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96話 幽霊と未練 2

「ここか」


 子供たちの幽霊が居るという場所。

 そこはこの街を統べる前領主が住んでいたという屋敷であった。

 まだ人の手から離れてそう長く経っていないのか、雑草は生えているが荒れ果てているという印象は見受けられない。


 そう言えば、前領主は毒殺されたのだったか。

 その暗殺者か何かを捜すべくしばらくは人の出入りがあったのだろう。

 今は売り家となっている。

 まあ、誰も管理していないのであれば当然の話だろうが。秘書なども同時に殺されたようであるし。


「……不安か?」


 隣で四つ這いで待機するホープを見る。

 未だに気を抜けば2本の足で立つのを止めてしまう。

 そしてボロ布以外の衣服を着たがらない。

 

 おかげで私は街中を歩くだけで好奇の目に晒されてしまう。

 首輪に繋がれる幼き少女を連れた中年の男など、その手の人間以外には見えないだろう。


「……」


 ホープは首を振る。

 大丈夫だとばかりに自身の腹を軽く撫でる。

 ……どうやら私が空腹加減を尋ねたのだと勘違いしているようだ。


 幽霊など私にとっては居たところでそういうものだと思ってしまえるが、子共にとっては恐怖の対象になりかねない。

 怖くないのか、という意味で尋ねたのだが……この様子なら大丈夫だろう。


「今日は」


 売り家であるからか、屋敷の門には1人の男が立っていた。

 警備員のようなものだろう。

 私とホープが中の様子を伺っていたのを客か不審者かのどちらかと見据えて話しかけてきたか。

 そのどちらでもなく、医者になるため……いや、医者としてここに私は来た。

 とは言え、それを素直に伝えることもできない。

 幽霊がいますよと言って、しかも除霊をしますよと言って屋敷の中に入れてもらえる程、この街の警備は甘くないはず。というか、それでは警備の意味が無い。


「……どうされました?」

「ああ、いや……」


 返答が無いことに不審がられてしまったかもしれない。男の顔には警戒心が張り付いていた。

 客か不審者でいえば後者に近いかもしれないが、後者はまず屋敷内に入れてもらえない。


「この街に越そうかと考えていてな。この屋敷は庭を含めれば少し大きすぎるような気もするが、建物自体はどうかと思って覗いていた」


 結局、客を装うしか出来なかった。


「ああ、そうでしたか」


 途端に男はこちらへ揉み手をしながら寄ってくる。

 

「いやなに、この街も最近は物騒でしたからね。人手も無いもので私もこの物件を担当しているからという理由で警備をさせられていましたよ」

「すると、貴方はこの屋敷の仲介をしている者か」

「いえ、仲介ではなくこの屋敷はうちの商会が買い取って管理しているんですよ。何せ前の持ち手が……って、この家の前の主人のことは聞いてます?」

「ああ。毒殺されたのであったな。確か屋敷の人間全員」

「それなら話は早い。正直、大きさの割に安いですよ、ここ。勿論、一般で買われるような一軒家に比べれば高いですが」


 事故物件というやつか。

 住む分には前に住んでいた人間がどのように死んだかなんてのは関係ない。

 汚れていなければ、悪臭がしなければどうということはない。

 形跡さえ消えていれば思い出すことも無いのだから。


「それに、最近は幽霊が出るなんて噂も出てしまいましてね。手を出そうとしていた貴族の何人かも引いてしまう始末ですよ」

「随分と、簡単に話してしまうのだな。そういうのは黙っておいて値下げしないのが普通だと思っていたのだが」

「調べて分かることを黙っていたら後でなんてクレームを付けられるか分かりませんからね。なら最初からこちらで下げた値段を提示しておいた方が交渉もしやすいですし」

「なるほど」


 ちなみに、その提示された値段というものは今の私では全財産をかき集めても頭金にやっと届くかといった程度の額であった。逆に考えれば、全財産で頭金を払える程度の額だ。

 確かに安いのかもしれない。


「お客様は大きな家をお探しで?」

「うむ。広ければこいつも遊べるだろうな」


 ホープの頭を撫でてやる。

 これは本心だ。

 今まで狭い家の中で怨念を集める為に閉じ込めていた。

 その反動か、外に連れ出すとホープは喜ぶ。

 出来るだけ、のびのびと過ごせるような家が欲しいとは考えていた。


「良ければ、中を見せてくれないか? 人が死んでいたと言うがどこで死んだのかも知らない。それに家の構造を知ればこちらで手を加えることも出来よう」

「勿論ですとも。ごゆるりと見学なさって行ってください」


 と、男はいとも簡単に門を開いた。


「裏にも門はありますが、帰りもこちらの門から出て来てください。あと数刻は私もこちらにおりますので」

「分かった」


 多少怪しかろうと買ってくれるのであれば客は客。

 そう言った打算的な判断もあったのだろう。

 屋敷の中で私が何をしようとしているのか知らずに男は笑顔で手を振っている。

 

「……家、か」


 少し考えさせられてしまう。

 家、家族……それは私が得られなかったものだ。

 いや、自ら捨て去ったものだ。


 それを今更、嘘とはいえ、欲しいなどとは苦笑以下の嘲笑ものだ。自分で自分のことを卑下したくもなる。


「……」


 私の内心を知ってか知らずか、ホープが手を握る。

 そして、得意げに前を歩き私を先導し――


『ここは儂の家だ! 誰にも明け渡さんぞ!』

「……っ!?」


 門を越えた先で怒鳴っている男を見て驚き跳び上がっていた。

 そのまま姿勢を崩し後ろに転びそうになり、私にもたれかかる。


「大丈夫か?」

「……」


 私が支えてやるとホープは頬を赤らめながら立ち直る。


 怒鳴っていた男は半透明であり薄っすらと向こう側が透けていた。

 ……ふむ、これが幽霊というやつだろう。

 存在を知ったから私にも認識できるようになったのだろうか。

 様子からしてホープも見えているのは、あの場でホープも会話の内容を理解していたということか。

 てっきり会話についていけずに窓の外でも見ていたのではないかと思っていたが。


『誰だ貴様は! ここから出ていけ! 儂は出ていかんぞ!』

「五月蠅い」


 こちらに縋りつこうとする幽霊の男を払いのけようとして、私の手がそのまま素通りしていく。

 干渉できず、か。

 こうすると害は大したことない。ただ騒音を喚き散らすだけだ。

 実際にこの屋敷に住むとなればその騒音が迷惑なのだろう。


『ソイツは女か! 寄こせ。儂に寄こせ! この際、多少は幼くともいい。女だ! 酒だ! 飯だ! この街のものは全て儂のものだ!』


 ……何時までも聞いていたいものではないな。

 何時までどころか1秒とて聞いたくはない。

 ホープも怯えている。

 

「【黒靄】」


 最近、何時の間にか使えるようになったスキルだ。

 私の黒魔法の伝導率を上げるために使っていたのだが、何故だかこのスキルであれば幽霊に、魂に直接干渉できるような気がした。


『金さえあれば何をしたってもみ消せるのだ! それで儂はこれまでやってこれた――』


 【黒靄】を使い幽霊の男の口を塞ぐ。

 言動からしてこいつが前領主の男なのだろう。


「貴様には何の興味も沸かない。そこで黙っているといい」


 【黒靄】を解除することなく、口を塞いだ部分だけ残して切り取る。

 

『むー! むー!』


 これで少しは静かになるだろう。

 子供の幽霊が目的であって、この男には何の価値も無い。

 幽霊になったからには何かしらの意味があったのかもしれないがそれは私の与り知らぬところ。


「行こうホープ」


 ついでに手足も縛り動けなくした前領主を放って私とホープは屋敷の中へと入った。





『……だれ?』

『おとなとこどもだ』

『なにかようなのかな』


 子供の幽霊はすぐに見つかった。

 くまなく探すことも無く、屋敷の中に入ってすぐに廊下を走っている半透明の子供がいたのだ。

 それを追っているとある部屋の床へと吸い込まれていき、それきり帰って来なかった。

 カーペットをめくると地下へと続く階段が現れたため降りると、4人の子供の幽霊がいたのであった。


「……?」


 先ほどの男に比べ明確な敵意も悪意も無い、半透明の存在にホープは首を傾げている。

 恐る恐る手を伸ばし、そして向こう側へと透過していく。


「ホープ。この子共らは幽霊だ。私らからは干渉できない」


 私の【黒靄】を除けば。


『あなたもわたしたちをいじめるの?』

『ぼうでたたいて』

『みずにしずめて』

『ひにちかづけて』

『わたしたちをころすの?』


 舌足らずな口からは想像も付かない言葉が吐かれる。

 

『なにもわるいことはしていないのに』

『おとうさんも』

『おかあさんも』

『たすけにきてくれなかった』


 ……ここは前領主の屋敷。

 どうやら、想像以上のろくでなしであったようだ。

 父母から遠ざけて虐待という虐待の末に殺されたのだろう。


「もう良い。領主は死んだのだ。殺された。報いを受けたのだ。お前達もこの世から去るといい」


 パウダー氏の提示した成仏させてほしい幽霊というのはこの子供たちのはず。

 領主に怯えているのであれば、すでにいないことを教えれば成仏する。

 そう考えたのだが……


『あ……あ……』

『いたい! いたいいたいいたいいたいいたい!』

『あづいよぉぉ! みず! みずぅぅぅ!』

『やめて! もうたたかないでぇぇぇ!』

 

 突如として子供たちはもがき苦しみ始めた。

 

「……何だ。何が起こっているんだ」


 見る見るうちに子供の一人には火傷跡が、打撲痕が、切り傷がつけられていく。酷いものでは体の穴という穴から水を散らし膨れていく子供もいる。


「……ええい、臆している場合ではない。【黒靄】【ペイン・コントロール】」


 判断が甘かったか。

 領主の生死などどうでも良かった。


 この子共らを苦しめる痛みは、死に直接繋がったものであり、生を実感してしまう偽りの感覚だ。


 だからそれを崩す。

 【黒靄】を通して疼痛制御をする。

 痛みがあるのならばそれを無くしてしまえばいい。

 火傷も打撲痕も切り傷も。傷そのものは治せないが痛みであればどうにかできる。


「落ち着くのだ。痛みなら感じないはずだ。そちらの娘は……水を抜けばいいのか?」


 【黒靄】を体に巻き付けて水を絞り上げていく。

 締め付けすぎれば苦しいだろうが、同時に口内に【黒靄】を入れて水を吸い上げていく。

 思っていたよりもこの【黒靄】というスキルは自由度が高いのかもしれない。

 ホースのように口内とは反対から水が出て来る。

 膨れていた子供は水が出て来ると共に萎んでいき、やがて元の大きさへと戻っていった。


『……あれ?』

『いたくない』

『おじさんが』

『たすけてくれたの?』


 正気に戻ったのか子供たちはこちらへと目の焦点を合わせる。

 このまま【ペイン・コントロール】は継続したままにしていこう。

 解けば再び痛みに苦しむことは明確だ。


「さあ、これでお前達を縛り付けるものは無くなった。今度こそ――」

『い――いだいいだいいだいいだい!』

『あづっあづいいぃぃぃ!?』

『がぼっ!? ごぼぼぼぼぼ……』

『だだっが、ないでぇぇぇ』


 再び子供らを痛みが襲ったのであった。

 それも先ほどよりも遥かに強い傷でもって。


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