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16.夜会当日



 マリーはその日、いつになくそわそわとしていた。

 今日はマリーのお披露目の日──それと同時に、マルクスたちに嘘がすべてバレてしまう日でもある。

 自分の支度を整えてもらっている間もずっと落ち着かなかった。

 マリーの嘘を知ったら、マルクスはどう思うだろう。どんな顔をするだろう──そう考えると、胸が苦しくなった。


 マリーは落ち着かない気持ちのまま、夜会を迎えた。

 いつもは遠くから眺めていただけの、煌びやかな世界。紳士淑女の笑い声が絶えない場所。

 それが目の前に広がっているのが不思議だった。


「マリー。笑顔だよ」


 マリーをエスコートしてくれているコンラートが、耳元で囁く。

 その言葉でマリーはハッとし、控えめな笑みを浮かべた。


(……いけない。今日はわたしの〝王女〟としてデビューをする日。いつものように気を抜くわけにはいかないのだったわ)


 マリーは周りにわからないようにコンラートにお礼を言い、父が待つ場所へ向かった。

 そして父はマリーたちが来たことを見ると、夜会を始めるために立ち上がると、会場に集まっていた人たちが、父を注目した。

 父は長い前置きを言ったあと、マリーをチラリと見た。

 それが、合図だった。


「……今日は皆に、我が愛娘、エルヴィーラを紹介したいと思う。皆、知っての通り、エルヴィーラは幼い頃から体が弱く、公式の場に出ることが叶わなかったが、今ではこの通り健康になり、ついに皆に紹介できるまでになった。ほら、エルヴィーラ、挨拶を」

「はい、陛下」


 マリーはどきどきする胸を押さえ、すっと小さく深呼吸をした。

 この胸の高鳴りは緊張からだろうか。それとも、また別のことが原因だろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、チラリと兄の方を見ると、兄は大丈夫だよ、というように微笑み、小さく頷いた。

 そんな何気ない仕草が、マリーを勇気づけた。


「陛下からご紹介にあずかりました、エルヴィーラと申します。皆さま、どうぞお見知り置きくださいませ」


 小さくドレスの裾を上げ、お辞儀をすると、あちこちから「あれが噂の王女殿下か……」と囁く声が聞こえる。

 こうして囁かれるのは覚悟をしていたが、やはりあまり気持ちの良いものではない。

 だからといって顔を顰めるわけにもいかず、マリーは微笑みを保った。


「な、なあ、マルクス! あれってどう見てもマリーちゃんじゃない……!?」


 不意に聞き慣れたフュルテゴットの声がマリーの耳に入り、マリーはどきりとした。

 バレないようにちらりと声のした方向を見ると、催しをするときの衣装に着替えたフュルテゴットが驚いた顔をしてマリーを見ていた。

 その横では同じようにマルクスが目を丸くしていて、マリーはそれ以上マルクスたちの顔を見ていられず、そっと二人から意識を逸らした。


「──それではこれより、恒例の騎士たちによる催しを行う! 例年通り、余が優秀だと判断した者には褒美を授ける! 各自、精一杯余を楽しませよ!」


 国王の一声で、騎士たちの催しが始まった。

 騎士たちが催しをする順番はあらかじめ決められている。

 この催しに参加する騎士は決められた期日までに、参加表明とその演目の内容を提出しなければならない。演目の順番は、文官たちが適当にくじを引いて決めている。


 まず一人目の騎士は、楽器を演奏するようだった。

 取り出したのはフルート。よく演奏会で披露される曲目を演奏し出す。国王の前で披露するだけあって、並の奏者よりは上手に弾けていた。

 一人目の騎士が演目を終えると、続けて次の騎士が別の演目を行う。

 次の騎士は、マルクスがずっと披露していた剣舞をするようだった。剣舞を始めると、会場の片隅に控えていた奏者たちが演奏を行う。

 踊りなどの演目で参加する騎士たちは、事前にこの曲を演奏して欲しい、と申請を出す。その申請が通れば、その曲を当日に宮廷楽士たちが演奏をする。ただし、事前の練習などは認められず、一発本番だ。ちなみに、自分で楽士を雇い、演奏してもらうことも認められない。


 マルクスたちも、事前に宮廷楽士たちの演奏申請をしている。

 歌とダンスだけでも十分素敵だが、やはり楽器の演奏があった方が華やかに感じる。より印象に残るためには、楽士たちに演奏してもらうのが一番だ、とマリーが語ると、それに二人も同意してくれた。

 そのときのやりとりを、マリーは懐かしく感じた。


「……マリー、大丈夫?」


 ぎゅっと手を膝の腕で握っていたマリーは、心配そうな兄の声でハッとする。

 コンラートは心配そうにマリーを見ていて、その横では父と母が楽しそうに騎士たちの演目を眺めていた。


「大丈夫です、お兄さま。わたし、ちゃんとお二人の勇姿を見守ります」

「そうか……マリーらしい。でも、無理はしなくていいからね?」

「はい。ありがとうございます、お兄さま」


 兄の優しさのお陰で、いつの間にか入っていた肩の力を抜くことができた。

 そして、騎士たちの活躍を、この特等席から眺める。


 どの騎士も、とても一生懸命で、素敵だと思う。

 だけど、マルクスたちはもっと輝いていた。

 ずっと練習を見てきたから、その贔屓目はもちろんあるだろう。

 しかし、それを抜きにしても、マリーは思うのだ。


 ──きっと、今回の催しで一番注目を集めるのは、マルクスさまたちだわ、と。


「マリー、マルクスたちの出番だよ」


 コンラートがこっそりと耳打ちをする。

 マリーは知らず知らずに、ごくりと唾を飲み込んだ。


(マルクスさま、フュルテゴットさま、頑張って……!)


 心の中で二人にエールを送る。


 マルクスとフュルテゴットの衣装はお揃いで、白いタキシード風の衣装だ。

 しかし、その着こなし方や、ちょっとした小物は違う。


 マルクスはしっかりと着込み、赤いタイを結んでいる。それがマルクスの真面目さを表していて、にこりと微笑むとまるで王子さまのようだった。長めのジャケットの胸ポケットには、タイとお揃いの赤い薔薇が挿してある。

 対してフュルテゴットは白いタキシードを着崩していた。はしたなく感じそうなものなのに、それを色気に変えていた。こちらはピンク色のタイを結び、短めのジャケットを着ている。その胸ポケットに挿してあるのは、同じくタイとお揃いのピンク色の薔薇だ。


 同じ衣装を、正反対に着こなしている二人。

 それが対照的になって、自然と周囲の視線を集める。


「……おい、二人でやるのはありなのかよ」

「確かに、二人でやってはいけないという決まりはないが……」


 その発想はなかったなあ、という男性たちの感心した声とは別に、女性たちもざわざわとしていた。


「あの赤い髪の方……どなただったかしら? 隣にいらっしゃるのはフュルテゴットさまだとわかるのだけど……」

「あの方はマルクスさまよ。フュルテゴットさまと幼馴染みの。どちらかといえば地味な印象の方だったけれど……こうして見ると、とても整った顔をされているのねぇ……」

「フュルテゴットさまと対照的で、それがまた魅力的というか……」

「素敵な方ねぇ……どうして今まで見逃していたのかしら……」


 こそこそとそう囁く令嬢方の声が、マリーの耳に届く。


(そうよ! マルクスさまはとっても素敵なんだから! 今頃気づくなんて、遅すぎるわ!!)


 マルクスが褒められていると、まるで自分のことのように鼻が高い。

 どや顔をしたいところだが、今のマリーは王女としてここにいるため、それができない。にやにやとしそうになるのを必死に堪えると、鼻がひくひくとしてしまう。

 マルクスが認められて、嬉しい。

 そう、嬉しいはずなのだけど──。


(……なにかしら。マルクスさまが褒められてすごく嬉しくて誇らしいのに……なにかこう、もやもやするわ……)


 このもやもやはなんだろう、とマリーは首を傾げた。なぜか、素直に喜べない。いったいどうしてだろう。

 そう考えているうちに、マルクスたちの演目が始まった──。



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