番外編 マリーの制服大作戦(前)
「今日は重大なお知らせがあります」
マリーは開口一番、重々しくそう告げた。
そんなマリーに、マルクスとフュルテゴットは顔を見合わせた。
「重大なお知らせとは?」
「まさか……殿下、とうとうご結婚が決まったんですか!?」
訝しげな様子のマルクスとは対称的にフュルテゴットはキラキラした目でマリーを見つめた。
マリーはそんなフュルテゴットに向かって眉を寄せた。
「……違います」
「ちぇっ、違ったかー。じゃあ、なにかなぁ……重大なこと、重大なこと……」
うんうんとフュルテゴットが悩み出す。
そんなフュルテゴットをマリーは呆れた目で見つめたあと、マルクスを見る。そして、にっこりと笑った。
「マルクスさま。今のご自分の服装、どう思いますか」
「は……? 今の服装、ですか……?」
マルクスは戸惑った様子で聞き返す。
それにマリーは真剣な顔で頷く。
「……そうですね……これは、王太子殿下付きのときから着ているものですので、少し汚れてきたかな、と……」
自信がなさそうに答えたマルクスに、マリーは大きく頷く。
「そう、そうなのです! その服装はお兄さま付きのときの服装なのです!」
「はあ……」
マリーの言いたいことがわからず、マルクスは曖昧に返事をする。
そんなマルクスの様子を気にした様子もなく、マリーは輝いた顔をしてマルクスに詰め寄った。
「おかしいと思いませんか? マルクスさまはわたしの騎士なのに、未だにお兄さま付きのときの制服を着ているだなんて……! まるで、まだマルクスさまはお兄さまのとこにいるような気がして、なんだか悔しいです……」
ぐっと拳を握り、心底悔しそうな顔をしてマリーは訴えた。
マルクスはマリーの主張を一理あると思って納得しつつも、可愛いらしいマリーの言葉に少しだけ照れくさく思った。
そんなマルクスの横でフュルテゴットが「殿下ぁー、俺も殿下付きの騎士なんですけどー? 忘れないでくれません?」と主張していたが、マリーは華麗にスルーした。
「そこで! わたしはマルクスさまに新しい制服を着ていただくべく、お父さまにお願いしました!」
「殿下、俺の分は?」
「その結果、新しい制服を作っても良いとのお許しをいただけました! なので、マルクスさまによるわたしのためのマルクスさまに似合う制服のデザインをお願いしたくて!」
「殿下、俺のも新しい制服作ってくれるんですよね?」
「ベースは今のままでいいと思うのです。生地の色を変えたり、少しデザインを弄る程度で、新しい制服を考えていただけないでしょうか?」
「殿下、無視しないでくださいよ~」
フュルテゴットを完全に無視し、マリーはマルクスにお願いする。
もし断られたら、イエスと言うまでお願いすると決めていた。だったらお願いじゃなくて命令すればいいのでは、とも思うかもしれないが、マリーに言わせるとマルクスに命令なんてするのは恐れ多いことだ。だから余程のことがない限り、マルクスに命令することはしない。
マリーがデザインを考えられたら良かったのだが、残念ながらマリーにそういうセンスはなかった。もし、そんなセンスがあったら、マリーによるマリーのためのマルクスに似合う服を何着も考えただろう。実に残念だ。
「おれが制服を、ですか……」
マリーの予想に反して、マルクスは浮かない顔をした。そんなマルクスの様子にマリーは焦った。
「無理にとは言いませんけれど……その……だめ、でしょうか……?」
おろおろとして言ったマリーに、マルクスはくすりと笑った。
その笑顔に、マリーはぽうっとしてしまう。
「いえ。マリーさまのお願いですから、そのお役目、引き受けさせてください」
そう言ったマルクスに、マリーはぱっと顔を明るくする。
「はいっ! 楽しみにしてますね」
ニコニコと笑ったマリーに、マルクスは少し困った顔をしながらも、しっかりと頷いた。
◇◆◇
マルクスはマリーからの依頼を引き受けたものの、困り果てていた。
マリーいわく、『マルクスによるマリーのためのマルクスに似合う制服』を考えてほしい、とのことだが、マルクスだけに似合うようにするわけにもいかない。
それに、色にだって意味があるのだ。
たとえば、マルクスが今着ている王太子付きの制服の色は青色だ。そしてその青色は、王太子を示す色である。
王太子以外の王子・王女の色は、本人たちの好む色になる。金と青は国王と王太子の色であるため使えないが、それ以外の色ならば好きに自分の色として良い、ということになっていたはずだ。
そして、王子・王女の騎士となった者は、総じて王子・王女の色が入った制服を着ることとなっている。
だが、マリーは自分の色をまだ持っていない。
マリーの色がなににするかが決まるまでは、迂闊に制服の色を変えられない。
それなのに、マリーは制服を考えてほしいと言う。
そんな無茶苦茶な、と正直思った。
マリーの色が決まってからではないと、と言おうとしたが、キラキラと期待に満ちた目で見つめられたら、言えなかった。
返事ができないでいると、不安そうな顔をしたマリーに思わず笑ってしまった。なぜマリーがそんな顔をするのかと。
一言、「これは命令です」と言えばマルクスは従うのに。マリーはマルクスに命令をすることはない。全部、「お願い」という形でマルクスに頼む。
マリーは我儘だ。
お願いを断られたとしても、本当に望むことは何度もしつこくお願いをしてくる。
最終的にマルクスが折れるのだが、マリーは仕方なくでもマルクスが引き受けるとすごく嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると、まあいいか、と思えてしまうのが不思議だ。
「どうしたものか……」
ため息を堪えて呟くと、フュルテゴットがニコニコしながら、とても楽しそうに「なにが?」と聞いてくる。
彼の視線はマルクスに向かってはおらず、遠くの方を見ている。
なにげなくその視線を辿ると、若いメイドの姿があり、フュルテゴットを見て顔を赤くしていた。それにフュルテゴットは軽く手を振ると、さらに顔を赤くして、慌てたように会釈をして去っていく。
「可愛いなぁ」
「おまえさ……」
職務中に女を口説くなと文句を言いかけて、口を噤む。フュルテゴットになにを言っても無駄なことは、いやというほど経験していた。
「……それで? マルクスはなにに悩んでいるわけ?」
軽薄な笑みを浮かべて問いかけるフュルテゴットに、マルクスは黙り込む。
まさか、マリーからのお願いで悩んでいるだなんて、こいつにだけは言えない。言ったら、マリーに筒抜けになりそうだ。
「なに黙り込んでんの? 俺に言えないようなこと……となると……」
フュルテゴットは少し考え込んで、ニヤァと笑う。
その笑顔にマルクスは思い切り顔を顰めた。
フュルテゴットは勘が鋭い。きっとマルクスの悩みに気づいたのだ。
「姫さまのお願いの件だな! もしかしてあれか? 俺に似合うデザインが思い浮かばなくて悩んでいるとか? 俺くらい顔が良いと、なんでも似合うから悩むよなあ……わかるわかる」
「……違う」
おまえに似合うデザインを考えて悩んでいるわけじゃない、とツッコミたいが、そうしたところで話を聞くフュルテゴットではない。
ギロリと睨むと、フュルテゴットはからっと笑う。
「あははっ! じょーだんだって!」
「本当かよ……」
胡乱な目を向けると、フュルテゴットはにこっと笑う。
「ホント、ホント。あれだろ、色をどうするかで悩んでるんだろ?」
「……ああ。マリーさまは、まだご自分の色を持っていないだろ? それなのに、新しい制服のデザインなんて……」
ふう、と息を吐いたマルクスに、フュルテゴットはうーん、と考え込むように腕を組む。
「色がないと、デザインは決まらないわけ?」
「デザイン自体は大体イメージがあるんだけど、色の組み合わせとか、素材の質感とかで変わってくるし……」
「ふーん? 俺はマルクスの好きな色で制服考えればいいと思うけど」
「そういうわけにもいかないだろ。マリーさまのことでもあるんだから」
この間のように、好きに衣装を考えるのとは違う。これは、マリーにも関わることなのだ。
「……マルクスはさ、姫さまの色は何色だと思う?」
「え?」
「俺は桃色かなあって思う。それか菫色。可愛くって、ふわふわしている感じ。淡い色のイメージだな。……まあ、なぜか俺に対しては辛辣だけど……」
悲しげに眉を下げるフュルテゴットに、マルクスは小さく笑う。確かに、マリーはフュルテゴットには手厳しい。だが、それは気安さからくるものであるような気がする。
「そうだな……」
マルクスはマリーの色はどんなものか想像する。
確かに、フュルテゴットの言う通り、マリーには淡い色のイメージがある。桃色も菫色もいいけれど、レモン色や、空色なんかも似合いそうだ。
「……まだ姫さまの色はないんだからさ、あんまり深く考えず、マルクスの思う姫さまの色で考えて、まずは姫さまに見てもらえばいいんじゃないの? さすがに自分の色のことでもあるし、嫌なら嫌だって言うでしょ、あのお姫さまは」
そうだろうか。マリーはマルクスに対しては意志が弱い気がする。なににしても、マリーはマルクスの言う通りに決めるきらいがある。それも、ニコニコと嬉しそうに。
フュルテゴットに対してははっきりと嫌と言うのだが。
「そうだな……フュルテゴットの言う通りだ」
一回で決まってしまうわけではない。
まずはデザインを見てもらって、そしてマリーの意見を聞きながら変えていけばいい。
そう思うと、気が楽になった。
「ありがとう、フュルテゴット」
「どーいたしまして」
ニッと笑ったフュルテゴットにマルクスも同じように笑みを返す。
すると、フュルテゴットは不意に真剣な顔をした。
「……で、俺にも似合うように考えてくれるよな? な?」
「……」
似合わないの着るとか、死活問題だから、とフュルテゴットは真顔で言う。
そんなフュルテゴットを見て、礼なんて言うんじゃなかった、と後悔した。
万人に似合うようなデザインにしようと思っていたが、フュルテゴットには似合わないものに変えようか、と少し意地の悪いことをマルクスは思った。




