閑話 騎士の願いごと
幼い頃から、わりとなんでもできる方だった。
だからだろうか。いつからか、器用貧乏だと陰で囁かれるようになった。
確かにマルクスは、突飛した才能はない。その代わりに、大抵のことは〝それなり〟にこなすことができた。
そのことに関して特に思うことはないし、別に恥ずかしいことだとも思わない。
しかし、そのせいで個性がないように見られるのは嫌だった。
そんな劣等感を晴らすのに、歌とダンスにのめり込んだ。歌とダンスをしている間は、ただ楽しかった。
しかし、それも騎士団に入って数ヶ月も経つ頃には忙しさのあまりに忘れてしまった。周りの才能溢れる騎士たちに追いつくのに必死で、そんな余裕がなくなってしまったのだ。
騎士になってもマルクスの器用貧乏は直らず、地味で目立たない奴、というのがマルクスの評価だった。
特別秀でた才能がないなら、見た目で目立てばいいと思いつき、服のこと、髪型のことなど、一生懸命調べた。そのうちにどっぷりとお洒落が好きになり今に至るわけだが、それは割愛しよう。
自分に似合う髪型や服装、どうすれば目立つかを考え、まずは髪を赤く染め、髪型を変えてみた。
たったそれだけのことだが、見違えるように雰囲気が変わり、これならば、と思った。
しかし、それも燃えるような赤毛の騎士が入ってきたことで、没個性と変わってしまった。
騎士は皆同じ制服を着るのが決まりになっている。そこに個々の着こなし方が加わったとしても、皆同じものを着ていることに変わりはなく、目立たない。
かといって奇抜な髪型をする勇気もなく、現状維持に留めた。
どうにかしなくては──と悩んでいた中、国王陛下に毎年恒例の催しは剣舞以外のものにせよ、と命じられた。
これは目立つチャンスだ、と思うのと同時に、自分はなんでも〝それなり〟にできるだけで、すごく秀でた特技はない、という事実が重くのしかかった。
目立ちたいといっても、変な意味で目立ちたいわけではないのだ。皆に笑われるような目立ち方ではなく、すごいと感心される目立ち方がいい。
では、どうすればそんなふうに目立つことができるのか。
最大の難問にぶち当たり、マルクスは頭を抱えた。
正直に言って剣舞以外は、人様に見せられるような技術のある特技はない。このまま、剣舞以外の演目をすれば、確実に悪目立ちするだろう。
どうしたものか──そう悩んでいたときだった。彼女──マリーに出会ったのは。
見た目は普通の可憐なお嬢さまといった雰囲気の彼女は、喋ると全然違った。
突然、告白をしてきたり、一方的に約束をしてきたり。
最初はどうすれば彼女が引き下がってくれるか、そればかりを考えていた。
しばらく話し相手になってあげれば、引き下がってくれるだろう──そう考え、彼女と毎日顔を合わせ、他愛のない話をした。
しかし、彼女に接していくうちに、そんなことは考えなくなった。
マルクスは今まで、こんなに一生懸命に自分に好意を伝えてくれる人に出会ったことがなかった。毎日のように顔を合わせて「好きです」と真剣に告げられ、心が動かない男がいるだろうか。
少なくとも、マルクスには無理だった。マルクスは徐々に、彼女に絆されていった。
その結果、彼女につい自分の悩みを打ち明けてしまったのだ。
悩みなんて言うつもりは、これっぽっちもなかったのに。
呆れられてしまっただろうか。それはそれで構わないのだが、少し寂しい気もする。
そんなマルクスの心配をよそに、彼女は突飛な提案をしてきた。
それが毎年恒例の催しでフュルテゴットと組み、歌とダンスを披露すること、だった。
最初はそんなもの認められるわけがないと思った。
しかし、実際に彼女が踊っている姿を見て、考えを変えた。
彼女の踊っている姿に、自分たちの姿が重なったのだ。そして、その自分たちはとても輝いて見えるのでは──そう感じ、マルクスは彼女の提案に乗った。
それから、彼女の特別レッスンが始まった。
一言でいえば、彼女の指導はとても厳しかった。少しのミスも許さないと言わんばかりの熱い指導に、騎士の訓練でもここまで熱心に指導されたことはなかったな、と現実逃避のように考えた。
それでも頑張れたのは、彼女が褒め上手だからだ。
上手くできると、まるで自分のことのように「すごい!」と褒める。
それはどんなに小さなことであってもそうだった。たとえば、歌の高音部分が上手に出せたとき、彼女は「今の歌、とても綺麗に声が出ていました!」とすぐに褒めてくれた。
そのあとにだめだしもされたが、褒められると嬉しくなって、また頑張ろうと思えた。
彼女は、マルクスたちのためにいろいろと考えてくれる。
当日の衣装にしてもそうだった。彼女に提案されるまで、衣装は騎士団の制服以外に考えていなかった。
だから、彼女に衣装を選んで欲しいと言われたときは、純粋に感心したし、嬉しかった。
自分が今まで勉強してきたこと、好きなことがここで活かせる──それがなにより嬉しかった。
彼女と一緒に買い物に行って、衣装を選んだ。
それはとても楽しかったのだが、途中で盗難騒ぎに出くわし、それを放っておくこともできず、結局マルクスが対処することにした。
彼女を送っていけないことはとても申し訳なく思ったが、これも騎士の任務だ。たとえ今日が、非番の日であったとしても。
それを彼女に告げると、快く送り出してくれた。
しかし、また今度埋め合わせを、と言ったときの彼女の顔が、いまいち解せなかった。
まるで思いがけないことを言われたかのような、驚いた顔をしたのだ。
埋め合わせをしないような、そんな薄情なやつだと、彼女に思われていたのだろうか。
そう疑問に思ったが、彼女はすぐにいつもの笑顔を浮かべて楽しみにしていると言った。だから、さっき見たあの顔は気のせいだったのだと、マルクスは思い込むことにした。
しかし、その日を境に、彼女の様子が少しおかしくなった。
いや、態度はいつもと変わらないのだ。ただ、時折ふとしたときに見せる表情が悲しそうな顔だったり、なにかを惜しむような顔をしていたりする。
はじめは気のせいかと思った。しかし、何回も見かけるうちに、これは気のせいではないと確信した。
「……なあ、フュルテゴット」
「んー?」
フュルテゴットは柔軟体操をしながら答える。
今は騎士団の訓練の時間だ。昔から知っているフュルテゴットとは、なにかと一緒に行動することが多い。
「最近、マリーさんの様子がおかしいと思わない?」
「マリーちゃんの様子がおかしい……? そう? 俺は別に感じないけど」
いつも笑顔が可愛いじゃん、とあっけらかんと答えるフュルテゴットにマルクスは呆れた。
そういうことを聞いているわけではない。
「……あ、そうそう。マリーちゃんって言えばさ、彼女、誰なんだろうな?」
「はあ?」
唐突にわけのわからないことを言い出したフュルテゴットに、マルクスは思い切り怪訝な顔をした。
しかし、フュルテゴットはいつになく真剣な顔だった。
「俺の調べた限りだと、マリーちゃんと同じくらいの歳と背格好の子はいないんだよなぁ。誰に聞いてもマリーなんて子、知らないって言うし。ほんと、不思議な子だよ」
フュルテゴットの情報網は、意外なことに当てになる。
それはフュルテゴットが無類の女好きで、女ならば誰これ構わずお近づきになろうとし、彼女たちに信頼された結果として、噂好きの女性たちから情報を仕入れる。そのお陰で未然に防げた事件もあるくらいなのだ。
「……それ、本当の話?」
「ほんと、ホント。俺、おまえには嘘つかないだろ?」
「……そうだったね」
そして意外なことに、とても適当そうなフュルテゴットはマルクスに嘘をつかない。
その代わりに、赤裸々な告白をされて反応に困ることが多々あるのだが。
考え込むマルクスに、フュルテゴットは明るい笑顔で言う。
「でも、さ。マリーちゃんがどこの誰であろうと、いいじゃん。マリーちゃん、いい子だし。彼女が俺たちために一生懸命なのは伝わるし」
「……それも、そうだね。というか、そもそもそれフュルテゴットが言い出したことだろ」
「そうだっけ?」
忘れちゃった、と笑うフュルテゴットにマルクスは呆れ果てて、なにも言う気にならない。
「本当におまえは適当だな……」
「そんなことはなくもない」
「どっちだよ……」
「そんなことよりさ! 陛下からもらえる報酬、なににするか決めた?」
「ああ……そういえば、考えていなかったな……」
「俺は決めた!」
「へえ。なににするの?」
「それは……」
フュルテゴットは勿体ぶる。
そしてニコッと笑い、「内緒」と言った。
「勿体つけて内緒はないだろ……」
「いやだってさぁ……今言ったらつまんないじゃん?」
「おれはつまらなくていいけど」
「俺が嫌なの!」
「あっそ……」
フュルテゴットと話をしていると、なぜこうも疲れるのだろう。
マルクスは謎の疲労感に襲われ、休みたくなった。
「俺のことはともかくとして、マルクスはどうすんの?」
「おれ? おれは……」
なにを願おうかと考え、真っ先に思い浮かんだのはマリーの笑顔だった。
──彼女の心からの笑顔が見たい。今のような、無理をして作っている笑顔ではない、本当の笑顔を。
「……もう少し、考える」
少し前の自分だったら、きっと服関連の願いをしていただろう。
しかし、今のマルクスの願いはただひとつだった。
マルクスの前に突然現れて、マルクスの常識をぶち破り、新しい世界を見せてくれた彼女を喜ばせたい。
そのためには──。
「報酬の前に練習だ。そもそも、まだもらえるかもわからないもののことなんて考えても仕方ないだろ」
報酬に関しては後日でもいいのだ。
今、無理に考える必要はない。
そう伝えると、フュルテゴットも納得したようで、
「それもそっか。よし……! 報酬もらえるように今日も練習頑張るか!」と張り切りだす。
それに頷きながら、マルクスはとりあえずは目の前の訓練に集中することにしたのだった。




