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2.憧れの騎士との逢瀬



 マリーはどきどきとしながら歩いていた。

 まるで地面が綿に変わってしまったかのように、足下がふわふわとしている。こんな感覚は初めてで、それはマリーが緊張している証でもあった。


 今から、憧れのマルクスに会いに行く。コンラートいわく、マルクスはよくとある場所を訪れるという。

 その場所は王宮内の庭園の片隅にある場所だった。木々に覆われていて、ときどき通り抜ける風が心地よく、春から秋にかけては過ごしやすい場所だ。ただし、冬になると風が冷たく、日当たりも良くないのであまりお勧めできない。

 しかし、そのお陰なのか滅多に人が寄りつかず、一人になりたいときには最適な穴場でもあった。


 真面目なことに定評のあるマルクスは、王宮内の巡回のときに、他の騎士たちは見落としがちなこの場所もきちんと回る。

 もっとも、ここはマルクスの休憩場所ともなっているようで、彼がこの場所で休んでいる姿をたまに見かけるのだ、とコンラートは教えてくれた。

 もっと早く教えてくれれば良かったのに、と内心思ったのは内緒だ。


 はやる気持ちを堪えて歩き、ようやく辿り着いたその場所には、マリーが憧れてやまないマルクスの姿があった。


 赤く染められた柔らかそうな髪は少し長めで、髪の隙間から覗く耳にはピアスがつけられている。それだけだと、軽薄な印象を受けそうなものなのに、彼のその顔立ちが優しげだからなのか、それとも彼特有の雰囲気のせいか、そんな感じはなく、ただただお洒落さんなのだな、と思うだけである。


 特別整っているわけではないけれど、親しみやすい、人の良さそうな顔立ち。丸顔のせいか、二十歳はとうに過ぎているはずなのに、どう見てもマリーと同じ十代半ばくらいにしか見えない。


 マルクス・レーヴェンツ──十八歳にして王太子付きの騎士となった優秀な騎士。伯爵家の次男坊で、現在の年齢は王太子と同じ二十三歳。

 なんでもそつなくこなし、優しい笑顔が魅力的な人物ではあるが、その周りにいる騎士たちが煌びやかすぎて、どちらかといえば地味な印象が強い。もともと焦げ茶色だった髪を赤く染めても、それ以上に派手な赤毛の騎士がいるため、そちらの方が目立ってしまう。

 そんな不憫で愛しい──マリーの想い人である。


(ああ……マルクスさま……!)


 生マルクスの姿に、感動して空を仰ぐ。

 今まで生きてきて良かった……と若干大袈裟に思い、マリーは神に今まで生きてこれたこと、そしてマルクスに出会えたこと、マルクスが生まれたことに感謝を捧げた。


 感謝を一通り捧げ終わり、いざマルクスと話を、と意気込んだところで、はた、と気づく。


(……マルクスさまとなにをお話すればいいのかしら……)


 マルクスに会えることで頭がいっぱいで、その先の会話についてはまったく考えていなかった。

 自分の愚かさを呪いつつ、必死にマルクスに話しかける言葉を考える。


 やはりここは定番の天気の話から、だろうか。でもそれはありきたりすぎて面白くない。いえ、でも真面目なマルクスさまだから、きっとくだらない天気の話でもお付き合いしてくださるはず……でもそんなくだらない話にマルクスさまの貴重なお時間を奪うわけには……と、うんうんとマリーは悩んだ。


 チラリとマルクスの様子を盗み見て目を見開く。

 いつも優しい表情をしているマルクスが、今は憂いに満ちた表情を浮かべている! その果てに、深いため息まで……!

 こうしてはいられない、と物陰から飛び出し、先ほど悩んでいたのが嘘のようにマルクスのもとへ真っ直ぐと向かっていった。


(マルクスさまの憂いは、わたしが取り除いて差し上げなければ……!)


 そう意気込み、その勢いのままマルクスへ声をかけた。


「あの……大丈夫ですか?」


 マリーの声に反応し、マルクスが振り返る。

 マルクスの瞳にマリーの姿が映る──そのことに喜びを覚えながらも、心配そうな表情は崩さない。


「ああ、すみません。少し考え事をしていて……どうか僕のことはお気になさらず」


 ふわりと微笑むマルクスに、きゅんとする。

 本物のマルクスに話しかけてもらえている……こんな素晴らしいことがあるだろうか、いやない。


(……って、違う! マルクスさまに話しかけてもらえたことは確かに素晴らしいことではあるけれど、それよりもマルクスさまの憂いを取り除くのが先よ、マリー! 感動するのは部屋に戻ってから!!)


 油断するとマルクスをうっとりと見つめそうになる自分を叱咤し、食い下がる。


「ですが……なにかお悩み事があるのでは? わたしでは力になれないかもしれませんが、話をするだけでも少しすっきりできると思います」

「お優しい言葉をありがとうございます。ですが、本当に大丈夫なので」


 にっこりと、しかしきっぱりとマルクスはマリーを拒絶する。

 マルクスは真面目で、とても優しい人。だから、会ったばかりの令嬢に悩み事を打ち明けることなんてとんでもない、と思っているのだろう。

 マリーがマルクスと同じ立場であっても、きっと同じように思う。しかし、会ったばかりの見ず知らずの人だからこそ、言えることもあるのではないか、とも思った。


「大丈夫とおっしゃっているのに、どうしてそんなに思い悩んだ顔をされているのですか? 一人で考えても解決できないこともあります。わたしでよろしければ、あなたの悩みを解決するお手伝いをさせてください」


 マリーは彼の憂いを取り除きたい一心で言う。

 しかしそんなマリーから、マルクスはすっと目を逸らした。


「……お気持ちはありがたいのですが、結構です。これは僕の問題であって、あなたには関係のないことだ。自分のことは自分でなんとかします」


 いつになくマルクスは素っ気なく答え、「では、僕は仕事があるので」と立ち去ろうとする。

 いつも穏やかで優しい口調のマルクスに素っ気なくされたことで、マリーはすごく動揺した。

 マルクスさまに嫌われてしまったかもしれない。だからこれ以上話しかけるのはやめた方がいいだろう。しかし、マルクスさまのお悩みもなんとかしてあげたい……と、マリーは葛藤した。

 そうして悩んでいる間にも、マルクスは去って行こうとする。

 慌てたマリーは頭が真っ白になりつつも、このままマルクスを行かせるわけにはいかないとだけ思い、彼を引き留めた。


「お、お待ちになって!」

「……なんでしょう」


 マリーの呼びかけにきちんと答えた彼は、やはり真面目だった。

 しかし、その声音にはうんざりとしたものが見え隠れしていて、ショックでさらに動揺した。


「あ、あの……その……」


 どうしよう。なにを言えばいい? どうしたら、マルクスさまの気持ちを変えられる?

 考えても考えても、良い答えは思いつかない。


「用がないのなら、僕は失礼します」


 そう言って再び立ち去ろうとするマルクスに、咄嗟に叫んだ。


「──す、好きです!!」


 叫んでから、自分がなにを言ったのかを理解し、顔を赤くした。

 確かに動揺していた。していたけれど……なぜよりにもよって咄嗟に口に出たの言葉が「好き」なのだろう。


「……は?」


 突然告白されたマルクスは、もともと大きめな目をさらに大きく見開き、ぽかんとした顔をしてマリーを見た。

 そんなお顔も素敵、と一瞬うっとりしかけ、慌ててそうではない、と頭を振る。


「あ、あの……わたし、ずっとマルクスさまのことをお慕いしておりました……だからわたし、少しでもマルクスさまのお力になりたくて……」


 一度口から出てしまった言葉はなかったことにはできない。

 だからマリーは、きちんと自分の気持ちをマルクスに伝えようと思った。しかし、言葉にしようとすればするほど、なにを言っているのかよくわからなくなっていく。


「だから……だからその……──あ、明日もここに来ます! だからまた明日、マルクスさまのお悩みを聞かせてください!!」


 失礼いたします、と逃げるように立ち去った。

 そんなマリーの後ろ姿を、ぽかんとしたままのマルクスは見送る。


「……いったいなんだったんだ……?」


 ぽつりと呟いたマルクスの言葉は、誰に届くことなく消えていった。



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