19.マルクスの望み
「……エルヴィーラを守る役目、だと?」
「はい」
困惑したように聞き返した国王に、マルクスははっきりと頷いた。
突然名前があげられたマリーも、国王以上に戸惑っていた。
(ど、どうして……? なぜ、マルクスさまはわたしの名を……?)
混乱して、考えがまとまらない。
どうしてマルクスはそんなことを言い出したのか。だって、マリーは今までずっとマルクスに嘘をついていたのに。
「どうして、エルヴィーラを守りたいと思ったのだ?」
「はい。今回、僕たちが行った演目は、見回りの最中に偶然に出会ったエルヴィーラ殿下のお言葉が元になったのです。今、こうして僕が陛下にお褒めいただいているのも、元を正せばエルヴィーラ殿下のお陰。そんな殿下をお守りする栄誉をいただき、そのご恩をお返しできればと思った次第です」
「ほう……エルヴィーラが……」
意味ありげにチラリとマリーを見た父に、マリーはにっこりと作り笑いを浮かべる。
マルクスは誤魔化して説明してくれたが──マリーが王女だと知らなかったなんて言えないため、こう言うしかなかったのだろうが──きっと父には、これがマリーの発案であるとわかってしまったに違いない。
楽しいことが大好きな父に、どうか無理難題を押しつけられませんように、とマリーは今から神様に祈ることにした。
「……良かろう。マルクス、そなたの願いを叶えよう」
「ありがとうございます、陛下」
(う、嘘……お父さま、その願い叶えちゃうの……!? いえ、すごく嬉しいのだけど! でも、これってわたしがただ嬉しいだけなのでは……? はっ。もしかしてこれは夢……?)
マリーが現実逃避をするように考え込んでいると、コンラートがまたマリーの手を引っ張り、マリーを立ち上がらせた。
「え……あの……お兄さま……?」
「マルクスの元へ行っておいで、マリー」
「で、でも……」
「その方が盛り上がるから。ほら、これも王族の務めだ」
「ええ……?」
そうだろうか。
マリーは疑問に思ったが、半ば強引にコンラートに追い立てられ、恐る恐るマルクスの元へ向かう。
そしてマルクスの近くに来ると、一斉に注目が集まるのを感じた。
(ど、どうしてわたしがこんな目に……いえ、王族である以上、注目されるのは仕方のないことだとわかっているけれど!)
どうすればいいのかわからなくて、おろおろとするマリーの元に、マルクスが近寄る。
「……殿下」
「マルクスさま……」
「僕に歌と踊りの楽しさを再び教えてくださったあなたに、我が剣を捧げる栄誉をいただけないでしょうか」
マリーはマルクスの言葉に目を見開く。
騎士が個人に剣を捧ぐということは、『生涯、あなたのために尽くします』という宣言と同様である。
──それは、つまり、マルクスはずっとマリーの傍にいてくれるということで。
「……わたしで、いいのですか?」
「もちろんです。殿下だからこそ、僕は決心がついたのです」
そう言ったマルクスは、マリーの大好きな笑顔を浮かべていた。
いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、冷静な判断ができない。
でも、嬉しい、と思ったのは嘘ではない。だから──。
「……許します、マルクス・レーヴェンツ。わたしの騎士となってください」
「ありがとうございます。必ず、あなたを守ります」
「……はい。頼りにしています」
そう言ってマリーが微笑んだとき──わあっと、歓声があがった。
そして至るところから、二人を祝福する声があがり、マリーは目を見開く。
それはマルクスも同じだったようで、困ったように頬をかいていた。
「……うむ。我ながら、楽しい判断をしたな!」
父はお祝いムード一色に染まった会場を見て、ご満悦に呟いた。
それに対し、兄と母が「そうですね」とにこにこと微笑んでいる。
そんな中、突如、和やかな雰囲気に間を指すような、気の抜けた声が響く。
「……あのぉ……俺の願いも言っていいですかぁ?」
ちょっと困った顔をして、フュルテゴットがおずおずと声をあげた。
そんなフュルテゴットを見て、父は「あ、しまった」という顔を一瞬浮かべたが、すぐにいつも通りの余裕な表情を取り繕い、鷹揚に頷く。
「……うむ。なんでも言うが良い」
「ありがとうございます。この雰囲気の中ですごく言いづらいんですが……」
「なんだ? 遠慮せずに申してみよ」
「では、遠慮なく。──俺もエルヴィーラ殿下の騎士にしてもらいたいです」
あっけらかんとした顔で、フュルテゴットは堂々と言った。
「……ほう」
「え?」
「……は?」
国王は面白そうに笑い、マリーは固まり、マルクスは驚いていた。
そんな三人の様子を見ても、フュルテゴットの表情は変わらず、にこにことしていた。
「その理由は?」
「大体はマルクスと一緒なんですが……一番の理由は、エルヴィーラ殿下と一緒にいると、毎日楽しそうだからです」
堂々と言ったフュルテゴットに、マリーは「どういうことですか」と突っ込みたいのを堪えた。
「それに、マルクス一人だと色々と大変でしょうし、俺も手伝おうかなって」
「なるほどな……うむ、わかった。許可しよう」
「お父さま!?」
わたしの騎士を勝手に増やさないでください、という抗議の目は無視され、父は「毎日楽しいということは大事だ。うむ」と満足そうに頷いている。
「……ということで、これからもよろしくお願いしますね、殿下♥」
「……ええ、よろしくお願いします」
別にフュルテゴットが嫌いなわけではないのだが、毎日とんでもなく騒がしくなりそうな予感がひしひしとする。
できることなら、フュルテゴットは遠くで眺めるだけでいたかった。
「おい、フュルテゴット……!」
「これからもよろしくな、マルクス!」
「ああ、よろしく……じゃなくて! おまえ、もう報酬になにもらうか決まっているんじゃなかったのか?」
「決まってたけど?」
「じゃあ、どうして……!」
「だから、これが俺の望んだ報酬だから。まさかマルクスと被るとは思っていなかったけど」
「な……!」
「だって、マリーちゃんといると楽しいんだもん。だから、マリーちゃんの騎士にさせてくださぁいってお願いするつもりだったわけ。まさか王女さまとは思わなかったけどなー」
そのフュルテゴットの言葉で、マリーはフュルテゴットに嘘をついていたことを謝れていないことに気づく。
「あの……フュルテゴットさま」
「なんですか?」
「身分を偽っていて、ごめんなさい……」
頭を下げて謝ったマリーに、フュルテゴットは明るい笑顔を浮かべた。
「別に謝る必要はないですよ。俺、殿下と一緒にいて楽しかったし。本当の身分を言っていたらいろいろ面倒だっただろうってことくらい、わかっているつもりですし」
「フュルテゴットさま……」
「身分がなんであれ、あなたがあなたであることに変わりはないでしょ? だから、いいんです」
「……ありがとうございます」
どういたしまして、とフュルテゴットは明るい笑顔のまま、マリーの嘘を許してくれた。
こういうさっぱりとしたところが、フュルテゴットの長所だと、マリーは改めて実感した。
「……それでは、改めてお二人とも、これからもよろしくお願いいたします」
そう言って微笑んだマリーに、マルクスとフュルテゴットは息ぴったりに敬礼をしたのだった。




