1.
世界は五つの自然要素で成り立っている。
それらは誕生の源という意味で《起源素》と呼ばれた。
やがて人々は“光、地、水、風、火”の五つの《起源素》を万物の神として、神殿を建立し各神殿に一つずつ《起源素》を拝して崇め奉るようになった。
しかし次々と国を興し文明を大きく築き上げていった人々を絶望へと落としめる出来事が起こった。
“滅び”である。
文明を発展させようと自然を搾取し続けた結果なのか、荒廃する山や森、汚染されていく川や湖、駆逐されていく動植物たちが増加し、人々の中で危機感を感じ始めたその時、突如として強大な“力”に曝されたのだ。
一時代を築き上げた国々がある日突然崩壊していくさまを目の当たりにした人々は、その“力”の根源が何たるかを思案し始めた。
それは人間の姿をしていなかったかと。
手に“剣”を握り締めた人が破壊の猛威を揮っていなかったかと。
人々は万物の神として《起源素》を祀った神殿に祈りを捧げた。
もしや破壊の“力”は“剣”の形を成して人に宿りその姿を秘めているのではないかと、人々の間で囁かれ始めたからだ。
人の身で計り知れない大いなる力を二度と顕現させないために神に祈り、その一方で“力”に対抗しうる何かを模索し、それを《起源素》に求めた。
こうして《起源素》を研究し、自然との調和を図りながら恩恵を賜れるよう、手段を講じる人々を《法術士》と呼んだ。
やがて彼らは同じ生命体として、自らに流れる波長と《起源素》の波長を探り出し、同調することによって《起源素》の力を借り操れるようになっていった。
ともに生き、ともに成長し、ともに老いて死す。
自然と共存し過ぎた力を求めぬよう人々は学んできたはずだった。
それでも人は傲慢な心を捨て切れず過ちを繰り返してしまう。
そのたびに“剣”を宿した者が出現し、過酷な運命に絶望しながら力を繰り出し文明を破壊して息絶えていく。
法術士たちは破壊者となった存在と対峙しながら思案し続けた。
いかにして“剣”の出現を予見し防ぐかと。
その身に宿してしまった彼らの生涯を胸に刻んで法術士たちは伝え続けることを誓った。
人は愚かな生き物である。
自然に準じこそすれ優位に立つものではない。
《起源素》と文明の共存を目指し、“剣”が生み出されないように法術士たちが神殿にて、人々を国を世界を管理し監督するのが望ましいのではないか。
悲劇の破壊者を生み出すのは我々、人であることを忘れてはならないのだ。
“剣”をその身に受けし者は、《宝剣に順いし者》として、文明が滅ぶその時まで力を行使し続けるという宿命を背負う。
そのような存在は二度と生まれてはならない。人々は祈り続けた。
1.
別名《森の国》と呼ばれるトスタイト国は山の麓に広がる森の隙間をぬって町が造られている。
したがって、町と町の間には木々がひしめき合い、浅い森があれば深く暗い森もある。不用意に迷い込むと方角がわからなくなってしまうため、森の出入り口に村を作った。
村は森の中を行き来するための中継所として、水や食料などの物資を提供したり、宿場を設けて休むことができる。村の管理は国が行うので町の干渉はなく、すべての村の構成は統一され公共施設として旅人の誰もが気兼ねなく利用できるように配慮されていた。
そして《守備隊》という、森の管理と旅人の安全な道中のための警備を行う組織が置かれている。
森という自然は生きて日々成長し、たくさんの生き物を育てている場所だ。人の眼では追いきれない出来事が多々起きていた。
特に深い森、規模の大きな森は人々にとって未開の地であり、森の地図を描く専門家の探索隊を組織して調査に向かっても把握しきれずに迷うこともしばしばで、それが悲惨な結果に終わることもあった。
そんな中、人々が最も警戒していることは、近頃動きが活発になっている獣たちの存在である。
野生の獣たちにもなわばりがあるのは当然で、森が正常に息づいている限りは人間世界に入り込むことは滅多にない。
しかし町の拡張が進み、森を切り開こうとする伐採計画が活性化している今、国の保護条例によりある程度の規制は為されているはずだったが、箍が緩んでいるのは否めなかった。
それに呼応するかのような獣による被害は尋常ではなく、旅人が襲われたり村が荒らされたり、果ては町にまで入り込み騒ぎを起こしている有り様だった。
国では連日、対策会議が開かれているが、まるで増殖するかの如く、獣の出現は未だに原因が解明されずに、いつも対応が後手にまわっている状態だ。
まさか屋外に出ない、町から出ない、森を通らない、というのでは人々は生活していけない。国には苦情と懇願の声が絶えないというのに、結局は守備隊の強化と巡回の回数を増やすなどの改善しかされないまま今に至っている。
そういった情報を仕入れながら、この国を訪れた二人組がいた。
サクラという少女とユキナという名の鳥であった。
危険が伴うことは承知の上での道中である。
「ん――っ、空気がおいしい! この森は浅いのね。木々が低いわ。だからいい具合に光が入り込んできて綺麗よね~。やっぱり緑の中は気持ちいい!」
大きく伸びをして、新鮮な空気を胸いっぱいに取り込んだサクラである。
低いとはいっても天蓋のように空を覆うくらいの高さがある木々は、自然発生とは思えないほど整然と立ち並んでいる。そのため道なき道が確保され方角を間違えることなく行き来することができた。ゆっくりと緑を鑑賞しながらちょっとした散歩をするのには打ってつけの、人々にとって実に都合のいい自然物だった。
森にはすべて名前が付けられている。
この森は《シンメルの森》という。
シンは“光”を意味する言葉で、神殿が拝する五大要素のひとつである。メルは女性名に多い愛称で、丸みを帯びた楕円形の葉を茂らせる常緑樹で構成されているために、優しさと大らかさが印象的であるというわけで名づけられた。
「ねえ、ユキナさん。お茶して行きましょうよ。ここの森、小川が流れてるっていうじゃない。さっきの村でお茶うけになりそうなお菓子を買ったし、ちょっと休憩しましょ」
にこにこと機嫌よく言うサクラに対し、呆れ顔で答えたのはその肩に乗っている梟に似た大型の鳥だった。
「何言ってんだい。さっき朝ご飯食べて村を出たばっかりじゃないか。疲れたわけでもあるまいし、目的地を目指してさっさとこの森抜けちまいな」
「もう、ひどい言い草ね。いいじゃないの、のんびり行ったって。自然と触れ合ってないからそんなせこせこした性格になんのよ」
「あいにくだがね、あたしみたいに大らかな人間はちょっとやそっとじゃ見ないだろうね。どっかの小生意気で往生際の悪い小娘を辛抱強く育ててきたんだからねえ」
「失礼な! こんな忍耐強くて潔い、可憐でかよわい娘を捕まえてなんてこと言うの! 付き合ってるだけでも良しとしてよ。普通ならこうはいかないんですからね!」
「いやだねー。自分で自分をそこまで褒めるかね。信じらんないね。親の顔が見てみたいよ、まったく」
「あら親の顔。どちらにいらっしゃるんでしたっけ?」
肩の上という狭い場所で睨みあっている少女と鳥。傍から見たらさぞ滑稽であろう。
しかも鳥がしゃべっているという現象は、不可思議な事件が多い世の中であっても常識として到底ありえないことだ。
それにここは公共の場。森の中とはいえ町へと続く通り道である。人がいないわけではない。
みな通りすがりに奇異な目で見て行く。
それでも誰か叫んで怖がったり、不信がって難癖をつけてきたりしないのは、二人があまりにも平然と、それも近寄れないほどすごい剣幕で口論しているからなのか、逆に余計な関心を示して自分に災難が降りかかってきては面倒だと思っているからなのか、誰一人として二人に近づく者はなかった。
そうやって遠巻きにされていた彼女たちの奇妙で不毛な会話は、突然の悲鳴によって遮られてしまう。
「何? 今の」
声がした方向を振り返り、サクラはきょとんとした表情になった。
ユキナもまた厳しい眼つきで遠くを見据えている。
「何かいるね。見てくる」
「あ、ちょっと、ユキナさん!」
ユキナは大きく翼を広げると軽く上下させてから勢いよく飛び立った。
思いっきり顔の横で羽ばたかれ、抜け落ちた羽毛にまみれてしまったサクラは顔をしかめながら高く前方を行くユキナに文句を言った。
「もうちょっと穏やかに飛んでよ! 少しは気を遣ってよねーっ!」
抗議も空しく行ってしまった姿を見送って溜息をつくと、それでも表情はだんだんと緊張感を帯びていた。
「一体何が起こったのかしら。大事に関わると後々大変だし」
すると前方からわらわらと人々が駆けてきた。必死の形相で何かを叫んでいる。
「逃げろ―――っ!! 獣だ! や、野獣が出たぞ―――っ!!」
サクラは目を剥き、そしてがっくりと頭を垂れた。
「……言いたくはないけど、関わりたくなーい」
どうしようもないジレンマに陥りながら、本心を吐露してしまうサクラだったが、ユキナが様子を見に行ってしまった以上、無視するわけにもいかず、気が進まないながらも足早に騒ぎのほうへと向かった。