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強い女達

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.08.14~08.23に掲載後、こちらに再収載した作品です。

「ここから十分位、歩くんだが……」

 電車とバスを乗り継ぎ、実家最寄りのバス停に降り立った俺は、振り向いて恐る恐る佳代に説明した。事前に一応説明はしてあったものの、最悪「ふざけるな!」と罵倒されても仕方がないと思っていたが、佳代はケロッとした様子で事も無げに言い返してくる。


「確かに車も通りそうにないし、猫が轢かれる心配は無さそうね」

「そうは言うがな……」

「別に良いじゃないの。猫は飼った事は無いけど、昔、犬を飼っていたから。こういう所だったら、吠えても騒音問題とか起こらないと思うし、良い環境よね」

「……そんな事を真顔で言うのは、お前位だ」

「ところで、こっち?」

「違う。逆だ」

 周囲を見回してから悠然と歩き出しかけた佳代を、俺は慌てて引き止めて逆方向に歩き出してから、思い出した。

 以前、ストリートビューで佳代が「私の実家はこの辺りなの」と言っていた場所には、ここよりは多少はましな牧歌的風景が広がっていた事に……。

 そこで本来、一泊分の荷物を作っていた佳代が、今日、追加で手にした荷物について尋ねてみた。


「そう言えば、出がけに駅ビルの地下で受け取っていたそれは何なんだ? 変に荷物にしなくても良いのに」

「ちょっとしたお土産よ。予め支払いは済ませて、すぐに渡して貰えるように準備をお願いしておいたの」

「だから、それは何なんだ?」

「後からのお楽しみよ」

「何だよ、それは?」

 ニヤリと笑った佳代を見て、これは絶対口を割らない気だと分かり、俺はあっさり諦めた。

 どうせすぐに分かるから、まあ良いだろう。


「太郎から聞いていたけど、猫が二匹か。楽しみね。二匹にも、ちゃんとお土産を用意したから」

「それはありがたいが……。二匹とも、あまりおとなしくは無いからな? 一応、両方雌だが」

「元気が良くて、何よりじゃない」

 予め釘を刺してはみたが、佳代は分かっているのかいないのか、笑顔で言い返してきた。……微妙に不安だ。


「梅沢佳代です。初めまして」

「太郎の父の、一郎です。今日はわざわざ、こんな遠くまで足を運んで貰って恐縮です」

「いえ、乗り継ぎもスムーズでしたし、太郎さんから話を聞いて、こちらに来るのを楽しみにしておりました」

「それなら良かったわ。佳代さん、太郎の母の敏恵です。疲れたでしょう? さあ、どうぞ。お上がり下さい」

「それでは、お邪魔します」

 無事に到着した玄関で、俺が佳代を紹介し、両親と一通りの挨拶を済ませてから上がり込んだ。しかしいつも出迎える顔が無い事に、何となく嫌な予感を覚えた俺は、母さんに小声で尋ねてみる。


「母さん、ミミとハナはどうした?」

「少し前から、姿が見えないのよ。二匹とも、散歩に出かけたのかしら」

「そうか。佳代が、あいつらにも土産を用意したとか言っていたんだが」

「そうなの? 気を遣わせてしまって、悪かったわね」

 居ないのなら、問題を起こす事も無いだろうと、俺は密かに胸を撫で下ろした。どうせ呑気に散歩や昼寝をしているだろうから、後から土産を出しても構わないだろうと判断しながら、リビングへと向かった。


「さあ、どうぞ。そちらに座って下さい」

「ありがとうございます。あ、これは少しですが、お二人と猫にお持ちしましたので、どうぞ召し上がって下さい」

「それはどうもありがとう」

「それでは遠慮なく、頂きます。今、お茶をお持ちしますね」

 リビングに通されると、佳代は持参したデパートの紙袋と、気になっていた密閉された手提げ袋を母さんに手渡し、母さんは笑顔でキッチンに消えた。そして佳代と並んで座りながら、気を引き締める。

 父さんが俺達の事を、根ほり葉ほり聞き出そうとしているようにしか見えず、からかいのネタになってたまるかと無意識に身構えたが、その緊張は長くは続かなかった。


「ところで梅沢さんは、太郎といつ頃からお付き合いを」

「きしゃーっ!」

「クワーッ!」

 父さんが話の口火を切ろうとしたが、窓の向こうから奇妙な叫び声が響き、俺達は揃って怪訝な顔を見合わせた。


「え?」

「何だ?」

「今の、外からよね?」

 全員が自然に腰を上げ、声がした方に歩み寄る。すると掃き出し窓の向こうにあるウッドデッキの手すりに一羽の烏が止まり、俺達に背中を向けながら両翼を広げて奇声を上げていた。


「クワォアァーーッ!」

「あの烏、何かを威嚇しているの?」

 佳代は、いまいちピンと来ていなかったが、俺と父さんには大体の状況が分かってしまった。


「多分……、うちの猫かな?」

「そうだな。ここからだと姿が見えないが、ウッドデッキの向こうの地面に、ミミとハナが居るんじゃないだろうか」

「だけど相手は飛べるんだし、現に見下ろしているから、勝負にならないだろう。睨み合ったら気が済むから、気にするな」

「そうだな。佳代さん、お騒がせしてすまない。どうぞ座ってください」

「はぁ、それでは……」

 単なる動物同士の喧嘩だから気にするなと、佳代に言い聞かせてソファーに戻ろうとした俺達だったが、ここで予想外の事態が生じた。


「ぎにゃーっ!」

「クェッ!?」

 異様な叫び声と共に、屋根の縁から烏目掛けて何かが落下し、烏と一緒になってウッドデッキの向こうに落ちた。


「え?」

「今、何か屋根から落ちた?」

「うちの猫だ! 烏に飛びかかった!! ミミ、ハナ! お前ら、何やってるんだ!?」

 一瞬の事でミミかハナかは判別できなかったが、確実にどちらかが屋根から烏に飛びかかり、相方が待っていた地面に叩き落としたのが分かった。

 殺る気満々じゃないかお前ら! いつの間に、そんな凄腕のハンターに進化したんだよ!?


「クワッ! クァーッ!」

「みぎゃっ!」

「にぎゃーっ!」

「こら、止めろ! 何やってるんだ! この野生児どもがっ!」

 慌てて窓のロックを外し、スリッパのままウッドデッキの端まで行って庭を見下ろすと、ミミ達は烏を踏みつけ、咥えつけ、羽や毛を撒き散らしながらの大乱闘を繰り広げていた。

 俺は動揺しながら怒鳴りつけたが、二匹と一羽は当然聞く耳など持たず、取っ組み合いをしている。怪我するのを前提に、割って入って引き剥がすしかないかとうんざりしていると、背後から鋭い声がかけられた。


「太郎! そこどいてっ!」

「え? 佳代? おい、何する気だ!?」

「こうするのよ!」

 反射的に振り返ると、何故か佳代はリビングに飾ってあった大きな花瓶を抱えており、呆気に取られる俺の前で活けてあった花を豪快に一気に抜き取り、それをウッドデッキに投げ捨ててから、中に入っていた水を奴ら目掛けてぶちまけた。


「にゃっ!」

「うにゃ!」

「クェッ!」

「お黙りっ!! この獣どもがっ!! 太郎、持ってて!」

「…………ああ」

 突然水をかけられ、驚いて動きを止めた二匹と一羽を、ウッドデッキの手すりに片足を乗せた佳代が、見下ろしながら恫喝する。

 そして佳代は俺に花瓶を押し付けると同時に、スリッパのまま庭に飛び降り、固まっているミミとハナの首根っこを素早く両手で掴み、あっさり拘束してしまった。


「みゃ、みぎゃっ!」

「なうっ! にゅあ~っ!」

「あんたはとっとと失せろ!」

「カーッ!」

 狼狽するミミとハナをぶら下げながら、佳代が烏に向かって叫ぶと、烏は羽根を撒き散らしながら飛び立ち、どこぞへと消えて行った。

 この庭に寄ったばかりに、とんだ災難だったな……。強く生きろよ?

 どこか危なっかしい飛び方だった烏に、心底同情しながら見送っていると、完全にこの場の主導権を握っている佳代から、新たな指令が下った。


「太郎、タオル二枚。大至急」

「……お、おう」

 両手で猫を吊り下げたまま、佳代が横に設置してある階段を使ってウッドデッキに上がった。その間に無表情で下された指示を聞いた俺は、開けっ放しだった窓から慌ててリビングに入り、言われた通りにした。


「持ってきたぞ」

「それで二匹を拭いておいて。間違っても、外に逃がすんじゃないわよ?」

「にゃぁ~」

「みゅぅ~」

 情けない声を上げているミミ達を突き出され、俺は自分の顔が強張るのが分かった。それと同時に視界の隅で、両親がそそくさと掃き出し窓とリビングのドアを閉めたのを認める。


「それは分かったが、どうしてだ?」

「ちょっと準備してくるからよ」

「準備って、何の?」

「にゃっ!」

「うみゃっ!」

 俺の問いには答えないまま佳代は両手を離し、必然的にミミとハナは床に落ちた。さすがにどちらも、危なげなく降り立ったが。


「太郎、後からスリッパを回収して、洗っておいて。すみません、少し台所をお借りしてもよろしいですか?」

「え、ええ。こっちよ。何か使いたい物があるのかしら?」

 母さんに声をかけ、連れ立って悠然とリビングを出て行く佳代。その様子を目の当たりにした父さんは、無言のまま俺からタオルを一枚受け取り、しゃがみ込んでミミの身体を拭き始めた。


「なかなか肝の据わった女性だな。あんな乱闘を目の当たりにしても、びくともしないとは」「まあ、確かに普段から、あまり動じないタイプだがな」

「ミミとハナが気迫負けして、固まるとはな。珍しいものを見せて貰った」

「笑い事じゃないぞ……」

「みゅぁ~」

「なぅぅ~」

 苦笑気味に手を動かす父さんに、ハナの身体を拭きながら愚痴っぽく返すと、ミミとハナも情けない鳴き声を上げた。

 それからものの五分位で、佳代達が戻って来た。



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