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ちょっと照れくさい話

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.07.16~08.13に掲載後、こちらに再収載した作品です。

 実家に帰省する度に、俺に纏わりついて来るミミとハナ。今回もソファーに座って寛いでいると、どこからともなくやって来た二匹が、俺の膝や肩に飛び乗って来た。


「なぉ~ん」

「うなぁ~」

「おい、こら! お前達、本当に俺に対して遠慮が無いよな!? 重いって、何度も言ってるだろうが!」

 ゴロゴロ喉を鳴らしながら、俺の身体の上に居座っている二匹に文句を言うと、母さんが笑いながら宥めてくる。


「太郎が来るのはいつも久しぶりだから、二匹とも歓待しているつもりなのよ」

「本当かよ……。クッションが座布団扱いじゃ無いだろうな? 初対面でこんな扱いだと、絶対怒るぞ」

「怒るって、誰が?」

「ああ……、うん。その……、なんと言えば良いか……。父さんが来たら話す」

 思わず口を衝いて出た台詞に、母さんが怪訝な顔で尋ねてきた為、咄嗟に気持ちの整理がついていなかった俺は誤魔化した。しかしここで間の悪い事に、父さんが庭から戻って来る。


「戻ったぞ。胡瓜とトマトはもう十分だな」

「ありがとう。太郎が何か話があるそうよ?」

「何だ? 昨日こっちに来たのに、まだ何か言っていない事があったのか?」

 ウッドデッキで長靴を脱いだ父さんが、不思議そうに作業着のまま目の前に座る。まさかここで言う羽目になるとは予想していなかった俺は、微妙に視線を逸らしながら口ごもった。


「……ちょっとタイミングが合わなくて、言いそびれたんだよ」

「はぁ?」

「だから何を?」

「にゅあ~ん」

「なぁ~ご」

「あのさ! 夏の間にこっちに連れてくる奴がいるから、会って欲しいんだけど!」

 両親に加え、猫達からも不思議そうな視線を向けられた俺は、ここで思い切って話を切り出した。しかしその反応は、俺の予測をあっさりと裏切ってくれた。


「友達か? 別に構わんし、一々断りを入れなくてもいいが」

「こっちに来てからは、太郎が家に友達を連れて来るのなんて、初めてね」

「いや、そうじゃなくて!」

「にゃっ! にゃ~っ!」

「にゅあっ? なうっ!」

「お前ら、五月蠅いぞ!」

 何で、そんなに淡々としてるんだよ!?

 二十代後半の息子が、あって欲しい人間がいるって言ってるんだぞ!? 少しは察しろ、それでも親か!!

 ほら見ろ! 絶対ミミとハナの方が、分かってるよな!?

 楽し気に鳴き声を上げて、尻尾を振っている猫達を見て漸してくれたのか、ここで漸く父さん達が反応した。 


「うん? あ、太郎。ひょっとしてお前、結婚するつもりなのか?」

「あらあら、まあまあ……。相手の女性を連れてくるって事なの?」

「だから! そういう事だから、双方が都合が良い日に連れてくるから、よろしく!」

「にゃっ!」

「うなっ!」

「お前らは返事しなくて良いから!」

 あああ、顔が赤くなってる気がする! 心なしか、ミミ達に生温かい視線を向けられている気がするぞ!?

 それでも取り敢えず、言うべきことは言ったと安堵していると、父さんが余計な事を言い出した。


「そういう事なら太郎、さっさとその人に電話しろ」

「は? 何でだよ?」

「俺達は気楽な無職生活だしな。相手の人は、働いているんだろう?」

「ああ。普通にな」

「だからそちらの休みに合わせて、来れば良い。俺達は幾らでも都合を合わせるから」

「それをお話ししつつ、まず電話でご挨拶をしないとね」

 にこにこと笑いながら話を進める両親に、俺は盛大に待ったをかけた。


「いやいやいや、いつでも大丈夫って事は、俺がちゃんと後で連絡するから!」

「後でするなら、今しても構わないよな?」

「そうよね?」

「な~っ、にゃっ!」

「みゃう~!」

「とにかく! 佳代にはちゃんと会わせるし、話もさせるから! 取り敢えず放っておいてくれ!」

「あら、佳代さんって言うの」

「楽しみだな。彼女を連れて来るのをすっ飛ばして、嫁さんを連れて来たか」

「まだ連れて来てないから! 日本語がおかしいぞ!」

 どう見ても面白がっているとしか思えない二人と二匹に言い聞かせ、その場は何とか話を終わらせる事に成功した。

 

「全く……。昼間に話をしてから、父さんと母さんだけじゃなくてミミとハナまで俺に纏わりついて、ゆっくり電話もかけられない」

 日中は何とか追及をやり過ごし、俺は風呂場にスマホを持ち込んで電話をかけ始めた。ぐったりとして、半分だけ開けた風呂の蓋に肘をつきながら応答を待ち、電話に出たのを確認して声をかける。


「はい」

「あ、佳代? 俺だけど」

「どうかしたの?」

「どうかしたのって……。今、俺が実家に帰ってるのを知ってるだろ?」

「あ、忘れてた」

「あのな……」

 あっさりと切り返されて、俺の疲労感は倍増した。

 今度実家に行く時に、佳代の事を話してくると言っておいたのにこの仕打ち……。ちょっと酷くないか? 少しは反応を気にするとか。


「うにゃあ~ん!」

「なぁ~、にゃあぁ~!」

 そこでいつの間にか脱衣所に入り込んだらしいミミとハナが、風呂場との仕切りである半透明のガラス戸の前で、揃って鳴き声を上げ始めた。

 絶対、両親が入れやがったな。後で文句を言ってやる。

 そう思いながらも、俺は佳代との会話の方に意識を向けた。


「それでだな。一応、佳代の事を両親に話したら、いつでも俺達の都合が良い日に来てくれとさ」

「それは助かるわ。夏休みを使わなくても、普通の休日で大丈夫そうね」

「平然としているな」

「緊張するのは、直に顔を合わせる三十秒前からで良いでしょう?」

「お前の、その豪胆さ……。何か、母さんと通じるものがありそうな気がする」

「そう?」

「にゃうっ!」

「みゃあ~ん!」

 まあ、物事に動じないのは、良い事だと重いんだけどな。

 しかしそんな佳代でも、電話越しに聞こえる音に違和感を感じたらしい。


「……何か変な音が聞こえない? それになんか、聞こえ方がいつもと違う感じがするし。どこで電話をしてるの?」

「風呂場」

「え? まさかお風呂に入りながら、電話してるの?」

「色々あって、落ち着かなくてな。俺の部屋に鍵が無いんだよ」

「にゃにゃあ~ん!」

「なぁ~っ!」

 そこで相手にして貰えないミミ達が焦れたのか、戸を軽く引っ掻きながら声高に叫んできたが、無視だ、無視! こっちは風呂の真っ最中なんだぞ! 遊んでいられるか!

 こちらのそんな状況など全く分からない佳代が、冷静に指摘してくる。 


「わざわざお風呂で電話しなくても、トイレなら鍵がかかるわよね?」

「狭い所に籠もって、こそこそ電話をするのは嫌だ」

「……相変わらず、面倒くさいわね」

「悪かったな。それでだな」

「にぎゃーっ!」

「きしゃーっ!」

 溜め息を吐かれてちょっと苛ついたが、ここでミミ達が暴挙に出た。この間俺に丸無視されたのが気に入らなかったのか、怒りの声を上げながらガラス戸に向かって体当たりを始めたのだ。


「おっ、おい、お前ら! 何やってるんだよ!? 体当たりなんかしたら、幾ら強化ガラスでも割れ、うおあぁあっ! 俺のスマホがぁぁ――っ!!」

「みゃっ?」

「うにゃ?」

「うっ、うあぁぁっ! 傷は浅いぞ、しっかりしろ! 気を確かに持て!!」

 かなりの勢いと振動を察知した俺は、慌てて出入り口に視線を向けながら立ち上がったが、その時に手を滑らせ、湯の中にスマホを落としてしまった。

 当然、悲鳴を上げる俺。俺の剣幕に、ガラス戸の向こうで動きを止めるミミとハナ。

 そして俺が必死の形相で浴槽の底に沈んだスマホを拾い上げている間に、父さんと母さんが血相を変えて脱衣所に駆け込んで来た。


「どうした、太郎!」

「ミミとハナが怪我でも……、あら、元気ね」

「俺のスマホが水没した!!」

「…………」

 タオルで身体の前を隠しながら、涙目で沈黙したスマホを突き出して見せた俺に、周囲の反応は冷たかった。


「風呂にスマホなんか持ち込むな。自業自得だ」

「大騒ぎする事じゃないでしょう。さあ、ミミ、ハナ。騒いでいないで、そろそろ寝ましょう」

「にゃっ」

「みゃあ~」

「おっ、お前ら……。一体、誰のせいだと……」

 何事も無かったかのように悠然と歩き去る、二人と二匹。

 がっくりと肩を落としながら、一応タオルで水分をふき取ってみたものの、生活防水処理はしてあるスマホでもさすがに完全水没は機能的にきつかったらしく、永遠に沈黙した。


「……それで? 昨日、いきなり通話が途切れた事情は分かったけど、それ以降、二十時間以上全く音沙汰無しだったのは、どういう事情なのかしら? 実家には固定電話やPCはあるのよね?」

 一泊二日の予定通り、実家から自分のマンションに戻った俺は、まず真っ先に佳代に電話をかけた。そして昨夜からの事情説明をすると、冷静な声で問い返される。


「いや、その……。いつも短縮でかけているから、電話番号を正確に暗記していなくてだな……。アドレスも……」

「はぁ? どこかに控えてないわけ?」

「その……、スマホに登録している他に、控えてあるアドレス帳はあるんだが……」

 呆れ声での指摘に恐る恐る言葉を返すと、佳代の平坦な声が返ってくる。


「自分のマンションに置きっぱなしで実家に行ったので、戻るまで私の連絡先が全く分からなかったと。なるほど、そういう事だったのね。音信不通だった理由が、良~っく分かったわ」

「そ、そうか……、それは良かっ」

「婚約者の連絡先位、暗記しておくのは礼儀よね?」

「……はい」

 安堵しかけたのも束の間、強い口調で断言された俺は、何も言い返せずに項垂れた。

 確かに佳代の連絡先を暗記していなかったのは全面的に俺の落ち度だが、スマホがあの世逝きになったのは、半分はミミとハナのせいだぞ!?

 それから暫くの間、俺は佳代と顔を合わせる度、彼女の連絡先に留まらず、職場や実家の連絡先を暗唱させられる羽目になり、数多くの駄目出しを食らう事になった。



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