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97話 幽霊と未練 3

 目の前で何が起きているのか理解出来ず、茫然自失となっていたわけでは無い。

 【ペイン・コントロール】による疼痛制御は黒魔法の一つであり術者は私である。

 魔法は抵抗される。

 火魔法に耐える生物とている。精神魔法に打ち勝つ生物もいる。

 ならば、疼痛制御をしたところで、無くならない痛みもあると考えなければならない。

 ましてや目の前にいるのは幽霊の子供だ。

 こちらの常識の範疇から外れており、創傷も出来たばかりのものではない。

 当時を想起し、浮かび上がった影法師のようなものなのだろう。

 体の傷の痛みを消したところで心の傷は癒えない。


「……表面的な治療さえ誤魔化していた私にとってこれほど厄介なことはないな」


 何故ならば、この子共らを救うには根本的治療が必要だからである。

 心の傷を癒さなければきっとこの痛みは消えない。

 医者いらずになるためには完治するしか道は無いのだから。





「で、諦めて帰ってきたと?」


 その足でパウダー氏の下を訪れ、状況を説明すると彼は呆れた顔をする。

 私に期待していたのだろうか。

 そして、何も出来なかった私を期待外れと評したのか。


「その場では解決策が思いつかなかっただけだ。いくら【ペイン・コントロール】をかけても彼らの痛みは消えなかった。このままでは先に私の魔力が無くなり共倒れとなってしまう」

「……ま、そういうことにしておこうか。確かに体を開いてみたはいいが、腫瘍が取れないと分かってそのまま縫い直すってのは、俺達にもあることだ」


 言い訳ともとれる私の言葉を聞いてパウダー氏は納得したかのように頷く。


「しかしよぉ、俺は黒魔法ってやつには明るくないんだが」


 そう前置きをして、


「幽霊を強制的に成仏させる魔法は無かったのか?」


 私がやらなかったことを、あえてなのか問いかけた。


「……」


 出来るか出来ないかで言えば、出来たのだろう。

 かつては怨念を操る魔法を研究していた私である。

 その場に溜まった怨念を絞り上げるように、【黒靄】を通じて幽霊という存在を吸収することも出来ただろう。


「それは、彼らを消去することに等しい。貴方は成仏と言った。退治、除霊……好きな言葉を使えと言っておきながら成仏という言葉を選んだ。彼らに納得してもらい、自ら成仏してもらうことこそが貴方が貸した課題だと思ったのだが、違うのか?」


 それこそ、ただ消すだけであれば教会の者に依頼すればいい。

 ゾンビを倒すには聖水や光魔法が良く効くという。

 幽霊がソレと全く同じとは思わないが、系統は似たようなもの。

 この世から外れた存在に真っ当な手段を選ぶ余裕がある者は少ない。


「彼らを理解するには私はまだ浅かった。だから、知るために一度手を引いたのだ」

「患者を理解する。そうだ、一方的な治療よりも双方納得した治療法を心掛けなければいけない。病を、患者を知ることが医者の第一歩だ」


 そこまで言ってパウダー氏は紙の束をこちらへと投げやる。


「これは……?」

「あの屋敷で何があったか書かれている。毒殺事件のことだけではない。あの屋敷の主……前領主がどのような男であったか記されている。よく、読んでおくといい」


 そこには前領主が行った数々の暴虐の跡が記されていた。

 虐待などとは生温い。

 凄惨な殺害手口の詳細。


「この様子では、殺されていたのは4人では足らないような気もするが……」


 町娘を攫い手籠めにしていた。

 子供を攫い拷問にかけていた。

 親族には金を渡し黙らせていた。


 金と権力。その両方を持たせてはいけない人間が持っていた。

 その典型的な例であり、この街の者はさぞ不憫な思いをしていたのだろう。

 

 ホープもまた同様の体験をしているが生きているだけマシ、とは思えない。

 死んだ方がマシなことは世の中多いが、これもそのうちの一つだ。

 生き残ってしまったから地獄が続いている。


「あの子供らは……死んでも尚この世界で地獄に生きているのか」


 生きながらにして地獄。

 死にながらにして地獄。

 逃げ道は無く、行き着く先も無い。

 ただ永遠に苦痛の中で精神を弄ばれているだけ。


「どうだ、治したくなったか?」

「……どうだろうか。私は自身を不幸のどん底だと思っていた時期があった。だが、それはただの不幸自慢であり、自ら不幸の沼に浸かっていたのだと悟った。それとは比べ物にならないことをされてきたのだろう」

「同情したか?」

「いいや」


 同情で治療を施す。

 それは医者にとってどうなのだろうか。

 腕があればそれもまた良しとなるのだろう。

 だが私は医者としては入り口にすら至っていない。


「胸糞悪い。こんな患者を目にしていたくはない。そんな気持ちが溢れてきている」

「ほう、嫌悪感を覚えたか。同情は自尊心の高さから患者を診てしまうが、嫌悪感は同じ高さから視ている。ある意味で医者と患者は対等という意味を成しているのかもな」


 医者としては失格なのかもしれない。

 それを分かっていても尚、私は負の感情でしか動けない。

 純粋に治したい。

 笑顔にしたい。

 幸せになってもらいたい。


 そんな感情は正しさを持っているのだろうが、私の感情としては正しくない。

 偽った上辺のものとなってしまう。


 ああ、先ほどは否定してしまったが同情しているのかもしれないな。

 私はこうならなくて良かった。

 ああまで不幸にはなっていない。

 私の方が少し余裕がありそうだから助けてやろう。


「ふん、どうやら自身でも混乱しているのが分かったようだな。誰かを想ったのは初めてか? そこまで真剣に悩めているのならすでにあの子らは幸せだろうよ」

「しかし……まだ成仏には至っていない。私が悩もうと、報われなければ不幸に違いないのだ」

「ならばさっさと治してやれよ。それがお前には出来るって言ってるだろうが」


 ……駄目だ。

 思いつかない。

 

「……後はお前だけで考えろ」


 パウダー氏はため息を付くと私とホープを部屋から追い出す。


「見込み違いでは無いと俺は今でも信じている。お前の心もそうだが、お前の経歴、経験をだ。その暗い感情は決して無駄ではない。同情も嫌悪感も、使えるものを全て使って治しちまえ。特に、心の治療ってのは分からなきゃ治せないんだからよ」





 宿に戻り資料を眺める。

 全て戻る道中で頭の中に叩きこんでいるが、思考の為の作業だ。

 目に留まる文字が何かのヒントになるかもしれない。


「……暗い感情か」


 ホープはどうなのだろう。

 今は救われているのだろうか。

 昔よりはマシであったと、そう思わせられるような生活と思っているが、生憎と当人の口からそれを聞いたことが無い。


「……お前は幸せか? 幸せになりたいか?」


 無論、答えはない。

 答えの代わりに笑顔が返ってくる。


「……ふっ」


 馬鹿馬鹿しくなり、資料を投げ捨てる。

 こんなもの、いくら見ていても答えは見つからない。


 パウダー氏は私の経験から答えは出ると言っていた。

 経験……他者をどうこうしたと言えば、それはつまるところホープのことだろう。

 この娘の環境が少しでもマシになり、心が救われたのだとしても私にはそのつもりが無かった。

 ただ、自身の復讐に参加させただけだ。

 それが巡り廻って、この娘にとって人生の好転となったのであれば、パウダー氏の言っていたとおりに暗い感情で人を救ったということになるのだろう。


「……ああ、そうか」


 理解した。

 子供らの救い方を。

 なぜあの4人だけが成仏せずに残ってしまったのかを。

 

 初めからパウダー氏は答えを出していたのだ。

 それに気が付けなかったのは、私が中途半端であったから。

 改心したように見せかけていたからだ。

 

「何が救ってみせるだ。その気持ちを持ってしまったから私は私で無くなった。【ドクター・ストップ】……医者が私限りなのではない。私が医者を止めるんだ」


 あの子供らを救うには私は医者ではいられない。

 私は医者になるために医者を止めることを決意し、再び立ち上がった。

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