92話 【はにぃおいる】 1
クナリスという街はスジャッタに比べ近代的な街並みを見せていた。
レンガ造りの建物が並ぶスジャッタ。乗り物といえば馬車が主流である。
対してクナリスは馬に似た機械仕掛けが荷を運ぶ。建物もレンガとはどこか違う……素材は分からない。
道行く者は……種族は様々だが人間多めで亜人少々。スジャッタと同じだな。
服装はこちらの方がおしゃれというか、色彩豊かだ。
人型ロボット……は残念ながらいない。
「ご主人様……なんだか別世界に来た気分になりますね。1つ隣の街なのに、文明も文化も何もかもが違うような……」
「というか、違い過ぎないか? 聞いていたよりも近代的というか、未来的だな」
スジャッタとそう変わらない街であったはずだ。
そもそもで、国を隔てるならともかく、こことスジャッタは同国内の隣町。
これだけ街の様相が変わるのはおかしい。
「私も、この街は初めてなのですが余りにも聞いていたものとかけ離れていますね……。何かあったのでしょうか」
「んー、何かあったというなら、暗殺があったんだったか」
貴族の暗殺……それも領主だっただろうか。
新たな領主の意向により、より近代的な文明の開発が進んできた。
あるいは……これまでの領主が抑えつけていたか、だ。
「前領主であるドルザーグですね。毒殺、だったかと」
「領主交代が良いように進んだのかね」
まあ方法なんぞはどうでもいい。
というか領主のこともどうでもいい。
「せっかくだから遊ぶとするか。食事処は調べてあるんだろ?」
「はい! お任せください」
何やらパンフレットらしき紙の束を取り出すシドドイ。
付箋やら赤線やらが入れられている。
よほど行きたい場所があったのだろう。
「まずはお肉でしょうか。挽肉にした【ブリザード・タウロス】を捏ねて焼いたものが人気の店があります」
……タウロスって牛でいいんだっけ?
なら要はハンバーグみたいなものか。
久しぶりだな、そういうのは。
シドドイに先導され歩き出す。
「明日一日は完全に暇だよな。どうする?」
「ご主人様がされたいように。私は付いて行きますよ」
とはいえ俺も別にやりたいことはない……。
どうせ知らない場所、知らない人達。
縁を結ぶもいいが、良縁となるか悪縁となるかは分からないしなぁ。
「ここにも冒険者ギルドはあるんだっけ」
「はい。とはいえ、そこまで魔物の種類が変わるわけでもありません。討伐系の依頼は同じでしょう。変わるとすれば……街中で行われる類のものでしょうか」
所謂、お使い系や調査系か。
「どうせなら明日一日はこの街を調査するとしようぜ。依頼とか、この街で最近何があったとか。絶対にこの機械だらけの街は変だぞ」
「いいですね。シルビアさん達にも良いお土産話になるかもしれません」
「まあまずは腹ごしらえからだな。金のことは気にするな。後で医者崩れからせびるし、シルビアに小遣いは貰ってるから」
「ありがとうございます! では……食後にこちらの氷菓子専門店に行ってもよろしいでしょうか?」
「ん? おお、いいな。甘いものは頭を活性化させるしな」
と、歓談している間に目的地へと着いたようでシドドイは足を止める。
「……あれ?」
「どうした」
「いえ……その……」
何か戸惑っているような声。
シドドイにしては珍しい。
「どうやらお店が変わっているようでして……外観は伝聞と一緒なのですが看板が違うようで……」
「短い期間で変わったのかね。人気店だか有名店だったのに、運が悪いこった」
シドドイが申し訳なさそうに頭を下げるが、変わってしまったものは仕方ない。
問題ない、と肩を叩く。
ええと、新しくなった看板名は……【はにぃおいる】?
はにぃ……ハニー……蜂蜜の脂……か。デブまっしぐらな臭いしかしねえが。
「どうする? 入ってみるか?」
「そ、そうですね……」
少しばかりシドドイも引いている。
別に入らなくてもいい。
改めて別の店を探せばいいだけだ。
これだけ歩けば周囲にいくつかの飯屋は発見済みだ。
その中から適当に見繕えばいいだけだし……
「せっかくだからこの店にしてもいいしな。ハニーって付くくらいだから甘味処か? 順番は逆になっちまうが先に甘いもの食べて、後は屋台巡りでもしてみるか」
肉串や饅頭みたいなものを売っている屋台もあるらしい。
道中でシドドイが言っていた。
「そうですね! 何があるか分からない。それも旅ということでしょう。知らない土地で知らない店で分からないものを食べるのも、ご主人様と一緒なら楽しいはずです」
「楽しいかはまあ、この店次第だけどな。まあ……不味くはないことを期待しておくか」
甘いもので不味い食べ物はそう多くない。
甘いだけならばいいのだ……不必要に手を加えなければ。
両開きの重い扉を開けて店内へ入る。
煌びやかな装飾。
天井からは明るく光が照らされ、床は何故かべとついている。
店内はハニーの名に相応しく甘ったるい匂いが……しなかった。
「……ガソリンか?」
すぐにでも換気をしたくなる臭いが立ち込めている。
床は黒く染まっている……重機油だろうか。
店内には至る所に甲冑やら人形やらが置いてある。
ニチャニチャと数歩歩くだけで足が音を鳴らすことを確認すると……
「よし、出ようか」
続いて入ろうとしていたシドドイを押し留めて店から出ようとした。
「ご主人様? どうなされたんです」
「ここは飯屋じゃなかった。汚れるといけない、場所を変えよう」
「いえあの……汚れならこれまでの旅でけっこう服は汚れてしまっていますけど……」
御託はいいんだよ。
俺は一刻も早くここから出たいんだよ。
【はにぃおいる】という店名でこの内装……間違いなくこの店の主に関わると面倒だ。
グリセントよりも厄介な人間が出てきそうな気配がある。
「んぁ? おお、お客かのぉ」
そうこうしているうちに登場してしまった。
声からして若くはない。
耳も相応に年取って聞こえなければ良かったのに。
「店始まってからの初めての客じゃ。とは言え、儂もそう多くはここにいないのじゃがな」
小柄な老人であった。
白髪と白髭だけは立派に生えているが、腰の曲がった小さな爺さん。
よたよたと、覚束ない足取りで俺達へと歩み寄り、低い頭身を更に低く下げた。
「ようこそおいでなさった。儂はロマニコフと申します。この機械で溢れ油にまみれた店の店主でございますじゃ」
「……シドウだ」
「シドドイです」
名乗られてしまったらこちらも名乗り返すしかあるまい。
はいさよならと出来る程に俺も心は強くない。
「機械……ねぇ。別に俺は機械に縁は無いけど」
前の世界ならいざ知らず、この世界で機械と言えば何があったか。
……何も思い出せない。
魔力とか魔法とか、メルヘンな世界だからそういったものは全て廃れたか世界から排除されたと思っていた。
だから、久しぶりに馴染みのある言葉を聞いた気分である。
「ちなみに、この店のはにぃってのはどんな意味で付けたんだ? 蜂蜜が機械に関係しているのか?」
「ん? ……おお、また取れていましたか。実はの、【ばにぃおいる】と店名に付けてみたのですじゃが、何故かよく一部が取れてしまいましての。……なるほど、看板と店の中を覗いてすぐに出ていく者がいたのはそういうことじゃったか」
いや、ばにぃでも意味分からんからな。
ウサギのことか? というか爺さんが可愛くひらがなチックに店名付けるなよ。いや、この世界だからひらがなでは無いんだろうけど。
「まずは紹介しましょう。儂の最高傑作である、【ばにぃばれんと】を」
爺さんが奥の方へと行ってしまい、待つこと数分。
正直、爺さんのお宝自慢がこれから始まることは予想されているけれど、機械の店ということだけあって、ロボットみたいなのが出て来るかもしれない。
このまま爺さんがいないうちに帰っちまおうぜとか思ってもみたりしたけれど、シドドイが期待に満ちた目で店の奥を見ているから出ていくわけにいかない。
数分後、
「お待たせしましたじゃ。エンジンの起動に時間がかかりましてな。少し温めておりました」
冬のバイクみたいなことを言いながら爺さんの横を歩いてきたのは
『マイマスター。こちらはお客様でしょうか』
長いウサギ耳の付いた少女であった。




