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4.謝罪と宣戦布告



 マリーは宣言通りに、昨日マルクスと出会った場所へ向かった。

 もしかしたらマルクスは来ないかもしれない。もしくは、入れ違いになってしまっている可能性もある。ここに来るとは宣言したものの、時間について言わなかったことを悔やんだ。


 そんな不安を抱えながら、マルクスを待った。

 幸いなことに、この場所はあまり日が当たらず、風通しが良い。だから暑さに苦しめられる心配はなく、設置されていたベンチでのんびりと待つことにした。


 時間潰しに持参した本を読んでみたものの、マルクスが来てくれるかどうかが気になって、その内容はさっぱり頭に入ってこない。

 とうとう本を読むことを諦め、本をそっと閉じる。


(やっぱり……マルクスさまは来られないのかしら……仕方のないことだけれど……)


 昨日のマリーは怪しさ満点だった。そんな相手から一方的にされた約束など、守る義理はない。

 そうわかってはいるものの、来てくれないことにがっかりとしてしまう。乙女心は複雑なのだ。


 ぼんやりと空を眺めていると、足音が近づいてきた。

 その音にほんの少し期待を抱き、上げていた顔を正面に戻すと──そこには戸惑った顔をしているマルクスがいた。

 思わず立ち上がり、マルクスに近づく。


「マルクスさま……! 明らかに怪しいわたしの約束を守ってくださったのですね……!」

「……ええ、まあ。正直悩んだのですが……」


 そう言って苦笑したマルクスに、感動で胸がいっぱいになった。

 マルクスは、とても優しい。怪しい令嬢のことなど放って置けば良いのに、真面目で優しい彼はそうすることができなかったのだ。

 そんな彼の律儀さがとても好きだ、と改めて思う。


「……まずは昨日の非礼を謝らせてください。昨日は大変失礼いたしました。昨日は名乗り忘れてしまいましたが、わたしはマリー・アーレンスと申します」

「アーレンス……確か、王妃さまのご実家の……」

「ええ、王妃さまと我が家は遠い親戚筋に当たりますの」


 笑みを浮かべて、ずっと考えていた設定を述べる。

 アーレンス家はマリーの母親の実家だ。だから、あながち嘘ではないのだが、やはり後ろめたい。しかし、ここでマリーの本当の身分を明かすわけにはいかないのである。マリーはただのマリーとして、マルクスと話がしたいのだから。


「あの……マルクスさま。わたしが昨日告げた言葉に、偽りはありません。わたしはあなたをお慕いしております。だから、あなたの力になりたいのです。わたしにマルクスさまのお悩みを解決するお手伝いをさせていただけませんか……?」


 今回は勢いだけはなく、しっかりと考えて言った。

 きっとマルクスは一人で悩みを抱えている。

 マリーの提案はマルクスにとっては迷惑な話なのかもしれない。けれど、ずっと一人で悩んでいるよりも、誰かに悩みを打ち明け、一緒に悩んだ方がいいと思うのだ。


「……あなたのお気持ちは嬉しく思います。ですが、本当になんでもない、ささやかな悩みなんです。そんなことで、あなたのお時間を取らせるのは申し訳ない」

「ささやかな悩みなら、なおのこと聞かせてくださいませんか? マルクスさまのためなら、何時間でも費やせますから!」

「そういうわけには……」


 マリーがどんなにお願いしても、マルクスは首を縦に振らない。その意思の固さもとても好ましいが、今このときばかりは厄介に思う。

 しかし、ここで折れたらマルクスとはここまでになってしまう。このまま、マルクスが悩みを抱えたままでいるのは嫌だ。


「……わかりました」

「わかっていただけてなによりです。どうかもう、僕のことは構わずに……」

「今日がだめなら明日、教えていただくまでです! わたしは明日、この時間にここに来ます。いいえ、マルクスさまのお悩みを聞くまで、ずっとここに通い続けることにします!」

「……は?」


 マルクスはぽかんとした表情を浮かべる。

 そんなマルクスにマリーはビシッと指さし、堂々と宣言をした。


「わたしは必ず、あなたのお悩みを聞き出してみせます! 覚悟なさってください!!」


 そう言うなり、くるりとマルクスに背を向けて歩き出す。

 背後からマルクスの焦ったように「ま、待って……!」と呼び止める声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思い込んだ。


 その勢いのまま自室に戻り──昨日と同じようにベッドにダイブした。


(わたしのバカ……! どうしてこうなってしまうの!? あ、でも……これで毎日マルクスさまに会える可能性があるかと思うと……良い判断だったのかもしれないわ。うん、そう思うことにしましょう。言ったことは戻せないのだし)


 むくりとベッドから体を起こし、よし、と自分に気合いを入れる。


「絶対にマルクスさまの力になってみせるわ……!」


 ひとまず机に向かい、マルクスから悩みを聞き出すための算段を立てることにした。

 きっと、マルクスは手強い。今日の明日で悩みを打ち明けてくれる……という展開は望めない。

 ならば、どうすればいいのか。


「マルクスさまがわたしに悩みを打ち明けないのは、わたしがまだ信用されていないからだわ。ならば、マルクスさまに信用されるようにすればいい。まずはマルクスさまと仲良くならなくちゃ」


 そしてそれは、マリーにとって願ったりのことである。

 マルクスとマリーが仲良くなることによって、マルクスは悩みを打ち明けられて気が楽になる(かもしれない)し、マリーはただ単にマルクスと仲良くなれて嬉しい。まさに持ちつ持たれつの関係だ。


 明日からは、あまり悩みについては触れないようにする。もちろん、まったく触れないというわけではない。折を見て悩みについて聞き、マルクスの反応を見て無理そうならすぐに引き、違う話題をする。

 マルクスの好きなものについては、ばっちり調査済みである。だからネタについてはこと欠かさない自信ある。


(わたしの当分の目標はマルクスさまと仲良くなることで決まりね……!)


 うんうん、と頷き、はた、と気づく。

 ──あれ、目的と目標が逆になっていないか、と。

 マリーの目的は、マルクスと会って話をすることだったはず。それなのに、今はマルクスの悩みを聞くことが目的になり、そのためにマルクスと仲良くなろうと目標を立てた。


(……まあ、結局は変わらないわよね。うん、そうだわ。わたしは社交界デビューをするまでの限られた時間の中で、マルクスさまと関わりたいだけ……王女としてお披露目をされたら、こんな自由な時間はもう持てないもの)


 王女としてデビューをしたら、あっという間に結婚することになる可能性が高い。王女は国にとって有益な駒である。国に利益をもたらすために、他国へ嫁に出されるか、降嫁させて国内での繋がりを強化するか──その二択しか、マリーの未来はない。その選択すらマリーには選ぶことができない。

 今、エクスナー王国は平和だから、その二択以外にも自由に生きられる道があるかもしれない。しかし、その可能性は限りなく低いと、マリーにはわかっていた。


 やっと得られた束の間の自由。その時間を好きに使わせてくれる父と兄には感謝している。

 だからマリーは、この限られた自由な時間を精一杯楽しもう、と決めていた。

 ──そのためには。


「一日でも早く、マルクスさまと仲良くならなくては!」


 王女としてお披露目されるまで、あと数ヶ月。

 そのすべてを、マリーはマルクスのために捧げると決めていた。



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