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4.



 シンメルの森を抜けるとまた村があり、そこでも野獣の出現騒動で緊迫した雰囲気が漂っていた。あちらこちらで人々が固まって囁きあっている。こちらの守備隊もようやく動いたとみえて、サクラたちは先ほど連中とすれ違っていた。

 彼女の足元には野獣から変化した小犬がおとなしく歩いている。実に従順である。


「ねえ、ユキナさん。どこかでローブを調達できないかしら? いくら何でもこれ、怪しくない?」


 サクラは腕に抱えているものを示した。

 苦肉の策で、上着を留めるのに使用する腰帯で剣をぐるぐる巻きにしているのである。

 おかげで上着の上部は小さな飾り紐で留められるのだが、下半分はぱっくりと開いてしまっている。別に下着が見えているわけではないが、本来そのように着用するものを着崩しているのは、やはり恥ずかしいものだ。

 とはいうものの、剣を晒して歩くわけにもいかないのでこの方法しか取れなかったのは致し方ない。

 肩掛けしている荷袋の中に代用できるものはないし、そもそも旅の必須条件として荷物は最小限に抑えることが一番である。衣装は現地調達が望ましい。


「町へ行けばいくらでも買えるさ。堂々としてりゃ何てことない。旅人ってのは色んな荷物を運んでるもんだからね。あんたみたいな小娘が剣なんか抱えてるとは誰も思いやしないよ」

「そうかなあ……。だといいけど」


 極力目立ちたくない、と常日頃考えるサクラにとって本当はこんな剣など持ちたくないのだが、旅の目的と今の自分には持っていた方が便利であるために、不本意であっても諦めるしかなかったのだった。





 村を出れば視界が広々と開かれ、一直線に町へと続く街道が伸びていた。

 これから向かうクナの町は、トスタイト国の中でも比較的大きな町で学問の祖として有名である。

 学問は神殿で学ぶものとなっており、どの町でも神殿に必ず学堂があり、幼い子供から大人まで、知識を得、道を究めるために勉学に励む。貧富問わず十二歳までを義務教育とし、神殿が無料奉仕する形で子供たちにより良い知識を与え、町の繁栄へと貢献している。当然国から補助金が出て運営資金としているのだが、それで賄えきれないのも現実で、苦しい状況下に置かれている神殿も少なくなかった。

 ところがこの町の神殿は見栄えからして豪奢なものだった。

 驚いたことに町の半分ほどが神殿の敷地内となっているのだ。

 正面は石造りの巨大な御門がそびえ建ち、くぐるとすぐに広い庭園があって、中央に大聖堂、左右には礼拝堂とその後ろに象徴の塔が屹立する。

 そしてようやく学堂へと続くのだ。

 幼年、高等、大学堂と三棟がそれぞれの環境に合わせて点在する。間に図書学堂、遊戯堂、研究学堂などがあり、さらにその周りを囲むように学生寮や彼らが生活に必要な物を揃えられる店舗などが商店街となって立ち並び、町の中に小さな町が構成されているかに見えた。

 敷地内は誰でも通行可能というので、サクラたちも見学してみることにした。

 商店街を通りすがりながら古着屋を見つけたサクラは、意外と見目のいい、しっかりした生地の着丈の長いローブを見つけたので、剣を腰に落ち着けて隠すと上機嫌になっていた。色とりどりの花が植えられた庭園を堪能し、そしてここの象徴の塔を眺めながら感嘆の声をあげた。


「これはすごいわ。今まで見たことないかも」


 小犬も大はしゃぎで小鳥や虫の類いを見つけては庭園を駆けずり回っている。


「遊ぶのはいいけど、いじめちゃだめよ」


 するとサクラの言葉がわかるのか、素直に「ワン!」と吠えてみせた。

 この小犬の処遇についてどうするか考えねばならなかったが、眼前の光景に眼を奪われていたサクラはすっかり忘れている。

 建物の大きさも度肝を抜かれそうだが、壁の配色がこれまたすごいのだ。

 一般的に神殿は白が基調となっているが、ここはさらに黄、赤、青の三色を取り混ぜ、壁全体に彫られた装飾に配分を考えて色づけされている。派手なことこの上ない。ただひとつ、向かって右側の象徴の塔だけが塗装されておらず、土壁色のままだった。細かい飾り彫りがされているだけで質素だが高潔さを感じさせた。


「迫力あるわー。こんなに大きくて派手な神殿初めて。あたしが通ってた神殿とは比べものにならないわね」


 そう言って、ずっと上を見上げる格好になっていたために、次第に疲れてきたサクラは首を回してみたりした。いつものように肩に陣取っていたユキナは、サクラが首を回す度に迫ってくる頭を器用に飛び跳ねてかわしながら呆れた声を出した。


「あたりまえじゃないか。町の規模からして違うんだ。それに神殿の種類も違う。司る起源素によって見た目はもちろん人に与える影響力も違ってくる。ここは“シン(光)”を拝する神殿だ。その名の通り光り輝き見目鮮やかなもんさ」

「そっか。あたしがいた町は“ハク(風)”の神殿だったもんね。あそこは白くて飾り彫りが綺麗で清楚な感じだったし、あたしは好きだったなあ」


 そう言ってサクラは頭をかくん、と垂れた。


「あ――、ほんとに疲れた。首が痛いわ。大きすぎる、ここの神殿」

「ふふふ。違いないねえ」


 サクラの言動に笑いながらも、ユキナはどこか神妙にシン=クナ神殿を眺めていた。

 神殿は自然の源を拝し奉り、人が恵みを感謝し願う場所。

 これはいささかその意味を履き違えているように思う。

 小さな不安がユキナの心に残った。





 特異な人間というのはいくら地味に行動していても、どこかに形跡が、そして誰かの脳裏に残ってしまうものである。ユキナの鮮やかな浅黄色の羽などは印象に残りやすいのだろう。いくら意識が朦朧としていた人間にでも。

 気がつけば、サクラとユキナは数人の男たちに取り囲まれていた。見ると彼らは帯剣している。町の警備隊だろうか。


「何? 何なの!?」

「女、その鳥はおまえの所有物か」

「は?」


 厳しい口調にたじろいたサクラはちらりとユキナを見遣ったが、青筋を立ててしかめっ面をしているのを見て慌てて眼を逸らした。

 明らかに怒っている。男の放った“所有物”という言葉がいけないのだ。

 ユキナが感情に任せて事態をややこしくする前に、何とかこの場をしのがなくてはならない。


「あの、この鳥が何か?」

「先ほどシンメルの森で野獣が出現したのを知っているな。そこで出た怪我人が治癒術を施されていた。そいつは青い鳥が術語を唱えていたとか妙なことを口走る。そんな特異能力を持つ動物などありえんのでな。調べているところだ」


 そう言って男がユキナに触れようとしたので、サクラは咄嗟に身を引いた。


「この鳥はそんなことできません! しゃべるなんてもっての外です。ただの鳥なんですから!」

「とにかく調べさせてもらう。同行してもらおうか」

「ちょっと!」


 男がサクラの腕を掴み強引に引っ張ろうとしたところへ、小犬が大きく吠え立てながら立ち塞がった。健気にも男たちに抗議している姿にサクラは手を伸ばして引き寄せようとした。しかしその眼前で男たちの一人が小犬を蹴り飛ばした。


「邪魔だ」

「何てことするの!!」


 サクラは腕を掴んでいた男を突き飛ばし、小犬へと駆け寄った。ユキナがすぐさま肩より羽ばたく。

 サクラは小犬を抱え上げ慎重に容態を見る。胸元を蹴られたようで口から血を流している。呼吸が荒い。内臓器官が破裂したかもしれない。すぐに応急手当をしなければと、荷物から薬袋を取り出そうとした腕を誰かに掴まれた。

 すでに感情が怒りの沸点に到達しそうな勢いのサクラは、その手を思い切り払いのけて、立ち上がる反動とともに拳を突き上げた。

 しかし簡単に受け止められ拳を握りこまれてしまう。同時に耳打ちされた言葉に驚いて相手を見た。


「逃げるぞ。治療はあとだ」

「あなた……」


 ぐいっと腕を引っ張られサクラは慌てて荷物と小犬を抱えた。振り返って叫ぶ。


「ユキナさん!!」

「ケェ―――――ッ!!」


 とんでもない雄叫びを上げながら、ユキナは追いかけてくる男たちを翼でバシバシはたき、鍵爪でガリガリ引っ掻くなどの攻撃を繰り広げていた。サクラの呼びかけに最後の蹴りをお見舞いして羽を翻した。

 駆け出したサクラの前を行くのはあの森で会った少年、ハヤトだった。

 少年の動きはすばやく徹底していた。

 庭園を走りぬけ御門へと達したときに、先ほどの男たちと同じ服を着た者たちが数人待ち構えていたのだが、滑り込むように彼らの足を蹴りつけて倒すと、すぐさま腹を打ち首を叩くなどして止めをさした。

 あっという間に転がった男たちを見て、サクラは驚きの表情を隠せなかった。一見する限り殺してはいないが骨折や内蔵破裂の重傷だろう。


(あの機敏な動きと破壊力。この子ってほんとに何者!?)

「行くぞ。騒ぎがでかくなるとやっかいだ」

「もう充分やっかいよ……」


 神殿という場所が場所である。すでに一般民が悲鳴をあげて右往左往する有り様だし、御門の外には野次馬が集まりつつある。これ以上の注目は警備隊もいうなかれ、役人までが出張ってくるかもしれない。しかし、どこをどう逃げるか。町中を走り回ってもきりがないしどこかに身を潜めるしか方法がないかとサクラがあれこれ考えているとまたもや第三者の声が降ってきた。


「何をしているのです! おやめなさい!」


 この声に追いかけていた男たちがぴたりと動きを止めた。

 サクラも思わず振り返ると、大聖堂の中から白い装束の者たちが数人出てきていた。


「神官だ」


 ユキナがふわりとサクラの肩に降り立ち、小さく呟いた。

 その隣で少年が舌打ちすると、脱兎のごとく駆け出した。


「あっ、ちょっと!」


 サクラの制止は届かず、少年の姿はたちまち野次馬に紛れてしまった。


「……ほんとにすばやい」


 感心と呆れと半々な気持ちで少年が走り去った方向を見ていたが、周辺の空気が変わったことに気づきサクラは視線を戻した。

 神官たちが男たちの間を縫ってサクラたちの前にやってきたのである。

 先頭に立っていた人物がサクラに話しかけた。


「大丈夫ですか? 何があったかは存じませんがここは神聖なる場所です。争いごとはいけません。わたくしでよければご相談に乗りましょう。両者の言い分を等しく聞き入れ納得のいく結論へと導きたく思います。……暴力では何も解決いたしませんよ、警備隊のみなさま」


 すっと横に走らせた視線に、男たちはひるんだ。ぎこちなく後ずさる。


「さあ、お嬢さん、こちらへ。その小犬も早く手当てしなければ」

「あ、はい」


 サクラは答えながらさりげなくユキナを窺った。

 ユキナは眇めた眼で前を行く神官を見つめている。

 ついて行くべきか逡巡したが他の神官たちに周りを囲まれ有無を言わせぬ状況になっていた。





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