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20.マリーの大好きな騎士さま



 夜会から数日経ち、マルクスとフュルテゴットは正式に王女付きの騎士となった。

 もうマルクスと話す機会はないだろうと思い込んでいたマリーにとっては、夢のような日々だ。


「これが夢だったらどうしましょう……絶対覚めたくないわ」

「安心してください、これは現実です。それに……これが夢だったら、おれが困ります」


 そう言って困ったように笑うマルクスを見て、マリーは幸せな気持ちになる。

 こんなふうにまたマルクスとお喋りができるなんて、いまだに信じられない。


「マルクスさまがわたしの騎士になってくださって、本当に毎日幸せです。幸せすぎて今に罰が当たりそうです……」

「そんな大袈裟な……それと、おれのことはどうぞ〝マルクス〟と呼んでください。おれに敬称は不要です。おれはあなたの騎士なのですから」

「そんなこと恐れ多くてできません!」

「王女殿下に敬称で呼ばれる方が恐れ多いのですが……」


 できないと首を横に振るマリーを見て、マルクスは苦笑する。

 そんなマルクスを、マリーはムッとして見た。


「マルクスさま。わたしのことは〝マリー〟とお呼びくださいとお願いしたはずです」

「それこそ恐れ多いですよ」

「あと、敬語は不要です。以前のようにお話してください」

「……王女殿下がおれのことを敬称をつけずに呼んでくださったら、考えます」

「あ、ずるい!」


 むぅと、むくれるマリーにマルクスはくすくすと笑う。

 そんなマルクスを見て、少し子どもっぽかったかしら、とマリーは恥ずかしくなる。

 今、ここにフュルテゴットがいなくて良かった。いたら、全力でからかわれていただろう。


「……ずっと疑問に思っていたのですが、王女殿下はどうしておれのことを……」

「〝マリー〟と呼んでください」


 そう呼んでくれなければ答えない、というように断固とした口調で言ったマリーに、マルクスは一瞬、押し黙る。

 やがて、観念したように小さく首を横に振った。


「……失礼しました。マリーさまは、どうしておれのような、地味な騎士のことをご存じだったのですか?」


 本当は敬称などつけずに呼んで欲しかったが、そこまで願うのは我が儘だろう。

 それは追々叶えてもらうことに決め、マリーはマルクスの質問に答えた。


「マルクスさまはご存じだと思いますが……わたしは昔、体が弱くて、ほとんどの時間をベッドで過ごしていました。今から七年ほど前のことになるでしょうか……あの日、わたしは熱を出してしまって、一人でベッドの上で寝ていました。あの日はお父さまもお母さまもお兄さまも来てくださらなくて……すごく寂しくて、涙を堪えていました。そんなとき、窓の外から歌が聞こえたのです」


 マリーは当時のことを思い出す。

 あの頃は本当に寂しくて、一人でこっそり泣いていることも多かった。

 そんなときに、マルクスの歌に出会ったのだ。


「その歌はとても優しい歌声で。まるで『大丈夫だよ』って言ってもらえているような、そんな気になる素敵な歌でした。その歌のお陰で、わたしはいつになくぐっすりと眠ることができて、すぐに熱が下がりました。その歌は熱が下がった日も、その翌日にも聞こえて、誰が歌っているのだろう、と気になったわたしは、お兄さまにこの歌を歌っている人を知っていますか、と聞いたのです」


 コンラートは実際にその歌を聞き、「ああ……この歌声は、マルクスだね」と言った。

 それからマリーはマルクスはどんな人なのか、とコンラートに聞いて、こっそりとマルクスがどの人なのかまで教えてもらった。

 そして、マルクスの人なりを知るうちに、実際に彼に会ってみたい、と強く思うようになったのだ。


「わたしはマルクスさまに会って、マルクスさまの歌に慰められたのだと直接お礼を言いたかった。そのために、まずは体を強くしなくちゃ、と考えて、今まで嫌がってしなかったことも我慢してやって、健康な体を手に入れました。次に、マルクスさまに会うためにはしっかりとした淑女にならなくちゃ、と思い行儀作法を学ぶうちに、随分と時間が経ってしまって……気づいたら時間切れが迫っていたのです」


 病弱だったために、世間に知られていない王女。そんなマリーが突然、マルクスの前に現れてお礼を言う。

 きっと言われたマルクスは戸惑うだろうし、マリーの言葉をお世辞だと考えてしまうだろう。それに、周りから変なふうに疑われ、やっかみを買う可能性もある。

 そもそも、王女として距離を置かれた態度を取られるのが、マリーは嫌だった。だから、世間に自分の存在が知られる前に、マルクスと接触を図ったのだ。


「本当は、少しお話をして満足するつもりだったのです。しかし、どういうわけか、マルクスさまを前にすると暴走してしまいがちで……」


 その節は迷惑をおかけしました、としょんぼりとするマリーにマルクスは首を横に振った。


「……おれの歌がマリーさまの役に立っていたなんて……確かに七年くらい前、気晴らしに歌を歌うことが多かったな……」


 少し顔を赤くして頭をかくマルクスに、マリーはにっこりと笑って言った。


「──だから、わたし、マルクスさまの声が大好きなのです!」

「……え……こ、声……?」

「はい! 一目惚れならぬ、一声惚れというやつでしょうか。とにかくマルクスさまの声が本当に大好きで」


 そしてマリーは、いかにマルクスの声が素晴らしいかを熱を込めて語る。

 そのたびにマルクスの表情が虚ろになっていくのに、マリーは残念なことに──幸いともいえるかもしれない──気づかなかった。


「マルクスさまの声は、とても穏やかで、優しくて! すごく心癒やされます! だけど、たまにすごく色気のある声もあって……特に不意に低い声を出されたときはたまらないんですよね……!」

「そ、そう、ですか……ありがとうございます……はは……」


 虚ろにお礼を言うマルクスにマリーが首を傾げていると、所用で出かけていたフュルテゴットと、なぜかコンラートとカールハインツもやって来た。


「王女さま、お兄さまをお連れしましたよ……って、あれ? なに、この空気?」


 明るく声をかけてきたフュルテゴットが首を傾げる。


(そんなに変な空気かしら……?)


 マルクスの変化に気づいていないマリーは不思議に思う。


「えっと……マリー、今までどんなことを話していたのかな?」


 遠慮がちに聞いてきたコンラートに、マリーは今までの会話の内容を説明する。

 するとコンラートは納得した顔をし、カールハインツは痛ましそうな顔でマルクスを見つめ、フュルテゴットは笑いを堪えてふるふると震えだした。


「あの……? わたし、なにか変なことを言いましたか……?」


 どうやら、自分だけ変な空気とやらがわかっていないらしい、と気づいたマリーが尋ねると、マルクスはにっこりと笑顔で「いいえ、なにも」と答えた。

 その答えに、マリーはホッとする。


「ま、まあ……が、がんば、れよ、マルクス……! グフッ……!」


 ポンポン、と笑いを堪えきれていないフュルテゴットがマルクスの背中を叩く。

 そんなフュルテゴットを、マルクスはぎろりと睨んだ。


「……絶対に、声以外も好きだと言わせてみせるからな……!」


 マリーに聞こえいないよう、小声で宣言したマルクスに、その宣言を聞いていたコンラートとカールハインツは「応援している」とマルクスにエールを送り、フュルテゴットは笑い転げた。

 そんな四人の様子に、持ち前の地獄耳を発揮したマリーは首を傾げる。


(声以外も好きに……? なにをおっしゃっているのかしら……?)


 ──もうとっくに、声以外も大好きなのに。


 そう何度も伝えていたつもりなのだが、まだまだ足りなかっただろうか。

 ならば──。


(わかってもらえるように、わたしも頑張らないと!)


 まずは一日一回告白をするのはどうだろう。いや、それだと軽く思われてしまうかもしれない。どうしたら、マリーのこの想いを伝えることができるだろう?

 ……そうだ。この〝マリー〟という愛称で読んで欲しいという意味を伝えるのはどうだろうか。

 恐らく、皆〝マリー〟という愛称はマリーの名前の一部である〝アンネマリー〟から取っているものだと思っているはずだ。

 しかし、そうでなく、家族しか知らない〝マリーア〟から取っているのだと伝えれば──。


(きっとわたしの気持ちも伝わるわ……! でも、少し重いかしら……)


 マリーはそんな企みをしながら、〝未来〟の計画を考えることのできるこの幸せが、いつまでも続きますように、と祈った。



 ─おわり─



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