはならない。

 どうすればマルクスの悩みを解決できるのか──マリーは考え、ふと、自分がずっと妄想してきたことが浮かぶ。


(……そうだわ。これなら……! でも、これを実現させるためには、少しだけ準備が必要になる……お兄さまにも協力していただかないと)


 マリーはいろいろと考えを巡らせ、よし、と頷く。

 まだ時間はある。今から準備しても、十分に間に合う。


「あとはおれで考えるから、きみは今の話は忘れて──」


 マリーはマルクスの台詞を遮るように「マルクスさま」と呼びかけた。

 マリーがマルクスの話を遮ったことはほとんどない。普段の彼女は聞き上手で、マルクスの話を最後まできちんと聞いて、話題を広めてくれた。

 だから、マルクスはマリーの無作法に目を見開いた。


「わたしに良い考えがあります!」

「……え?」


 戸惑った顔をしたマルクスに、マリーは目をキラキラさせて言った。


「マルクスさまのお悩みを解決できるかもしれません。なので、少しお時間をいただけませんか? わたしの考えをまとめるのと、準備に少し時間がかかるので……」

「え……それは構わないけど、おれは別に一人で……」

「ありがとうございます! わたしが必ずマルクスさまのお悩みを解決し、国で一番の騎士であることを陛下に証明してみせますから!」

「いや、そこまでは……」


 別に国で一番になりたいわけではないんだけど……と呟くマルクスの声は残念ながらマリーには聞こえておらず、マリーは一人で燃えていた。


(これよ……これだわ! わたしが社交界デビューまでに成すべきことはこれだったんだわ……! 騎士の中では地味な印象が強いマルクスさまの魅力を皆に思い知らせるの! マルクスさまはとても素敵なんだから、この魅力をわかってもらう絶好の機会を逃すわけにはいかないわ!!)


「……マルクスさま。三日後の同じ時間、ここに来ることはできますか?」

「え? あ、ああ、うん……それはなんとかなるけど……」

「では、三日後の同じ時間、ここに来てください。それまでに準備を進め、わたしの考えをお伝えします。もちろん、わたしの考えがマルクスさまの頷けないようなものだったなら、はっきりとおっしゃってください。また別の案を考えますから」

「そこまでしてもらうわけには……」


 困惑しているマルクスに、マリーはぎゅっと眉間に皺を寄せる。

 そして、腰に両手を乗せ、ふう、と息を吐いたあと「いいですか」と語り出す。


「これはマルクスさまのためでもありますが、わたしのためでもあるのです。むしろ、わたしの趣味が大半です。だから、マルクスさまが遠慮する必要はありません。マルクスさまが幸せならわたしも幸せ。マルクスさまに喜んでもらえたなら、それはわたしに対するなによりのご褒美であるのです!」

「そ、そうなの……?」


 きっぱりと言い切ったマリーに、マルクスは引き気味に聞き返す。

 それにマリーは大真面目な顔をして頷く。


「はい。それが恋する乙女なのです!!」

「そ、そう……」


 マリーの宣言を受けて、マルクスの顔は戸惑ったまま頷く。……いや、頷くほかなかったというべきか。

 なにかのスイッチが入って燃えているマリーは、マルクスが引いていることに気づくことなく、「では、わたしは準備がありますので、これで失礼いたします」と優雅に一礼をして、令嬢らしからぬ速度で去って行く。

 そんなマリーの後ろ姿をマルクスは呆然と見つめ、前にもこんなことがあったな、と遠い目をして、ぽつりと呟く。


「……おれ、話す相手を間違えたかな……」


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