93話 【はにぃおいる】 2
長いウサギ耳の少女……いや、よく見れば関節の繋ぎ目がある。
精巧に作られたロボットか。
ウサ耳少女型ロボットとか爺さんもいい趣味しているじゃねえの。
「【ばにぃばれんと】。儂の最高傑作、アリスと名付けました。娘の如き可愛い機械人形でございますじゃ」
『マスター。私は何用でここに起動させられましたか』
「うん? 用は無いぞい。強いて言うのであればお前さんを起動させたことで要は成し得た。ただ見せびらかせたかっただけなのじゃからな」
『……』
へえ、良く出来ているな。
表情がコロコロと変わっていく。
無機物で機械質な表情から、汚物を見るような目へ。
冷たい視線は熱がこもることなく氷点下へと下がっていき、次第にそれは俺に対しても向けられる。
――そこに微笑みなんてものは無かった。
「おい。喜怒哀楽バリエーション豊かにしろよ。怒りというか哀しみというか、負の感情しか伝わってこないぞ」
「それが良いんじゃないかと、儂は思うのですじゃがのぅ」
『マスターはろくでなしですので。お客様方には申し訳ございませんが』
「なら何で俺にマスターと同じ目線を向ける?」
『貴方もろくでなしの気配を感じましたので』
……随分とまあ良く出来た機械人形だことで。
「優秀でしょう?」
「そうだな。人を見る目以外はな」
「いえいえ。見る目は一番の力の入れ処ですじゃて」
いいや、絶対その眼は節穴だね。
機械に俺の繊細な心の機微を見抜かれてたまるか。
「ご主人様、ご主人様」
「どうしたシドドイ。心優しい俺がどんな質問でも速やかに親切に答えてあげよう」
『やはりそこはかとなく、ろくでなしの香りがします』
臭いセンサーもあるのか。
なら仕方ないね。俺の鼻少し詰まってるから自分じゃ分からないし。
「機械が動くのはともかくとして、なぜあのように誰の操縦も無しに動いているのでしょうか。話し方も、自分の意志があるような気がしますが……?」
「良い質問だね、シドドイ君。それはね……ううんと……ええと……AI的な?」
「えーあい、ですか」
言ってから気が付く。
この世界、魔力なんてもので火が付いたり食料を冷やしているのだ。
記憶装置やら人工知能を魔力で補っていたとしても何の不思議もない。
むしろそちらの方が自然である。
「えーあいが何かは知りませんがな。アリスの感情はあくまで儂が事前に入力したものを基盤としていますのじゃ」
「入力、ですか」
「ええ、そうですじゃ。人の感情とて脳みそに電気が走っているようなもの。ならば同じ構造で電気を流せばアリスにも感情は芽生える。そういう原理ですじゃ」
「いやいや爺さん。言うが易し行うが難しってやつだろ。出来るかどうかはともかくとして、実行可能かどうかは話が別だ」
「まあ、実際に出来てしまったからこうしてアリスは話しておるんですがのうぉ……」
実行可能になる凡その目星は付く。
技術云々をすっ飛ばしてくれる魔法のような、魔法とはまた違うもの。
……魔法もその一部だったんだっけ?
「スキルか?」
「スキルも、ですじゃな」
スキルも……ということはこの爺さんの技術も入っているのか。
いや、鍛冶スキルみたいなのもあるのであれば……あってもそれは本人の習熟度のようなものだから、努力の末に手に入れた技術も同然か。
「街中で見た、自動で動いている馬のような機械とかもアリスのように思考しているのか?」
「あれらは決まった行動様式だけを組み込んでおりますからな。それ以上のことは出来やしません。動けと命じれば動き、操縦者の動かすままに動くのみ。操縦者を必要としている時点で自律、あるいは自立しているとは言えませんな」
「ふうん……。しかしあれだけの機械が往来を行き来しているが、いつからなんだ? ここに来るまで、同行者は誰も、いいやスジャッタの街ですら誰もが、この街に機械が溢れているなんてこと言わなかったぞ」
昔から構えているような装いの店だ。
地面の油具合からしてここ数日で出来上がった店ではないだろう。
「儂がこの店を構えたのはそう……一昨日からですな」
「俺の推理力を返せよ」
数日で足元がぐちゃぐちゃ言うくらいには油はしつこいらしい。
「【王国騎士十傑】を知っていますかな? 彼らが5日前にこの街に来たのが発端ですじゃ」
「ええと、この国の冒険者やら騎士やらの上位10人を集めた奴らの総称だっけ?」
「ですじゃ。正式には、“国に仕えることを良しとした、公に認められた上位10人”の総称ですな」
中には自由に生きたいって奴もいるだろうからな。
そういうやつらは資格があろうとも、十傑には入っていない。
「その【王国騎士十傑】のうち、第七位と九位がこの街に来ましてな。七位はともかく九位は無類の機械好き。あっという間にこの街に機械を広め、売り始め、この有様ですじゃ」
「有様って、別に悪いことでも無いだろ。錆びれてる街の産業になるんならよ」
「そう言ってくだされば幸いですじゃ」
おかげで燻っていた爺さんも日の目を見ることが出来たってか。
機械で楽を出来るならした方がいい。
人の手でしか出来ない作業にその分を回せる。
「そもそも、何で来たんだそいつらは」
国に仕えているってことは、この街にも何か用があったんだろう。
国で七番目に強い奴と九番目に強い奴が来ざるを得ない状況に、この街は陥ってしまった。
「ふむ……まあ、この街の住民に尋ねれば分かることですからな。別に他言無用というわけでもないか」
『マスター。私も問題は無いかと。この者はきっとすぐに忘れます』
「俺、そこまで鶏頭じゃねえぞ?」
聞き流すつもりが、かえって記憶に残りやすくなったからな。
覚悟しとけよ。揚げ足取るつもりで聞いてやるからな。
「で?」
「この街の領主が毒殺された件はすでに聞かれていますかな?」
「まあそれくらいなら。詳細は知らんけど、それで領主交代になって良い街になったとか」
「ええ、そうです。その後……というかつい最近ですな。半月よりも最近の出来事ですが、この街に住む貴族達が殺される事件が多発しておりまして。同時に宝石や金貨といったものが盗まれていますな」
「強盗か。殺人のオマケ付きで」
「護衛の中には軽傷の者もおりましたがな。しかし腕の立つ護衛程、死亡率が高くて。それで、この街の治安維持と強盗を捕縛する目的で七位と九位が呼ばれた次第でございますじゃ」
九位が機械好きってことは、機械で捜査でもするのかね。
てか、一位はともかくとして、もっと位が高いやつ連れて来いよ。
七位の実力知らんけども。
この街の治安悪いなら弱い俺としては早く帰りたくなるぜ。
「まあ、これ幸いとばかりに暴れ出した悪漢どもは全て七位が捕縛したのですがな」
「すげえな七位」
強かったわ七位。
弱いとか思って悪いな七位。
この国で七位だからそりゃ強いか。
街で七位じゃねえんだもんな。
「しかし貴族殺しの方は見つかっておりません。【爆弾魔】……手口が全て爆殺だったのでそう呼ばれておるのですが、そ奴は痕跡を上手く隠しております」
「やばいじゃんこの街。すぐにでも出ていきたくなったんだけど」
「安心してくだされ。【王国騎士十傑】が到着してからは一度も事件は起こっていません。大小差はあれど、殺しまで発展した事件は鳴りを潜めました。今起きているのは痴話喧嘩くらいですじゃよ」
強力な存在の介入で平和になったか。
それはいいんだけど、裏を返せばその2人がいなくなった途端に再開する可能性が高いってことだ。
根絶やしにしない限りは安心できない。
「七位は子悪党を抑えてたってことだが、九位はどうしていたんだ?」
「それが……当初は【爆弾魔】を追いかけようと勇んでおったのですが……」
『すぐに引きこもって思いつくままに機械を弄っておりました』
「これ、アリス」
……ん?
この話の流れだと……
「おいまさか、爺さん。他人事のように話しちゃいたが……」
「ここにおられたか、ロマニコフ卿」
店内に長身痩躯の男が入ってきた。
男は足元が汚れるのも厭わず店内を歩くと真っすぐに爺さんの下へ。
「いつまでも油を売っていないで、いい加減に【爆弾魔】を見つけ出して頂きたい」
「いやその……見つけ出すためにはそれ専用の機械を作り出せねばいかんのじゃが……」
「一日あれば出来ると言ったのは卿のはずだが? 三日経っているのだからとっくに完成していると私は思い、任せていたのだ」
「完成はしていますじゃよ? いますが……ちょっと興が乗ってほれ、この通り」
爺さんがアリスに目線を送る。
つられて長身痩躯の男もアリスを見ると、まさかと呆れた顔をした。
「……これが、その【爆弾魔】を見つけ出す機械というわけか?」
「どうせなら儂以外にも扱えるようにと思い、作ってみたのじゃが……自分で動くようになりましての。それで今はどこまで付属品を付けられるか挑戦しておったところですじゃ」
長身痩躯の男が頭を抱えだす。
頭痛がするかのように眼を瞑る。
「卿の機械狂いは承知していたがここまでとは……」
「あの……こちらの方は?」
シドドイが爺さんに尋ねる。
とは言え俺も、恐らくはシドドイも予想はすでに付いている。
爺さんは独力でアリスという機械人形を作った。
その腕前は類稀なものであり、そこらにいる人材では不可能。
三日前に店を構えた。
【王国騎士十傑】は五日前に来た。
矛盾する点はない。むしろ噛み合っている。
「……この方は【王国騎士十傑】第七位、アレクサンドル・クライアンス卿ですじゃ」
爺さんが長身痩躯の男の名を語り、
「そしてこのご老人はロマニコフ・メバター卿。【王国騎士十傑】第九位。人呼んで【機械技神】だ」
長身痩躯の男が、すでにバレバレであった爺さんの正体を明かしたのであった。




