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反省

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.12.17~2019.01.06まで掲載後、こちらに再収載した物です。

 ミミが死んだ事を告げた後、翔は傍目には特に変わらず過ごし、俺も仕事に忙殺されて数日後にはその事を忘れてしまっていた。

年末年始休暇に入り、実家に出向く時になって漸くその事を思い出したが、翔は勿論、縁も全くいつも通りだった。


「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは!」

「じぃじ、ばぁば~」

「おう、翔も縁もよく来たな」

「美味しいものを、たくさん用意しておいたわよ?」

いつも通り両親が玄関で出迎えてくれたものの、そこに居るはずのハナがいなかったので、何気なく尋ねる。


「あれ? ハナは? 寝てるのか?」

「リビングにいるわ」

「そうか」

 そのまま幾つかの世間話をしているうちに、翔と縁はさっさと玄関から上がり込み、コートを脱いで奥へと進んだ。


「ハナ、こんにちは! 何してるの?」

「ねこしゃ~!」

「…………」 

 二人が脱ぎ捨てたコートを佳世と一緒に拾い上げてリビングに入ると、掃き出し窓の前に座っているハナに、翔達が話しかけているところだった。しかし二人に呼びかけられても当のハナは微動だにせず、無言で庭を凝視していた。するとその視線を追った翔が、再び動き出す。


「おにわを見てるの? あ、そうだ。ミミにあいさつしにいかなきゃ! 縁、いくよ!」

「うん!」

「おい、こら待て、お前達!」

「上着を脱いだばかりで、そのまま行かないで! ちゃんと着て!」

二人がそのまま外に出て行こうとするのを俺達は慌てて引き止め、再びコートを着せて外に出た。両親も苦笑いしながら一緒に家の外壁を回り込み、家の裏に広がる庭へと向かう。


「おじいちゃん、ここ?」

「ああ。そこにミミを埋めたからな」

「わかった」

 翔は覚えていたらしい栗の木にまっすぐ歩み寄り、父さんに確認を入れると、ここまで慎重に手を引いて連れて来た縁に向かって、真顔で言い聞かせた。


「縁、ここがミミのおはかだよ。わかる? お耳がちょっとペタンとなってたねこ」

「うん、み~」

「じゃあここで、いっしょになむなむしようね?」

「うん、なむなむ~」

 翔が木の根元に向かって両手を合わせて軽く頭を下げると、兄が大好きな縁はその真似をして両手を合わせた。そして再び頭を上げた翔が、縁に説明を続ける。


「縁、ミミはこの木になったからね。秋になったら、おいしいくりをくれるよ?」

「おいしい?」

「そう、おいしいくりごはん」

「わ~い!」

 翔の話を聞いた縁が満面の笑みで万歳をしたが、俺は思わず突っ込みを入れた。


「翔、ちょっと待て。ミミは土葬じゃなくて火葬にしてから埋葬したし、大して木の栄養にはなっていないぞ?」

 その途端翔が背後を振り返り、年には似合わない冷めた視線を俺に向けてくる。


「ぶっしつ的ないみじゃなくて、せいしん的ないみだよ。大人なんだから、それくらいわかって」

「…………分かった」

「よし。じゃあ次は、ハナにちゃんとあいさつするよ」

「うん! は~ちゃ!」

どうやら挨拶をやり直すらしい二人は、再び手を繋いで元気良く家の中に向かった。それを見送りながら、両親が呆れ気味の視線を向けてくる。


「太郎……。お前、幼稚園児に言い負かされるとはな……」

「最近の子供は、難しい言い回しをするのねぇ……」

「…………」 

 もうすっかり立場を無くした俺は、肩身の狭い思いをしながら家の中に入った。


「縁、ハナはおばあちゃんだから、たたいたり引っぱったりしたらダメだよ? やさしくね?」

「なでなで~」

「うん、そうそう」

「うにゃあ~ぅ」

再度リビングに入ると、既に翔と縁がハナの左右に陣取り、構い倒していた。

 とは言っても翔の指導の下、無理に抱き付いたり押し潰したりなどせず、抱っこしたり身体を撫でたりするだけで、ハナも微妙に嫌そうな気配を醸し出しつつも、おとなしく従っている。昔はミミに任せきりで、翔の相手なんかしなかった事を思うと、あいつも相当年を取ったなと少々切なくなった。

その時はハナがおとなしくなったと思っただけだったが、次に春に実家に出向いた時、その姿に衝撃を受ける事となった。


 ※※※


「あれ? おばあちゃん、ハナは何をつけてるの?」

 いつも通りリビングに入ってハナと対面すると、その尻に見慣れない物が付いていた為、翔が不思議そうに尋ねた。すると母さんが苦笑気味に答える。


「ああ、あれね。ハナは翔君達にこの前会った後、トイレの場所が良く分からなくなっちゃったみたいなの。それであちこちでおしっこやうんちをしないように、猫用のオムツをするようになったのよ」

「縁はオムツをしなくても良くなったのに、猫はお年よりになるとオムツをするんだ……」

「猫だけじゃなくて、人間だってそうだぞ?」

「え?」

 父さんの台詞に、翔が目を丸くして二人を見上げる。


「そうねぇ。おばあちゃん達はまだ大丈夫だけど、もっとお年寄りになったら、ハナと同じようにオムツをするようになるかもしれないわね」

「……ほんとうに?」

「そうよ」

 どうやらその話に相当衝撃を受けたらしい翔は、固まったまま何回か瞬きした。しかし少し難しい顔で考え込んでから、両親に向かって深く頷く。


「うん、分かった。小さいときにおせわになったし。こんどは翔が、おじいちゃんとおばあちゃんのオムツをかえてあげる」

 そんな事を真顔で言われた父さん達は、本気で嬉しそうな顔になった。


「あら嬉しいこと。それじゃあ手始めに、もう少ししたらハナのオムツを替えてくれる?」

「できるよ。縁のオムツをかえたことあるし」

「頼もしいわね。じゃあ後から教えるわ」

「本当に翔は、太郎より頼りになるな」

「……悪かったな」

 自分の横で一連のやり取りを見ていた佳代が笑いを堪えているのは分かったが、どうにも弁解しようがないのでそれ以上何も言わなかった。

 それで翔達がハナに構っているのを横目で見ながらソファーに移動し、四人でお茶を飲みながら声を潜めて話し出す。


「ところで、ハナはそんなに悪いのか?」

 その問いかけに、父さんが困惑気味に応じる。

「悪いと言うか……、ミミが死んで一匹になったら、一気にきたという感じだな」

「昼夜構わず家の中を徘徊するし、そうかと思えば丸一日以上寝ていたりするし」

「食事もな。食べた後にすぐ催促してきて、出さないと暴れるし」

「でも食べさせると、後で吐いたりしているから」

「それは大変ですね」

 佳代が思わず口に出すと、両親は苦笑を深めた。


「だが、ハナとは長い付き合いだからな」

「お医者様からも粗相をしても怒ったりしないで、優しく接してあげてくださいと言われているしね」

 俺はそれを聞いた時、こうなると人間と同じだなと思ったが、口には出さなかった。


 ※※※


「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは!」

「こんにちは~!」

 夏になり、また一家揃って実家を訪れると、やはり玄関で出迎えてくれたのは両親だけだった。


「おい、二人ともまた大きくなったな」

「いらっしゃい、縁ちゃんもお喋りが上手になったわね」

「ハナはどこ?」

「自分の寝床にいるぞ。寝ていたら起こさないようにな」

「うん。じゃあ縁、行くよ?」

「うん、いこ~!」

 元気一杯で上がり込み、奥に向かって突進していった翔達だったが、この間でハナに無茶な事はしない事は分かっていた為、俺は上がり口に荷物を下ろしながら見送った。


「毎日暑くて堪らないな。二人とも、熱中症には気を付けろよ?」

「それは十分、気を付けているわ」

「ハナは室内で生活していると思いますけど、それでも辛そうですか?」

「あまり寒暖差は感じていないのかもしれないな。勿論、エアコンで室内の温度は完璧に調節してはいるが」

「そもそも、最近は寝ている事の方が多くてね」

「そうか」

 そんな会話をしながら、何とも言えない顔でリビングに向かうと、その片隅に置いてあるハナの寝床を覗き込みながら、翔が縁に言い聞かせていた。


「縁、やさしくなでなでだよ? オムツしてるから、赤ちゃんと同じ。パンツの縁のほうが、おねえさんだからね?」

「うん、ゆかり、おねーちゃん! パンツ!」

「なぉ~ぅ」

 どうやらハナは起きていたらしく、上機嫌に自分の頭を撫でている縁を邪険にする事無く、うずくまったままだったが相手をしてくれているらしかった。

 この時は三日を過ごしたが終始ハナは動かず、翔と縁は一方的に話しかけたり、抱っこしたり撫でたりして、穏やかに時間が過ぎていった。


 ※※※


 厳しい残暑が漸く治まり、過ごしやすい時期になった頃、夕食を食べ終えたタイミングで俺は佳代から声をかけられた。

「太郎。お義母さんから電話だけど」

「ああ、分かった」

 固定電話にかかってきたそれを佳代から引き継ぎ、こちらは殆ど黙って話を聞き終えると、佳代が幾分心配そうに尋ねてきた。


「お義母さんの話は何だったの?」

「ハナが死んだそうだ」

 端的に告げたが、夏に訪れた時の様子を見て、佳代はある程度予想はしていたらしい。

「そう……。去年ミミが死んだ時期と、殆ど変わらないわね。それでどうするの?」

「翔と縁に話してくる」

「お願いね」

 どこかほっとした様子の佳代に背を向け、俺は子供部屋へと向かった。

 ミミの時も気は進まなかったが、やはり俺が伝えるべきだろうと思ったからだ。


「翔、縁。ちょっといいか?」

「いいよ」

「なに、パパ?」

 子供達と向かい合ってカーペットの上に座り込んだが、咄嗟に旨い言葉が出てこない。 


「あのな……。お前達に、知らせる事があるんだが……」

「だから何?」

「なに~?」

「その……、夏におじいちゃん達の家に行った時、ハナがおばあちゃんになってただろう?」

「…………」

「ゆかり、おねーちゃん」

 どう説明したものかと悩みながらそう口にした瞬間、不思議そうな顔をしていた翔が表情を消し、縁が嬉々として応じた。


「……うん、そうだな。それでだな、今度おじいちゃんの家に行っても、そのハナに会えなくなったんだ」

「おでかけ?」

「ええと…、まあ、そうなんだが……」

 不思議そうに首を傾げた縁を見て、俺は進退窮まった思いだった。しかしここで、翔が冷静に口を挟んでくる。


「縁。ハナはてんごくに、お出かけしたんだよ」

「てんごく?」

「そう。ミミ、あのくりの木の下、はいったよね?」

「うん」

「だから、ミミとおなじ。あそこに、てんごくへの道があるんだ」

「…………」

 翔! お前、いきなり何を言い出す!?

 本気で動揺した俺が言葉を失っている間に、翔は冷静に説明を続けた。

 そして絵本か何かで「天国」という言葉を知っていたらしい縁は、一瞬きょとんとした顔になってから、みるみる涙目になってくる。 


「……いつ、くる?」

「もう、もどらないよ」

「なでなで……」

「できないよ。むり」

「あ、あのな、縁」

「やだぁ――――っ! だっこぉ――! なでなでぇ――っ! うわぁあぁ――!」

「うわ! ちょっと待て! 縁、落ち着け!」

「……ママ、よんでくる」

 きっぱりと断言された縁はその途端に号泣し、それを見て俺が狼狽するのをよそに、翔が立ち上がってドアに向かった。しかし翔が呼びに行くまでもなく、騒ぎを聞きつけた佳代が部屋に飛び込んで来る。


「ちょっと太郎! どうしてこんなに縁を泣かせてるのよ!?」

「俺は泣かせてないぞ!」

 俺は慎重に言葉を選んでいたのに、理不尽過ぎる!

 しかも翔は、さっさと一人だけ部屋を離れるし!

 挙句の果て、佳代から「ちょっと部屋から出て行って」と追い払われるわで、俺は向かっ腹を立てながら風呂に入った。

 風呂で身体はさっぱりしたものの、まだ多少ムカムカしながらリビングに顔を出すと、佳代が心なしかぐったりした様子で、ソファーに座って珈琲を飲んでいた。

 

「佳代、縁はもう寝たのか?」

「何とか落ち着かせたわ。翔も一緒に寝たし。一晩位、お風呂に入らなくても大丈夫よ」

「そうか。それにしても、翔は随分無神経な奴だな。ハナが死んだって事を教える為に、あんな冷たい言い方をしなくてもいいだろうが。本当に、何も考えていないらしいな。まあ、ガキだから仕方が無いんだろうが」

 佳代の向かい側に乱暴に腰を下ろしながら悪態を吐くと、佳代は俺に賛同するどころか睨み付けるようにして言い返してきた。


「ちょっと太郎。翔に面と向かって、そんな事を言わないでよ?」

「あ? 何でだよ?」

「太郎は気が付いていないだろうけど、翔はミミが死んだって聞いて少し経ってから、出かける時と帰って来た時、ミミ達と一緒に写った写真に向かって『いってきます』と『ただいま』って言ってるのよ」

 怖い位真剣な顔でそんな事を言われたが、咄嗟に意味が分からなかった俺は本気で面食らった。


「は? どうして翔はそんな事をしてるんだ?」

「それまではそんな事をしていなかったから、私も不思議に思って翔に聞いてみたの。そうしたら『もうおじいちゃんのいえに行っても、ミミに「こんにちは」と「さようなら」が言えないから、ここで「いってきます」と「ただいま」を言うことにした』って」

「……意味が良く分からんが」

「私達とは違う捉え方で、あの子は死ぬという事がどんな事かを考えて、自分なりに理解しているのよ。とにかく、考えなしって事じゃないんですからね! いい? 分かった? 間違っても、さっき言っていたような無神経な事を言わないでよ!?」

「…………ああ」

 どうして俺が怒られる羽目になるのかと、理不尽な思いに駆られたものの、翔が自分なりに色々考えているらしい事は分かったので、余計な事は言わずに頷いておいた。


 それから数日後、偶々営業先に直接出向く為、家を出る時間がいつもより遅くなった朝に、俺は注意深く翔を観察してみた。


「翔、幼稚園のバスに遅れるわよ!」

「いまいく!」

 通園バッグを斜め掛けにした翔が、先に縁を連れて玄関に向かった佳代に声をかけてから、リビングの壁に設置してある棚に向かう。そしてそこに飾ってあるデジタルフォトフレームを少し触ってから、何事も無かったかのように部屋を出て行った。


「これか……」

 正直、俺に背中を向けていた翔が何をしていたのか、何を喋っていたのかは分からない。

 だがかかった時間から推察して、普段トップにしている一家四人の家族写真を変更させ、一度赤ん坊だった頃の自分とミミとハナのスリーショットに変更してから、再び元の画像に戻していたのだろう。

 確かに俺は、息子よりも考えなしな所があるらしいと、密かに反省しながらその日出勤した。



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