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95話 幽霊と未練 1

【クリストファー・スマイル視点】


 今更、妻の後を追うつもりはない。

 今更、妻の影を追うつもりはない。


 今更、善人を装うとするつもりはない。

 今更、悪人に成りきろうとするつもりはない。


 今更、強者に目標を据えるつもりはない。

 今更、弱者に甘んじるつもりはない。


 私はただ、人生の目的を見つけたかったのだ。


「私に医療技術を教えて欲しい」


 私に何が出来るかと考えれば……それは結局医者以外には見つからなかったのだ。

 失敗の為に始めたことであっても、その道程は間違っていなかったのだと、正しき結果を求めれば正しい道を歩んでいたのだと確認するために私は1人の男を尋ねたのであった。


「……まずは褒めてやろうか」


 私と机を挟んで座る男が渋い顔をしたままで口を開く。

 その言葉の中身が私を肯定したものではあるが、私の欲しい言葉では無い。


「手紙だけじゃなく、お前自身が俺の前に顔を見せろ。それが誠意と返信した。そしたらすぐにやってきた。ここまでは褒めるべき点だろう。褒めて伸ばす。それが俺の教育方針だ」

「それは、私に医療技術を教えてくれるということだろうか」

「いやいや、焦っちゃならねえよ。俺が今、教えているのは人生だ。見たところ、お前も別に若いって年齢じゃねえだろうが、それでもこんなオッサンよりはまだ若い。だから年上の言うことは素直に受け取っておけ」


 目の前の男――グシャル・パウダーは医者である。

 光魔法の一種である回復魔法が発展したこの世界において、珍しくも【医術】というスキルを伝えてきた者の一人。

 魔法では無く人の手で。

 ナイフを握り、糸を括り、薬を用いて治療を行う。


 光魔法とは真反対の黒魔法に恵まれてしまった私が医者を志すというのであれば、彼に教えを乞う以外の道は無いだろう。


「それで、だ。医療技術……つまるところスキル【医術】の伝授をお前は望んでいるのだろう。確かに俺はそれを叶えることが出来る」


 出来る。

 可不可での返答。

 それこそが彼の返答が否であることの証明であった。


「だがしかし、誰にも彼にも【医術】を教えることは出来ない」


 それは、予想通りの返答だ。


「……私に何か不足していることでもあるのだろうか」

「それは分からんな。魔法と違い【医術】はあくまで技術。才能では無く人の技によるものだ。努力という言葉を使いたくは無いが、技術を反復し習熟すればそれは己の技になるだろう」

「ならば……」

「俺が知りたいのはお前の技では無く心」


 パウダー氏は私の隣を見る。

 奴隷の少女であるホープを見て何を思ったのか。

 その真意を測り切れぬまま、続ける。


「手紙に書いてあったな。黒魔法がきっかけであったと。そこから何があり医者を目指したかは知らん。知らないからこそ、そこを知りたいのだ。生きるためか? それも良い。だが、それは結局妥協を許す。自身が生きるために他者を助けることは最低限しか保証できないのだ」

「ならば、研究のためではどうだ。医療技術の発展。それならば妥協を許さぬ医療を提供できると思うのだが」

「先人に何人かいたな。だが、その全てが人体実験の果てに完成させた技術でそれ以上を救ってみせた。無垢な人間を犠牲に幸運な人間を救ったんだ。……それが絶対的な悪だと言い切れないのが現実だがな」


 そうか。

 自分の為でも無く、医療の発展でも無く。

 それよりも大事なことがあると、パウダー氏は示していた。


「患者の為に【医術】を修めなければならない。何よりも命を優先して救う。それが出来なければ医者なんて辞めちまえばいいんだ」

「……思っていたよりも甘い男なのだな。そして、クサい言葉だ」

「これでも若作りはかかさねえんだぜ? さっきは年上を敬えみたいなこと言っちまったけどよ」


 そう言う彼の頭は禿頭。

 ストレスで全て抜け落ちてしまったのだろうか。

 私の視線を知ってか知らずか、


「苦労することも多い。苦悩することも多い。苦戦しかしない。それでもお前がまだ俺から【医術】を学びたいというのであればいいさ。すぐにでも教えてやろう」

「では……」

「だがまだ俺はまだそれを知らない。いくら言葉で飾ろうとも行動を見ていない」


 ふむ、とパウダー氏は顎に手を添える。

 しばし考えた後に、


「そうだな……一つ試練をくれてやろう。それを果たしたのであればいくらでも教える。気の済むまでに技術を盗んでいくといい」





 後から考えれば、パウダー氏からの手紙には指定した日時より二日だけ俺のところに来いと書いてあった。それ以上滞在することにはならないとも。

 だから私はシドウに対して二日程度で帰ると依頼内容を伝えたのだが……


「除霊、成仏……退治。好きな言葉を使っても構わない。とにかく二日以内にお前にはとある子供たちの幽霊をどうにかしてきてほしい」

「幽霊の子供たち……?」

「ああ。黒魔法を得意とするんなら、怨念とか怨霊とか聞き覚えがあるだろ?」


 怨念……その言葉で思い出す。

 かつて街中にばら撒こうとした樽の中身を。

 勘違いから始まり……そして始まる前に終わった一つの事件を。


「怨念に関する黒魔法であれば多少は齧っている」

「それなら話が早い。怨念は生きた人間もそうだが、死んだ人間も出すものさ。とりわけ怨霊にもなるような恨み募った死霊がな。子供たちの幽霊ってのはその死霊のことさ」

「……子供の幽霊を成仏。それ自体は理解した。だが、今まで幽霊なんてものを見たことは無いが」

「んー、それはまだ未知だったからだろう。知らないものに対して注意は向けられない。見ようともしない。道端に小石が転がっていようと踏みつけるような場所に無ければ目もくれないのと一緒だ」


 未知……知らないからこれまでは見なかった。

 だが、私はその存在を知った。


「今ならば見ることは出来るということか」

「結局のところ運次第だけどな。俺だって見える時と見えない時がある。まあ、街の奴らからも目撃情報があるくらいだから、お前にも見えるだろうさ」

「分かった。子供の幽霊を感知できるという前提までは問題ないとしよう。次に成仏の手法だが……」

「そこは自分で考えろ。黒魔法を使うなり対話するなりで」

「……それも試練か」

「なんでも他人に聞けばいいって話じゃねえぞ。俺はな、お前から手紙を届いた時にお前自身のことを調べた。その上で言っている。多分、お前なら大丈夫だとな」

「……多分、か。それはまた随分と曖昧なことだ」

「絶対なんて言葉は軽々しく使っちゃならねえんだよ。絶対に助かる患者なんてのはいない。俺達が少し間違えるだけで死んじまうんだ」


 死んだ人間……幽霊が試練に関わってくるというのも何かの暗示なのだろうか。

 正者だけでなく死者をも救えと。

 そういえば、医者という職業は体だけでなく心も治療対象だと聞いたことがある。


「……最後に一つ」

「おう。答える気になったら答えてやるよ」

「二日という期限は……貴方の気紛れか?」


 たまたま思いついた期限だろうか。

 それにしては時間の指定もあった。


「それか……まあそれは教えてもいいかもなぁ」


 それまでどことなく陽気であった彼は声の調子を落とす。


「まああれだ。期限というのは俺じゃなくて幽霊の方さ」

「……? 死した者であればもう傷つくことも無いのではないか」

「いいや。傷つくさ。心がまだあるからな。……まあそれは別としても、そいつらはな……二日後に怨霊になっちまうのさ。怨念を撒き散らす怨霊にな」


 どうだ、やる気が出て来るだろう。

 そう言いたげな悲しい目であった。


「怨霊になっちまえば自力じゃ成仏できねえ。強制的に苦痛を伴った成仏を取らなきゃならねえんだ。それこそ教会の連中を呼んでのな。だが、今ならまだあいつらが確実にいることを知っているのは俺達だけだ。まだ、救ってやれるんだ」


 自身で見てきたのだろう。

 その目には全くと言ってほどに淀みがない。


「……任せておけ。子供の幽霊の成仏か。苦痛などこれ以上感じさせぬ」


 そう言えばパウダー氏は私のことを調べたのであったな。

 ならば、私がどう呼ばれていたのかも知っているはずだ。


「【ドクター・ストップ】。掛かる医者は私限り。それ以上の治療など必要ないくらいに子供たちを治して来よう」


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