98話 幽霊と未練 4
「おや、またお越しになられましたか。……もしやこの屋敷がお気に召しましたか?」
再度屋敷を尋ねると、門のところにやはり男が立っていた。
今日も屋敷を売るために一日中立ち続けているのか。
そう考えると、私は冷やかしの客以外の何物でも無く、ただただ申し訳が立たない。
「お嬢ちゃんも、このおうちが買ってもらえるといいね」
前言撤回だ。
この男はホープをだしにして屋敷を買わせる気でいる。
……気が変わった。
幽霊がいて安くなった物件だ。
これから幽霊が成仏するのであればその付加価値ならぬ負荷価値も取り下げられよう。
「……仕方ない。頭金だ」
鞄には私の全財産が入っている。
そして、経費だとばかりに紙の束と共にパウダー氏からはいくらか渡されていた。
男に金を手渡すと、意外そうな顔をして受け取る。
「……まさかこの屋敷を買う人が現れるとは」
「なんだ、あれだけ売り込みをかけていたのに冗談だったのか」
出した手を引っ込めようとする真似を見せると男は慌てて受け取った。
「まさか! お客様は慧眼であらせられるからきっとこの物件を気に入って下さると信じておりましたとも」
「幽霊が出るという物件を私が気に入ると思っていた、だと?」
「あっ……。め、滅相もございません! その……この広い屋敷でしたらお客様も気に入るという意味でして……」
「私とこの娘二人だけで住むのにか? 広すぎるとは思わんのか?」
男の顔の色が青く染まっていく。
と、からかうのもここまでにして今度こそ契約を交わす。
男から契約書を貰い、その場でサインをする。
男は血判のためのナイフすら用意していた。
よほどこの物件を即座に売り渡したかったようだ。
まあ事故物件のようなものだからな。
「別に私は幽霊がいようといまいと、この屋敷に対する気持ちは変わらん。だが、今後幽霊が出なくなれば、この屋敷の価値はまた上がるのか?」
「……それはまあ。ですが、それはもしもの話ですよ?」
「聞いただけだ。まあ一年もすれば十分か」
「……?」
一年も幽霊の噂が無くなれば価値も戻るだろう。
その時にこの屋敷は如何ほどの価値になっているだろうか。
広大な土地に手入れされていないとはいえ仮にも領主が暮らしていた屋敷だ。
内装の趣味が悪かろうとも欲しがる者は多いはず。
「こちら、鍵になります」
「うむ。残りの金はお前の商会に定期的に持って行けば良いのだな」
「はい。あ、面倒であればどこかのギルドを介して頂いても構いません。お客様は冒険者……では無さそうですが、商会ギルドか金融ギルドへの登録はされていますか?」
「金融であれば登録していたな。これがその証だ」
商会ギルドは商売をする際に登録が必要なギルド。
金融ギルドは金貸しや預かりをしてくれるギルドだ。
裏稼業であったが故に商会ギルドへの登録はまだであるが、金融はだいぶ以前に登録していた。
鞄の底を漁ってみると会員の証である紋章があったため男へと見せる。
「数字を確認させて頂きますね……はい、照会できました。ご本人様であると確認できたのでこれにて契約は終了となります」
これで私が金融ギルドへ金を預けてあればそこから自動的にこの男の属する商会へ屋敷の購入費が払われていくという仕組みだという。
最近このシステムが出来たのらしいが便利になったものだ。
「ではこちらが鍵になります。家主の登録もこの場でやっておきますか?」
「頼む」
流石にこのレベルの屋敷ともなれば家主登録も魔法を用いたものになる。
家主が招き入れた者以外が屋敷内に侵入すれば警報が鳴るらしいのだが……前の領主はどうやって暗殺されたのだろうな。
毒殺と言われているが内部の犯行だったのだろうか。
「では何かありましたら私共の商会へ足をお運びください」
先ほど虐めすぎたのか、雑談もせぬまま男はそそくさと去ってしまった。
……まあ無駄話をしないことは良いことなのだがな。
『儂の家儂の家儂の家儂の家儂の家儂の家――』
壊れた蓄音機のように戯言を繰り返す前領主の幽霊。
彼は私の姿を認めると、声を荒げる。
『誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ! ここは、儂の家だ!』
「いいや、私の家だ」
登録された鍵を見せる。
そこにははっきりと、私の名が刻まれていた。
『なっ……そ、そんなものは偽物だ! 儂がまだここにいる! 儂が住んでいるのだ』
「ふん。死人が何を言っているのだ。何時までも生に執着しているから誰も彼もが迷惑をしている。この屋敷を売りたがっていた男も、あの子供らもな」
【黒靄】を出し、男を縛り上げる。
男に抗う術はなく、たちまちに身動きが取れなくなった。
「行くぞホープ」
今度こそ成仏してもらおう。
だが、それは同時に子供らに醜い一面を実感してもらうことになる。
それがどう影響を及ぼすかは分からない。
だが、自覚していないままでは現状は変わらない。
何時までも成仏など望めない。
『またきたの?』
『わたしたちがくるしんでるところをみに』
子供たちの体にあれほど浮かび上がっていた傷は一つとして無かった。
どうやら私のことは覚えているようだ。
記憶はある。
だが、肉体……と呼べるかは分からないが体表は初期化されているようだ。
これから起こることにおおよその予想はつく。
おそらくは、みるみるうちに傷が増えていくはずだ。
それが、この子共らの幽霊のルールというやつだろう。
繰り返される痛みの幻惑。
終わらぬ因果。
その原因を取り除かなければ、永劫に続くことだろう。
「おい、これを見ろ」
傷が発生する条件は時間の経過によるものか。
あの時は2分程の会話だったか。
ならば猶予はあと1分以上はある。
時間的条件かもしくは――
「この男に見覚えはあるな?」
前領主の存在を仄めかすことだろう。
【黒靄】で縛られた前領主の幽霊を引きずり出すと子供らの前に転がす。
『ひっ……!?』
『あ……あ……』
子供らの顔が恐怖に染まっていく。
生前のトラウマが蘇ってきているのだろう。
その幼い体躯に傷が浮かび上が……ろうとした時、私はその名を呼んだ。
「アルト、イサール、ウクナ、エランダ……それがお前達の名だな?」
外見的特徴をパウダー氏から受け取った書類にあった誘拐された子供らと照らし合わせた結果、この4人の名が残った。
「まあ待て。まだ痛みが出るのは早い……痛みの中に逃げるのは早い。この前領主に与えられた痛みが出現する条件は前領主の存在を思い出すこと。条件反射の如く精神に刻まれた苦痛が表面に出て来てしまう」
そこから導き出される治療法は数あれど、私は選んだ方法はおよそ医者らしくないものである。
「精神を鍛えて克服する……なんてことは言わない。そんなものではお前達の心は満たされない」
幽霊の精神が鍛えられるかの話はともかく、この子共らの魂がそもそもでそれを望んでいない。
「近所でも有名であったらしいな。悪評が沸き上がってきていたぞ」
大人も手を焼いていた4人の子供たち。
ゴミを散らかす、なんてものは優しい方で、金銭の強奪や傷害事件すらも起こしていた。
全ては子供だから、親が裏で金を渡して解決していたから大事にはなっていなかったらしいのだが、それを聞いて前領主のやっていたことを思い出してしまうのは皮肉だ。
「恐怖で成仏出来ないのではない。悔しいから成仏出来なかったのだ。これまで一方的に暴力を与えられたことが無かったのだろう。だから、恨みが募ったまま幽霊となった。なったところで前領主が殺された」
報復しようにも相手はいない。
実際は幽霊となった前領主も門のあたりで騒いでいただけなのだが、屋敷内を走り回る子供たちには見つけられなかったのだろう。
屋敷の外で侵入者を追い払おうとする前領主と恐怖の感情が勝ってしまい外に出られなかった子供たち。
出会えばどうなるか分からないが、出会うことが無かったため何も起こらなかった。
「……この様子では出会ったところで何も出来なかったようだがな」
前領主を見て恐怖が打ち勝っているようであれば、到底報復など出来ない。
幽霊と実体ある人間が、幽霊と幽霊と同じ土俵に立ってしまった。
人間同士であった時と関係性が変わらなくなってしまった。
『だったらどうしろというんだ』
『ぼくたちこどもがおとなをこわがるのはふつうじゃないか』
「ふん。生前は怖がっていなかったようだがな。怒られもせず好き放題やっていたそうじゃないか。よほど周囲に恵まれていたようだな。最期以外は」
『なに……?』
『だったらあなたは、わるいこどもをこらしめにきたの?』
違う。
それでは前領主を連れて来た意味が無い。
成仏できない原因が前領主への恨みを晴らせなかったのであれば、晴らさせてやろうではないか。
「……そろそろか」
子供らの体に傷が浮かび上がる。
同時に痛みが全身を襲おうとした瞬間、
「【ペイン・コネクト】」
前領主を縛り上げていた【黒靄】が子供らへと伸びていく。
子供らはそれに気が付き、身をよじって避けようとするも痛みで避けられない。
『ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?』
そして、絶叫が室内中に響き渡った。
「自身の手で恨みを晴らせなかったこともそうだが、前領主がろくに苦しまずに死んだことも未練をより強くさせたのだろう」
なにせ毒殺だ。
この子共らが受けた痛みの質も時間も及ばない死に方だったのだろう。
「だからその機会を与えよう。私のスキルでお前達の恨みを晴らす手助けをしようではないか」
まずは痛みの共有だ。
今、【黒靄】を通じて子供らの感じた痛みは全て前領主にも伝わっている。
だが、それだけでは足りない。
同様の痛みではこの子供らは足りないはずだ。
パウダー氏が言っていた。
このままでは怨霊になってしまうと。
怨霊になる適性はあった。
ホープの時と同様に、この子共らには怨念が溜まっている。
そして私にはそれを取り除く手段がある。
「ふん。これは本当に医者のやることではない。ただの復讐の助力に過ぎない」
前領主が苦痛に悶える様を見て子供らの中で沸き起こる怨念が表に出てきた。
恐怖よりも怨念が勝った。
「まずはこの怨念を頂こう」
黒魔法で怨念を取り除く。
今回は濃縮している時間も道具も無い。
このまま使わせてもらおう。
幸いにも、【黒靄】があれば濃縮することなく前領主へと送り込めることが可能だと分かる。
「精神に直接苦痛を与える怨念の塊だ。それが精神体とも言える幽霊の体で味わえばどうなるか、私にも想像できない」
精神が死ぬのだろうか。
それともその怨念が消えるまで苦しみ続けるのだろうか。
『――――っ!?!?!?』
もはや声にならない程に叫んでいる。
だが、【黒靄】で口を塞がれそれは聞こえない。
「……満足したか?」
振り返れば、そこに子供らはいなかった。
成仏したのだ。
怨念を取り除き、前領主が苦しむ様を見られた。それも、自身の怨念によってだ。
未練はもう無い。
心を縛り上げていた原因はもはやこの世には残っていなかった。
「所詮は子供らしいということだな。1つのことに拘り過ぎる。そして飽きやすい。もうこの男が苦しむ光景に飽きてしまったのか」
長らく待ち望んでいた光景なのだからもう少し楽しんでいけばいいものを。
「……ふん」
この五月蠅い男の幽霊はいずれ聖水ででも強制的に成仏させてしまおう。
どうせこの屋敷を手放したくないとかいう理由で幽霊になったのだろうから、怨霊になる前にどうにかせねばな。
欲深き幽霊にも怨念は溜まる。いずれは怨霊になる。
せっかく手に入れた屋敷だ。
そんなものがいてはたまらない。
「行こうホープ。これにて治療終了だ」
負の感情を見出し、無くすのではなく助長させる。
人間を善に導かずとも、悪こそが人間らしいと後押しする。
それが私という人間だ。
【ドクター・ストップ】という医者になりきれなかった医者のやり方だ。
こうして私は医者としての第一歩を歩き始めたのであった。
たぶん色んなとこ抜けてると思うけど眠いから投稿
【ドクター・ストップ】偏終了。そろそろ次からまた主人公。その後また別の人物で書きたいな。というかそっちは書き終わってる。




