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二匹との出会い

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.04.28〜05.11に掲載後、こちらに再収載したものです。

大学が冬休みに突入し、一人暮らしのマンションから何ヶ月ぶりで帰省すると、実家のリビングの片隅に、見慣れない物体が存在していた。


「ただいま…………。え? 何だ? この毛玉」

 それに近づいて上から覗き込むと、ただの物体では無くて生物だった。


「……猫、だよな?」

 ふかふかのタオルケットを内側に敷いた籠の中に、微動だにせず、身を寄せ合う毛玉が二つ。纏めて両手ですくい上げられそうなサイズの子猫が二匹、顔を上げ、その小さな目で自分を凝視しているのに戸惑う。


「太郎、お帰りなさい。お茶を淹れたから飲まない?」

 そこで母さんが現れたのを幸い、早速事の次第を尋ねてみた。


「母さん、この猫はどうしたんだ?」

「一昨日、お父さんが病院で貰って来たのよ。患者さんのお宅でたくさん産まれて、貰い手を探していたんですって」

 耳鼻科の開業医である父は、確かにこれまでにも付き合いのある患者さん達から、色々と貰ってはきているが……。


「確かにニャンコが死んでからは、うちに猫はいないけど……。どうして一度に、二匹も貰ってくるかな? 一匹で良いじゃないか」

「二匹だと、すっきり収まるからじゃない?」

「は? 何、それ? 何がすっきり収まるって言うんだ?」

 全く意味が分からなくて戸惑ったが、母さんは淡々と説明を続けた。


「その子達は両方雌でね、名前は片方の耳がちょっと折れている方が『ミミ』で、鼻の周りが白い方が『ハナ』なのよ」

「もう名前を付けてあるんだ。産まれた家で付けたの?」

「ううん、お父さんが病院で貰ったから、そう付けたの」

 話が逸れた上に、余計に意味が分からなくなった。


「ごめん、益々意味が分からない」

「だから、『耳鼻科』で貰ったから『ミミ』と『ハナ』になったの。ほら、両方使っているでしょう?」

 大真面目にそんな事を言われて、俺は一瞬思考が停止した。


「………………マジ?」

「勿論よ」

 一応確認を入れてみたが、真顔で母さんに頷かれてしまった俺は、もう溜め息しか出なかった。


「前の猫も、とうとう死ぬまで名前が『ニャンコ』のままだったし、長男だからって平気で俺の名前を『太郎』にする親父だからな……。父さんのネーミングセンスが微妙なのは今に始まった事じゃないし、それをおかしいと思ったら、母さんだって結婚歴何十年になってないよな……」

「何をブツブツ言ってるのよ。それより、何か変わった事は無かった? ちゃんと食べているんでしょうね」

 自分自身に言い聞かせながら、俺はソファーに座ってお茶を飲んだ。そして母さんと幾つか近況を話し合ってから腰を上げたが、ふと猫達の方に視線を向けて首を傾げた。


「母さん。あの猫達、寒いのかな? さっきからおしくらまんじゅう並みに二匹がぴったりくっ付いて、微動だにしないんだけど? 鳴きもしないし」

「急に母猫や兄弟と引き離されて来たから、まだここに慣れなくて怖がっているのかもね。餌や水は取っているから大丈夫でしょう」

「そう?」

「特に今日は、新しい見慣れない人間が来ちゃったしね」

「……得体の知れない人間で悪かったな」

 確かに昔、ニャンコが家に来た時は、もっと大きかった気がするなと思いながら、俺は再び籠に歩み寄り、屈んでその中を覗き込んだ。


「改めて、よろしく。新入り。言っておくがこの家の家族歴は、お前達より俺の方が、はるかに長いんだからな?」

「…………」

 笑いかけながらそう声をかけたものの、相手からは全く返答は無く、僅かに怯えが見える目で見上げられただけだった。


 翌日になると猫達も幾らかは慣れたようで、リビングに人が入って来ると、その動きを目で追うようになっていた。それに餌をくれる人間は、やはり一番先に認識したらしく、俺に対しては全く警戒心を解いていないが、母さんに対しては「みゃあ~」とか細い声で鳴いてアピールしている。

 それを楽しく観察しながら、俺はそろそろ猫用のおもちゃを調達して遊んでやろうかと、密かに算段を立てていた。


「ただいま」

「お帰りなさい」

 親父の車でショッピングセンターまで行き、猫用グッズを色々買って来たが、肝心のミミとハナが籠の中にいなかった。


「母さん、猫は? 他の部屋にいるの?」

 台所にいた母さんに尋ねてみると、予想外の答えが返ってくる。


「テレビ台じゃないかしら?」

「は? テレビ台? 何で?」

「最近、そこら辺がお気に入りなのよ。デッキが熱を持っていて温かいから」

「本当かよ?」

 半信半疑でリビングに戻った俺は、テレビ台を覗き込んで呆れた。


「……本当だ」

 DVDレコーダーとラックの棚板の隙間に収まって丸まっている、小さな猫の耳が軽く折れているのを見て取り、俺は声をかけてみた。


「お前、ミミだよな? ハナはどうした?」

 すると丸まっていたミミは顔を上げ、不思議そうに俺を見返しながら「みゃあ~」と小さく鳴いてきたが、当然意味が分かるわけもない。すると遅れてリビングにやってきた母さんが、ハナの所在を教えてくれた。


「あ、居たわよ。ほら、延長コードを見て」

「延長コード?」

 母さんが指で指し示した先を見て、再び唖然とした。横にコンセントが複数並ぶ延長コードに、テレビやレコーダーの線が複数連結されているが、そこの空いているスペースに丸まって寝ているハナを発見したからだ。


「お前……、下手すると感電死するぞ?」

 呆れながら声をかけたが、ハナは全く起きる気配が無い。そんなハナを見て、母さんは苦笑した。


「本当にこの子達、温かい所を探すのが得意なのよ。日当たりの良い日は窓際にいるし、蛸足の所はほのかにちょうど良い感じで、熱を持っているのかしらね」

「ふぅん?」

 そこで夕飯の支度をしていた母さんは台所に戻り、俺は屈み込んでしげしげとハナを見下ろした。


「しかし、気持ちよさそうに寝てるよな……。お~い、お前達のオモチャを買って来たぞ?」

「…………」

「完全無視か。良い度胸だ」

 呼びかけても無反応であり、正直少し腹が立った。と同時に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。

 そこで俺は、ソファーに行って荷物を起き、手元にあった煙草を吸い始めた。そして吸い込んだ息を吐かずに止めたままハナに歩み寄る。


 さあ、どうかな?


 からかう気満々で反応を楽しみにしつつ、眠っているハナめがけて息を吹きかけてみた。


「みゅにゃあぁ~っ!」

「うおっと」

 よほど嫌だったのか、途端に素早く身体を起こして俺と目を合わせたハナは、悲鳴じみた鳴き声を上げて一目散に逃げ出した。


「な~っ! にゅにぃにゃ~っ!」

「おい、悪かったよ。もう何もしないから、ちょっと落ち着け」

 パニックを起こして部屋の隅に向かったハナは、俺から自分の姿を隠そうとあちこち物陰を走り回る。それを見て、怪我をしたら困るなと思っていると、鳴き声を聞きつけた母さんが顔を見せた。


「騒がしいけど、どうかしたの?」

「ぐっすり寝ているから、ちょっとハナに煙草の煙をかけて驚かせてみたら、もの凄く嫌がられた」

「何をやってるの。怖がらせたんじゃない?」

「うん、相当ビビって逃げた」

「逃げた、じゃ無いでしょう。全く。どこに行ったの? ハナ~!」

 母さんと話している間に物音がしなくなり、ハナの姿が完璧に視界から消えた。その為、呆れ顔の母さんと一緒に、リビングの隙間をあちこち覗き込んでみる。


「……母さん、いた」

「どこに?」

「ここ」

「あらあら」

 いつの間にかハナは、ミミが潜り込んでいたテレビ台の隙間に入り込み、姉妹で一塊になっていた。それを見た母さんが笑う。


「ハナったら、絶対ミミに、太郎の事を『危険人物だから近寄るな』と吹き込んでいるわよ? 反省しなさい」

「へ~い」

 確かに悪ふざけが過ぎたとは思ったので、夕飯の時に機嫌を取ってみる事にした。


「ミミ、ハナ~。餌だぞ~」

「…………」

 さっきから二匹揃って籠もったままのDVDレコーダーの前で、餌入りの皿を見せながら何度か声をかけてみたが、全く反応が無かった。


「寄って来ないんだけど」

 一緒に来ていた両親に訴えると、父さんにさもありなんと言う顔付きで断言される。


「完全に不審者扱いだな。お前、猫達が食べ終わるまで、リビングから出ていろ」

「何だよ、れっきとした息子なのに、猫以下の扱いは」

「自業自得でしょう? ほら、さっさと出る」

「はいはい」

 母さんにまで追い払われ、正直ムカついたものの仕方が無いと諦めてリビングを出た。するとドア越しに、両親が猫のご機嫌を取る声が聞こえてくる。


「ミミ~、ハナ~、怖かったよな~? ほ~ら、変なおじさんは居ないぞ~?」

「は~い、今のうちに、食べてしまいましょうね~」

「何なんだよ、全く」

 猫よりぞんざいに扱われて面白い筈がなく、それから休暇の残りは特に猫達に構わずに過ぎ、向こうも俺から逃げ回っていたのか、猫の姿を見る事も無かった。

 そしてあっという間に、帰る日を迎えた。


「じゃあ行くよ。今度戻るのは春休みだな」

「気を付けてね」

「ちゃんと食えよ?」

「分かってるって。……お?」

 玄関で両親に挨拶していると、とことこと廊下の奥からミミがやって来て、母さんの足元に隠れるようにしながら俺を見上げた。


「ミミ、お前は見送りに来てくれたのか?」

「…………」

 全く声を発しないまま、俺を見上げるミミ。だが不審者を見る目では無かった、……と思いたい。


「まだまだ警戒されているみたいだな。ハナは姿を見せないし、今度帰る時は猫用の土産も用意するよ」

「そうしろ」

「二人のご機嫌を取らないとね」

 肩を竦めた俺を見て、両親は揃って苦笑いの表情になった。


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