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18.マリーの夢



 次の曲が流れ始め、マリーはマルクスのリードに任せて踊る。

 こんなふうに、マルクスとダンスができたら──そう、マリーは夢見ていた。

 その夢がこんな形で叶うなんて、夢にも思わなかった。


「……」

「……」


 マリーとマルクスの間に会話はない。

 それはそうだろう。マルクスは嘘をついていたマリーに対して怒っているに違いない。だからダンスに誘って、どういうことなのか問い詰めようとしているのだろう。

 しかし、マルクスは優しい人。だからマリーを責めるのを躊躇っていて、なにも言えないでいるのでは、とマリーは予測した。


 それはならば、マリーからきちんと説明し、謝るべきだ。

 ただ、身分に囚われずにあなたと話したかっただけ、嘘をついてごめんなさい、と。


 そう、頭では理解しているはずなのに、マリーの口からは一言も声が出てくれない。

 そんな弱い自分が、情けない。


「……どうして、身分を偽っていらっしゃったのですか」


 ぽつりと、低い声でマルクスがそう言った。

 その声には、いつものような親しみが消えていて、マリーには酷く冷たく響いた。

 そして、マルクスが敬語で話しかけてくることが悲しくて、けれど、そんなふうに悲しむ資格は自分にはないと、マリーは気丈なふりをして答えた。


「……身分を偽っていてことについては、謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」

「謝罪が聞きたいわけじゃないんです。その理由を教えてください」


 なにかを堪えたような声で問いかけるマルクスに、マリーはびくりと震える。


(やっぱり、怒っていらっしゃるのね……当然のことだけれど)


 自分はマルクスを怒らせるようなことをしたのだ。だから、この怒りは甘んじて受け止めなければならない。

 しかし、マリーはマルクスの顔をちゃんと見ることができない。それは、マリーの弱さだった。


「……わたしは、〝王女〟としてではなく、〝ただのマリー〟としてあなたとどうしてもお話がしたかったのです」

「どうしてですか?」

「以前も言いましたけれど……わたしはマルクスさまをお慕いしております。この気持ちに偽りはありません。あなたには〝王女〟としてではなく、わたし自身として見てほしかった……身分については嘘をついてしまいましたけれど、それ以外のことで、わたしはあなたに嘘をついていません。一度嘘をついている身が言うのも烏滸がましいかもしれませんが……わたしの気持ちだけは、どうか信じてください」


 信じて、なんてどの口が言うのだろう。

 そう思いながらも口にせずにはいられなかった。


「……あなたに嘘をついたことを許してほしいなんて言いません。わたしにそんな資格はありませんから……けれど、憧れのマルクスさまと仲良くしていただけて、毎日とても楽しかった。この楽しい記憶さえあれば、わたしはずっと頑張れる。マルクスさま……楽しい時間を、どうもありがとうございました」


 泣きそうになるのを、マリーは懸命に堪えて笑う。

 最後は笑ってお別れをしよう。そう決めていたのだ。


 マルクスはマリーのその顔を見て、目を丸くした。

 そしてなにかを言おうとしたとき、ちょうど曲が終わった。


 マリーは一礼をして、マルクスから離れようとしたとき、「待って!」とマルクスに呼び止められ、思わず振り返る。

 そこには困ったような、照れていような、複雑な顔をしたマルクスがマリーを見ていた。

 マリーはマルクスのその顔を見て驚いた。


(怒って……いないの……?)


 てっきり、マルクスはマリーに対して怒っているのだと思っていた。

 いや、怒っているだけならまだマシで、軽蔑したのではないか……そう、想像していた。

 ところが、今のマルクスの顔にそんな感情は見当たらない。


「……おれも、あなたと話す時間が楽しかった。マリーさんの本当の身分を知って、正直、騙されたって思ったよ。だけど……おれはそれ以上に、きみに感謝しているんだ。ずっと、今日はきみのために歌とダンスをしようって決めていて、その通りにしたつもりだよ」


 伝わったかな、と少し自信がなさそうに言ったマルクスに、マリーの胸はいっぱいになった。

 あのとき──あの台詞の歌詞のところをマルクスが歌ったとき、マリーに言っているような気がしたのは、気のせいじゃなかったのだ。


「……もし、おれたちが最優秀をもらうことができたら、そのときは──」


 マルクスの台詞を、マリーはじっと待つ。

 しかし、マルクスが台詞を言い終わる前に、父が「今から先ほどの騎士たちによる催しで優秀だった者を発表する!」と宣言をした。


「……そろそろ戻らないと」

「そう、ですね……」


 恐らく、マルクスたちは優秀な騎士に選ばれているはずだ。父が大絶賛していたのを、マリーの地獄耳はきちんと聞いている。

 騎士は国王に呼ばれたら、すぐに国王の元へ行かなければならない。

 しかしこのダンスホールにいては、国王に呼ばれてもすぐに行くのは難しい。


「では、おれはこれで」

「あ、はい……」


 先ほどマルクスが言いかけた台詞の続きが気になる。

 けれど、席ほどの台詞の続きを教えてほしいなんて、図々しいことをお願いできる勇気は、嘘をついていて負い目のあるマリーにはなかった。

 残念に思いながらマルクスの後ろ姿を見送ると、マルクスは振り返り、なにやら口を動かす。


(えっと……『ま・た・あ・と・で』……? どういうことかしら……?)


 マリーは首を傾げながら、自分の席へ戻る。

 すると、先に戻っていた兄が「今から始まるところだよ」と教えてくれた。

 大丈夫だとは思うが、マリーは祈るような気持ちで父を見つめた。

 胸の前で手を組み、どうかマルクスたちが呼ばれますように、と神様に願う。


「今回も皆、とても素晴らしい催しをしてくれた。その中でも一際素晴らしかったのは──」


 マリーはゴクリと息を飲む。

 自分のことではないのに、本人たち以上に緊張している気がする。


(お父さま、どうかマルクスさまたちを選んで……!)


 ぎゅっと目を瞑り、胸の前で組んだ手に力を込めた。


「──マルクス・レーヴェンツとフュルテゴット・ショイラーの二人だ! 二人とも、こちらへ」


(やった……! やったわ!!)


 嬉しくて、思わず叫びそうになるのを必死で堪える。

 そんなマリーの肩にコンラートが手を置き、「やったね、マリー」と微笑む。


「え、ええ、ええっ! やりました……! 本当に、良かったっ……!」


 マリーは涙ぐみながら、二人の姿を探す。

 二人は国王の元へ歩きながら、軽く拳を合わせていた。

 マルクスもフュルテゴットも、嬉しそうだった。


「そなたたちの演目は素晴らしかった! 歌とダンスの組み合わせ……ありそうなものだが、これまでやった騎士はいなかった。それに気づいたのも素晴らしいことだが、なによりも二人でやったからこそ、あの演目はあそこまで完成度が高まったのだろう。息の合った見事な連携だった」

「ありがとうございます、陛下」

「恐縮です」


 フュルテゴットとマルクスは国王の言葉に頭を下げる。

 そんな二人を、父はご機嫌そうに見つめた。


「こんなに楽しい演目を見たのは久しぶりだ! 今回の報酬はできる限り、そなたたちの希望を叶えると約束しよう。なにか望みはあるか?」


 にこにことして言う国王に、マルクスが声をあげる。


「陛下。僕の望みを言ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ、申してみよ」

「はっ。ありがとうございます。僕の望みは──」


 すっとマルクスが息を吸い込む。

 そして、はっきりと、よく通る声で望みを告げた。


「──エルヴィーラ殿下をお守りする役目をいただけないでしょうか」


 マルクスの意外な〝望み〟に、国王は目を見開いた。



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