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大往生

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.11.30~12.16に掲載後、こちらに再収載した物です。

 秋も深まった頃、帰宅すると実家から栗が詰まった小さめの段ボール箱が送り付けられており、それを佳代から聞いた俺は、着替えを済ませた直後に電話をかけた。

「母さん、太郎だけど。栗届いたよ、ありがとう。結構あるけど、イガを剥くのが大変だったろう?」

 その問いかけに、母さんが笑いを含んだ声で返してくる。


「慣れれば大した事は無いし、去年も翔君が喜んでくれたから、お父さんが頑張ったから気にしないで」

「そうか。確かに栗ご飯が気に入って、お礼の電話をしていたな。……そう言えば最近、猫達の様子はどうなんだ?」

 そこでリビングに隣接したキッチンにいる佳代と翔に聞こえないように、声を潜めて問いかけると、向こうも反射的に小声になりながら応じる。


「相変わらずね。ハナも滅多に外には出なくなったし」

「これから寒くなるし、猫の出入口はちゃんと閉じておけよ?」

「それはもう済ませてあるから大丈夫よ」

「それから良いが……。ああ、今年も年末年始のどこかで顔を出すから」

 ついでに思い出した事を口にしてみると、母さんが平然と言葉を返してくる。


「私達はいつでも良いわよ? どこにも出掛ける予定は無いし」

「それは分かっているけど、一応な。それじゃあ詳しい日付は、十二月に入ったら連絡する」

「そうして頂戴。それじゃあね」

「ああ」

 そこで話を終わらせて何気なくキッチンに目を向けると、楽しげな佳代達の声が聞こえてくる。


「じゃあ今夜のうちに準備をしておくから、明日は栗ご飯にするわね」

「やったー!」

「翔、俺から礼を言っておいたが、冬におじいちゃんの家に顔を出した時に、お前もちゃんとお礼を言うんだぞ?」

「うん、分かった!」

 俺の台詞にも翔は上機嫌に応じ、それからの話題は翌日の栗ご飯の事のみになった。


 ※※※


 何かと慌ただしい十二月に入り、泊まりがけの出張から帰って来ると、リビングで待ち構えていた佳代が真顔で言い出した。

「お帰りなさい。太郎、疲れているところ悪いけど、ちょっと話しておきたい事があるんだけど」

「何だよ? さっさと風呂に入って寝たいんだが」

 疲れているのに明日じゃ駄目なのかと言う空気を醸し出しながら、俺がソファーに乱暴にコートと上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外したが、佳代は構わずに話を続けた。


「昨日、お義母さんから連絡が来たの。太郎が出張中だと話したら、戻ったら伝えて欲しいと言われたんだけど」

「だから何を?」

「ミミが昨日死んで、今日火葬にしたそうよ」

「…………は?」

 言われた言葉がすんなり頭に入らず、俺は動きを止めて佳代を凝視した。そんな俺を見ながら、佳代が冷静に話を続ける。


「昨日の朝に寝床から起きてこなくて、声をかけても無反応で、その時点で脈も止まっていたらしいわ」

「マジで、眠るように死んだって?」

「お義母さんの話ではそうなの。異常を感じたらしいハナが、暫く背後から脚を回してミミに抱き付いて離れなかったけど、体温が下がって冷たくなったらさすがに死んだと察して離れたらしいわ。それから一応、獣医さんの所に連れて行ったそうよ。そこできちんと死亡が確認されたって」

「やっぱり、老衰って事か」

 最近は、ペットでも人間と同じように心臓病とか糖尿病に罹患して死ぬ場合もあるらしいし、寄生虫とかで死ぬ事もあるって聞くからな。人間じゃないが、大往生って奴なんじゃ無いだろうか。

 最後まで面倒をかけない奴だったなとしみじみ考える中、佳代の話は続いた。


「獣医さんの話では、変に病気にならずに済んで良かったらしいわ」

「良かったとか悪かったとかの話じゃないと思うがな……。大丈夫なのか、その獣医」

「それで、動物病院とか火葬場にミミだけ連れて行こうとしたら、ハナがまとわりついてお義父さん達から離れなかったみたい。仕方がなくて、一緒に連れて行ったそうよ」

「生まれた時から、ずっと二匹一緒だったからな……。猫でも、色々感じるものはあるんだろうな」

「それで、これがお義母さんから、諸々の説明き添付されてきた写真なの」

 しんみりした気持ちで、佳代のスマホに入っている画像を見せて貰った。

 そこにはミミの寝床に無理やり入り込み、横向きに寝ているミミの背後から抱き付くようにしているハナの写真。小さなペット用の棺桶に収まるミミの周囲に、花が並べられている写真。父さんが、どうやら骨と言うか灰を集めている写真。最後に何かの木の根元に穴を掘り、それを埋めている写真があった。


「これ……、遺骨と言うほど原形は残っていないが、庭の栗の木の根元に埋めたのか?」

 周りの様子から察しを付けると、佳代が軽く頷く。


「ええ。お墓代わりにするそうよ。それでね。どうしようかと思って」

「何を?」

「まだ翔に、何も言って無いのよ」

 そんな事を困り顔で言われた俺の顔が、盛大に引き攣った。


「……まさか出張から戻って来たばかりの俺に、翔に説明しろとか言うのか?」

「まさか、そんな事は言わないわよ。もう翔は寝ているから、明日説明してくれれば良いわ」

「どのみち俺が話すのか!?」

「だって太郎の実家の飼い猫だし、私達より遥かに付き合いが長いんだから当然よね?」

「いや、ちょっと待て。おかしいだろ? 翔と接する時間は、お前の方が遥かに長いだろうが?」

「父と息子のそんな疎遠な関係を濃密にする、またとない機会よ。人生とは何か、二人で熱く深く語り合って頂戴。止めないから」

「いや、それは絶対、単に自分が嫌な事を、俺に押し付けているだけだよな!?」

 それから俺達の不毛な押し付けあいの論争は三十分程続き、結局俺は口では佳代に勝てない事を、再認識する羽目になった。



 翌日、出張明けと言う事もあり、早く帰宅できた俺は、家族全員で夕食を食べてから、佳代に尻を叩かれて子供部屋に向かった。

「翔。ちょっと話があるんだが、構わないか?」

 ドアを開けて顔を覗かせると、ブロックで遊んでいた翔が縁に言い聞かせる。


「いいよ。縁、ちょっと一人で遊んでいてくれる?」

「うん!」

「じゃあ縁があきるまでに、さっさと話をおわらせてくれる?」

「……ああ」

 そして男同士向かい合って座り、俺はまだ小さい翔にどう言い聞かせたものかと迷いながら口を開いた。


「その……、何だ。誰でも、運命とか宿命とかは持っているもので、それで人生が決まっているようなものなんだな……。生憎と、予めそれを知ることができないのが、とても厄介なんだが……」

「……だから?」

 翔。何やら、ものすごく胡散臭そうな目で見るのは止めてくれないかな?

 お父さん、結構心理的ダメージを受けるんだが……。


「勿論、それは人間に限らず、地球上に生きとし生けるものは全て、同じことが言えるんだが……」

「…………それで?」

「いや、その……、ちょっと言いにくいんだが……」

(さっきから、何をぐだぐた言ってるのよ!)

 翔が益々冷たい眼差しを向けてくるのに加えて、ドアの隙間からこちらを覗き込んでいる佳代が、怒りのオーラを放っているのは分かるが、俺にどうしろって言うんだよ!?

 内心でキレかけた俺だったが、そこで翔があっさり核心に触れた。


「ようするに、パパはミミがしんじゃったって言いたいの?」

「……ああ。簡単に言えばそう言う事だが、どうして分かった?」

「なつにおじいちゃんちに行ったとき、おとしよりだし弱ってるって言ってたよね?」

「それはそうだが……」

 おい、凄く淡々としてないか?

 本当に、死んだ意味が分かってるのか?

 あれだけなついていたのに、悲しくないのか?

 俺は頭の中で色々な考えを巡らせていたが、当の本人は見る限り平常運転だった。


「人がしんだらおそうしきをするけど、猫はしないのかな?」

「ええと……、ちゃんと花で飾って火葬したらしいぞ。母さんが写真を送ってきた」

「見せてもらっていい?」

「ああ」

 そこで佳代から俺のスマホに移して貰ったデータを見せると、翔は深く頷いて納得したようだった。


「猫さんのかんおけってあるんだね。人間用しかないとおもってた」

 突っ込む所はそこかよ!?

 正直そう思った俺だったが、そのまま話を続けた。


「今は、色々な動物用の物が揃っているらしいな。それによって焼却時の燃焼温度や時間も替えるらしいし」

「これ、おにわの木の下に、ほねや灰をうめてるの?」

「ああ。栗の木の所だな」

「そう……。そこがミミのおはかだね。こんどいった時に、おはか参りするよ。ところで、これで話はおわり?」

「そうだが……」

「じゃあもういいよね。縁、おまたせ。またいっしょにあそぼう」

「うん、にいに~」

「…………」

 そして予想に反して最後まで冷静に話を終わらせた翔は、笑顔で縁に向き直って再び一緒に遊び始めた。

 それに納得しかねた俺だったが、ドアの向こうから佳代が手招きしているのを見て、そのまま何も言わずに部屋を出た。


「太郎、お疲れ様」

 その労いの言葉に、俺は憮然としながら言い返す。


「何だか拍子抜けだな。もっと大泣きするかと思っていたのに」

「確かに、少しは動揺するかと思っていたけど、冷静よね。助かった事は助かったけど」

「意外に薄情な奴だったんだな。あんなになついて、散々遊び相手をして貰っていたのに」

「まだ子供だから、それは仕方がないんじゃない?」

「それはそうかもしれないがな……。少しミミが気の毒になってきた」

「ちょっと、今になって泣かないでよ」

 不覚にも涙が浮かんできて、佳代に慰められる事になってしまったが、実は俺達が考えている以上に、翔には色々と思うところがあったらしい。

 俺達がそれを知るのは、それから更に一年以上が経過してからだった。


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