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90話 護衛 4

「……もうやだおうちにかえるー」

「ご主人様大丈夫ですか? ほら、外を見てください! 少しは気分が晴れるかと」


 絶賛馬車酔い中である。

 御者である爺さんの腕が良いのか揺れは少なく尻も痛くなかったのだが、流石に長時間乗っていれば厳しい。

 むしろ少しずつ蓄積されていた分、一気に酔いが酷くなってきた。


「申し訳ございません、私の腕が足らないばかりに」

「それなら少しは休憩を……」


 爺さんよ、謝罪よりもまずは行動に移そうぜ。

 それが俺の世界でそれなりに大切にされてきた言葉であり、ただのクレーマーのイチャモンだ。


「休憩は無しだ。私達には休んでいる暇がないことくらいは分かっているだろう?」

「うえぇ……」

「別に私の意地が悪いわけでは無い。単に、お前の吐き気のために全員の命の危機を脅かすリスクを取るわけにはいかないだけだ」


 医者崩れが馬車の外を指す。

 そこには馬車を追う狼型の魔物の群れがあった。

 

「止まれば一斉に襲われるな。馬車が走っているうちは取りあえずは囲まれることはない。奴らは賢い。囲まれるまでは襲うことも無いだろう」


 【ファミリーウルフ】という名の魔物だ。

 名前はほのぼのとしているが、その由来は複数人の獲物……家族であっても容赦なく群れで襲い喰らい尽くしてしまうからとか。他に名前無かったのか。


「……とはいえ、いずれ馬の体力も尽きるか」

「ええ、今は私が何とか動かしていますが、それでも気力と体力は別物。気力は御者がどうにかしても体力は無限ではありません」

「ならば早いうちに倒すしかないか。このままではホープも安心出来ぬ」

「……ふー!」


 今にも馬車の外に飛び出しそうな奴隷娘を医者崩れは手で諫める。

 腕力は辛うじて拮抗しているのか、窓の傍でギリギリで止めている。


「シドドイ……頼むぞぉ」

「はいご主人様! 私にお任せください」


 シドドイが弓を構え矢をあてがう。

 まずは一つ。シドドイが矢を放つと一匹の狼の額を撃ち抜いた。

 しかし、その抜けた穴を埋めるように次の狼が現れる。


「数が多すぎるな……」

「私達を確実に追い詰める数はいると考えた方がよろしいですね」


 現在攻撃出来る者はシドドイを一番手に挙げて、次は……


「爺さんは……」

「申し訳ございませんが馬を操るのに手いっぱいでして」


 あのソーイングとかいうスキルならばなんとかできるような気もするが、馬を止めるわけにもいかない。


「だ、誰か爺さんの代わりに操舵できる人―」

「「「……」」」

「だよなぁ」


 シドドイも出来ないか。……いやシドドイも矢を撃つ手を止めて欲しくは無いが。


「仕方ない。私の出番だな」


 名乗りをあげたのは医者崩れであった。


「まずはお前だシドウ。その酔いを止めよう」


 医者崩れの手から見覚えのある黒靄が現れる。


「あまり勧めたくはない手なのだがな、感覚の一部を狂わせて酔いを消す」


 吐き気が靄に吸い込まれていくように、体調が改善されていく。


「平衡感覚の一部が使えない状態だと思え。確か魔法使いだったな、ならば狙いを定めない魔法はあるか?」


 立とうと思ったらうまく立てず、馬車の壁に寄りかかり座り込む。

 不思議な感覚だ。

 酩酊はしないが立ち上がれない。

 だが……


「吐き気が無いならこっちのもんだ。【スワンプマン】」


 地面から泥の塊が浮き上がり、狼の形を成していく。

 それなりの魔力を込めたから見える範囲にいた狼と同数の泥人形が出来上がっていく。


「足止めで悪いがな」

「いいえ、これで十分です。振り切れればいいのですから」


 爺さんが馬の足を速める。

 後ろでは泥人形を振り切れずにもがく狼が多数見える。

 運よく振り切れたか、隠れていた狼もシドドイが射殺していく。


 そうして10分が経った頃……狼の姿は見えなくなっていた。


「やれやれですな」

「ああ、あの魔物は単体では弱いとはいえ、私では対処できない。あくまで冒険者から見て弱いと言える範疇なのだからな」

「囲まれていれば危なかったですね」


 医者崩れで負けるってことは俺もやばいかもな。

 魔法無しの素の身体能力は医者崩れとそう変わらない、ただの一般人並みだ。


「まだこの付近には他の魔物もおります。気を抜かぬように」


 馬車酔いも無くなった俺を含め、全員気を引き締めた。

 しょっちゅうあんなのに出くわしていたら疲労が溜まりそうだが。





「大きいカブトムシだなぁ」

「あの角は毒液を噴射します! すぐに離れてください!」


 子供心くすぐる魔物はシドドイがすぐに火矢で燃やし殺し、


「熊じゃん! めっちゃでかい熊じゃん!」

「……奥の手というか新技だ。痛覚制御ならぬ感覚制御。【センス・コントロール】」

「っ!?」


 俺の知る熊の2倍はある熊は医者崩れの手から広がる黒靄に包まれたかと思うと声にならない悲鳴をあげてその場に倒れた。


「五感全てを最大限にまで強化した。自身の放つ悪臭と周囲の騒音、風が肌を切るような感覚、眩しいほどの視界、味覚は……特に意味はなかったが」

「要するに、感じるもの全てがうざったくなるってわけか」

「そういうことだ」


 ほへーと感心しているだけが俺の仕事でない。

 これでも座り込みながら【スワンプマン】で足止めをかかさない。

 特に、医者崩れの黒魔法は速度の遅いものばかりなため、俺の魔法による足止めはとても有効なのだ。我ながらいい仕事している。


「当てるまでが難点なのだがな、お前がいれば何とか使い物になりそうだ」

「これも医者として使っていたのか?」

「いいや。最近覚えたばかりだ。何故だか黒魔法の腕が上達してきていてな。あれだけの怨念を受け止めたのが理由だろうか……」


 というよりも、この見覚えのある黒靄が原因としか考えれれないんだが。

 どう見ても……


「ご主人様、これって魔王マモンが使っていた……」

「よせ。きっとよく似た別の何かだろう」


 別に吸収放出の能力を使っているわけではない。

 ただ、医者崩れの黒魔法が黒い靄を媒体として使われているだけだ。





 そんなこんなで一日かけて馬車は進む。

 この中で最も戦闘能力が無いのは医者崩れの保護するホープという名の奴隷娘であり、そいつを守らなければならないという理由で爺さんの戦闘参加は控えめである。

 俺が奴隷娘を守って爺さんが闘った方が早く済みそうなものだが、爺さんは


「私は馬を引く仕事を任されただけですので。それに、私が離れては馬が逃げてしまいますぞ」


 馬を引き止める力が俺にあるはずもなく、爺さんは馬車に留まり降りることのない奴隷娘を守り続ける。

 時折馬車へと魔物が突貫しても糸で編まれた繭で受け止められ、何時の間にか胴を切断されている。

 馬はその度に嘶き怯えているのだが、爺さんの人睨みで逃げることも叶わない。

 逃げるより先に恐怖が足を竦めているのだろうか。


「長いようで短かったですな」

「ふむ。まずは第一関門突破と言うべきか」

「あーうー」

「ご主人様、まずは食事にしましょうか! 有名店は調べてありますので」


 特に何のイベントも起きることなく門を通り過ぎ、馬小屋で馬車から降りていく。

 俺はそれを見ながら


「……いいから魔法を解いてくれよ。もう酔いは覚めたんだから」


 一日中かけられていた酔い止めの黒魔法によって立ち上がれずにいたのであった。


「このまま一日放置しておいた方が良さそうだがな」

「てめっ」

「冗談だ」


 おっと、壁に寄りかからずとも座れるようになった。

 戦闘の度にシドドイに外へ引きずり出されていたおかげであちこち泥だらけだ。


「っと、足に力が入らない……」


 体を動かす感覚を忘れた俺はしばらく立ち上がれずにシドドイに肩を貸してもらうことでようやく街中へと繰り出すこととなったのであった。


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