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15.



 三人は少女の後ろをついて行きながら、何やら呑気にその正体について談合していた。


「どう見たって子供、よね?」

「見た目はそうだねえ」

「その言い方は普通じゃないみたいじゃねえか」


 ハヤトの指摘を聞いてサクラがぎょっとした。


「やっぱり普通じゃないの? ユキナさん」


 何の気配も感じさせず突然暗闇から現れたこと自体“普通の子供”の基準ではないし、法術《火粒》を忍ばせたことは“標準能力値を持った法術士”なら充分可能だが、“ユキナに気づかせず実行できる”としたら話は別だ。尋常ではない。

 何故ならユキナは大神官という位を持ち、サクラの知る限り周囲に羨望と畏怖をもたらすほど脅威的な能力者なのだ。彼女に看破できない術があるわけがないとサクラは信じきっていた。

 及び腰になっているサクラに対して、彼女の肩に降り立ってくつろいでいる当人(姿は鳥)は、サクラとは違う点に着目していた。


「ふーむ。表情が無い子供、ぞんざいな物言いをする子供。まあこれらはいなくもないわな。育ち方によって大人が首を傾げたくなる性格が出来上がることもあるもんさ。だけど何かね、あれの場合、子供とか大人とかっていう年齢の成長を感じさせない気がするんだ。どうも曖昧で判別しがたいんだけどね」

「どういうことなの? 成長を感じさせないって。そんな生きていれば当然の過程があの子には想像できないってこと?」

「それってさ、最初からあのまんま存在してるって意味か?」


 ハヤトの言葉にユキナは眼を細めた。

 鳥の姿なので、その顔は瞼を閉じただけの、もしや眠り始めたのかと勘違いしそうな表情だったが、彼女としては聡い教え子に気分よく喜んでいたのだ。

 満足そうに頷いた。


「あれの存在感はそうとしか考えられないね~。生きてきた時間が短い。まだ生まれて間もない気がするよ」

「じゃやっぱり魔術の類か」


 ハヤトの呟きにサクラが眼を剥いた。

 身体を強張らせ緊張感を滲ませたサクラの気配を感じながら、ユキナははっきりと肯定した。


「シン=クナ神殿で魔術を研究しているのは今までの奇怪な生物からみて明らかだ。馬と蜥蜴の掛け合わせ、鷲や犬の巨大化。まだまだ色んな動物で実験してるだろうね。目的はさまざまだろうよ。例えば強靭な足で早く駆け戦闘時に有利な乗り物として使用するためだったり、例えば一度に重いものを運べるなど労働時に効率よく作業するための道具としてだったり。それからより文化を向上させるための品種改良としてとか、またあるいはただの観賞用や玩具として使用するためとかね。すべて人間の欲望から生まれるものだ」

「よくもそんな身勝手な」


 怒気を含ませて吐き捨てたサクラを見つめ、ハヤトはずっと思っていたことを口にした。


「なあ、あんた魔術を嫌ってるみたいだけど、何でだ?」


 サクラはそんな問いかけをされて一瞬信じられないといったふうに驚愕の眼を向けた。だがすぐに逸らして俯く。

 ハヤトは魔術について詳しくないようだった。自分が抱いている思考や感情を理解していないからといって相手を卑下したり怒りを持つことはできない。

 ただ自分には魔術を嫌悪し否定する理由があるから、思わず顔に出てしまったことを大人気なく感じた。

 押し黙ったサクラ見遣り、ハヤトはそっけない物言いで続けた。


「言いたくないなら無理に聞くつもりはねえけど。あんたのその力は魔術を嫌うことに関係してるのかと思ってさ。とにかく今回もその力、当てにさせてもらうよ。見た目がどうだろうと敵は倒さねえとな」


 サクラは思いっきり顔をしかめ、前方を行く少女の後ろ姿を見つめた。

 肩口ではユキナがサクラとは正反対に軽く眼をしばたいて呑気な声を上げた。


「さあて。どこに連れて行ってくれるんだろうねえ」





 やたらと長い時間歩いているように思われた。

 ひたすらまっすぐ、行けども行けども風景は変わらない。そればかりかそろそろ夜が明けてもよい時刻のはずなのに暗闇が晴れることなく、空には星が瞬いている。


「ふうむ。現世界から空間を切り取り、そこを行ったり来たりしてるだけってところか。いったい何がやりたいのか。単なる時間稼ぎかね?」


 ユキナが退屈そうにくちばしで羽を突つきながら言った。

 それに応じたのはハヤトだった。


「あるいはこっちの体力をそぎ落とす、とかな」

「それもあるだろうね」

「景色が変わらないってのは閉塞感を覚えさせるし、そうやって精神状態を極限に追い込んでおけば術の行使に影響が出る。奴らはおれたちを捕まえることが第一目的だったと思ってたけど、最終的には始末したい方向なのかもしれないな」


 少年と鳥の会話はだんだん不穏な話題へと進んでいく。

 サクラがいやそうな顔つきになる。それをわかっていながらユキナは続けた。


「当然考えられる話だが、奴らはさっきの神武官との一戦であたしの術力はもちろん、サクラの力の片鱗も見てる。魔術の研究に躍起になってるような連中が、あの力を見過ごすはずないだろうからね。死なすのは惜しいと研究材料にしたがるよ」

「言えてるな。あの力を写し取ることができれば最強の兵士が何人も作れるんじゃねえか? そうすりゃ野獣騒動なんて一発で片付けられるし、法術修行なんてやらなくても簡単に力を発揮できるかもしれないもんな。そうなりゃ一生繋がれたまま実験の繰り返しってことに」


 ドスッとものすごい音がした。

 ユキナが視線を落とすと、ハヤトが頭を抱えうずくまっているではないか。

 するとユキナの耳元で震えるように吐き出される息遣いが聞こえ、恐る恐る振り向くと凄まじい気迫を漂わせてサクラが睨みつけていた。


「サ、サクラ?」

「こんな状況下でよくも他人事みたいに気持ち悪いことを言えるわね」


 鬼気迫る形相で冷気を放つサクラにユキナは飛び立ちたくなるのを必死でこらえた。飛び立ったが最後、電光石火の早業で叩き落されること必至だからである。

 そこへハヤトが脳天を押さえつつ立ち上がった。


「って~。おまえ、これ肘鉄食らわせやがったな。視界に火花が散ったぞ」


 涙を滲ませてサクラを睨み上げたが、相手の怒気が上回った。ハヤトは出掛かった文句をすべて飲み込む。


「冗談じゃない。いい加減にしてもらいたいものだわ」

「ちょっ、サクラ!」


 ふわりと逆立った気配に、ユキナが飛びずさりながら慌ててサクラを制した。


「やめな! 何する気だい!?」


 今まさに、サクラが周囲に向けて怒りを爆発させようとした時だった。

 サクラの瞳が金色の光を灯し始めた途端、辺りの空気が“動いた”。

 ユキナがすばやく周囲を見渡し気配を探る。


「空間が繋がった? 正常に戻ったようだ」


 ハヤトもきょろりと見渡す。

 ユキナはサクラの頭上を旋回しながら声をかけた。


「サクラ、落ち着け。気持ちを静めるんだ」

「う、うん。大丈夫……」


 異空間に放り込まれている中で力を解放されても、どんな結果が生まれるか想像できないためにやってもらっては困るが、正常な世界に戻ったのならなおさら困る。単なる破壊に終わってしまう。

 サクラ自身も辺りの変化に気づいたのだろう。慌てて気持ちを落ち着かせ、発動させようとしていた力を無理矢理抑えようとしていた。

 それがあまりに焦りと困惑を思わせる表情で、胸元を両手で押さえているさまに、ハヤトは訝しげに見つめた。ユキナを仰ぐ。


「おい」


 一言で返答を求める。

 ユキナは軽く首を振り簡潔に答えた。


「力の制御はサクラにしかできない」


 ハヤトが再びサクラに眼をやると、呼吸を整えるために一度大きく深呼吸し、視線に気づいたサクラが薄く微笑を返してきた。その瞳は元の紺色に戻っていた。

 そこへ図ったように声がかかった。


「待たせたな。主の準備が整ったようだ。引き合わせよう」


 少女が無表情のまま三人を見つめていた。





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