89話 護衛 3
「そうか、無事に帰って来ることを祈っているぞ」
クエストを受けたから3日程留守にすると言った俺に対してシルビアが返した言葉である。グリセントのところはまた今度でいいやとなり、一度宿に帰ってみるとまだ3人は出かけていなかった。
早速今後の予定を話してみたのだが……
「え……もっと他に無いの? 3日だよ? 最初は短いと思うかもしれないけど案外長いと感じるものだよ?」
「いや、3日は3日だろう。1日を3回繰り返せば君は帰って来る。それに対してこれ以上何を言えばいいんだい?」
「そりゃあんまりにも冷たすぎるぜ」
アイとシーを見習えよ。
1日たりとも離れたくないとばかりに、ひしと俺の腕と裾を掴んでいる。
相変わらずアイは控えめだぜ。
「嫌です……シドウ様が……」
「シドウ様、どこかに行ってしまうんですか?」
「これだよこれ、この反応だよ」
「シドウ様が……死んじゃう……」
「シドウさまー! 帰って来て!」
「いや死にに行くわけではないが」
そしてシーよ、俺はまだ行ってもいない。
シルビアにこのくらいの反応を期待していたわけでは無いが、少しくらい止められると思っていた俺の純情を返してくれ。
もっと早く帰って来てくれとか、違うクエストの方が良いのではないかとか、そんなことを言ってくれてもいいんだぜ?
「どうせ言っても無駄なことはしないよ」
「まあシルビアはそうだよな……」
「私が止めたら別のクエストにするのかい?」
「しないけど?」
「だから言わないのさ」
今回は俺とシドドイの2人でクリストファーもとい【ドクター・ストップ】もとい医者崩れの護衛任務を引き受けることとなった。
それ以上は人数過多で目立ちすぎるし、メンバーを入れ替えるとしてもアイとシーはセット。シルビアには引き続き武器製作の方を担当してもらいたい。
弓使いのシドドイと遠距離からの支援と得意とする俺ではバランスが悪いが、まあ適当な魔物に前線を頑張ってもらいたい。
医者崩れには俺が黒魔法使いであり、魔物使いであることを伝えてある。
見た目が元気な死体を操れば問題なかろう。
「ご主人様の護衛は私が務めますので」
「それだと俺があの医者崩れの護衛をするのか? 嫌だなぁ」
護衛任務を引き受けた2人ともが護衛拒否である。
まあ気持ちはともかく結果として護れていればいいだろう。
近づく前になるべくシドドイに敵戦力を削らせて、削った先から蘇生だ。
「しかし行先は何処と言っていたか……?」
「えーと、隣町とか言ってたな。よく聞いていなかったけど」
どこだったっけとシドドイの方を見ると、
「クナリスですね。依頼書にそう書いてありました」
さすがシドドイ。抜かりはない。
「クナリスだ」
「そうか……いやそこまで自信もって言われると何も言い返せないけど。クナリスは現在比較的安定している街だね。数年前はその街を治める領主が暗殺されたとかで荒れていたが」
「物騒だな」
「まあそれも過去の話さ。王国騎士が警護に入ってからは暗殺騒ぎも消え失せた。子悪党もついでに捕まえられて、かえって平和になってしまったほどだ」
雨降って地固まるか。微妙に違うだろうけど。
「よく知ってたな。シルビアは世俗に疎いかと思ってたぞ」
「当時はそこに何度か赴く用事があったからね。余所者だから目を付けられないよう気を付けたものさ」
嫌でもこの髪色と顔の造りは目立つだろうな。
「騒ぎが消えても王国騎士はそれ以降在中していると聞く。あまり会わない方がいいかもね。君の場合は怪しくなくても怪し気なのだから」
「怪しいんじゃねえか」
じゃあどうすればいいんだよ……って、会わなきゃいいのか。
シルビアの言葉を参考にしつつ俺とシドドイは宿を再び出て医者崩れと合流した。
「待ちわびたぞ」
黒のフードを深く被った男と首輪に繋がれた四つ這いの少女がそこにいた。
これ以上ない怪しさ満点の組み合わせである。
王国騎士に会うどころか通報されて呼び出されるわ。
「なんでフード被ってんだよ。もっと顔出せ。誘拐犯みたいなことになってるぞ」
「む……日差しが目に痛いのだがな……」
「痛いのはその恰好だ」
「そう言うお前も大差ないでは無いか。私も黒だがお前も黒だぞ。そしてフードも深い」
俺はいいんだよ。
なんていうの? 若さ的なものがあるから。
「馬車に乗れば周囲など関係ない。早く乗るぞ」
「歩いていくわけじゃねえのか」
「そんな体力、私にもこの子にもあるわけないだろう」
「もっと運動しろやこの引きこもりどもが」
よく見れば2人とも肌が青白い。
病気的には見えないが健康的にも見えない。
「馬車の手配はすでにしてある。後は私達が乗り、隣町へ向かうだけだ。お前達は馬車に乗っている間の警護。向こうの街中では自由に過ごしてもらって構わない」
「魔物も特段強いの出るわけじゃねえしな。出ても馬車が全力出せば逃げ切れるか」
「ああ。それに、そこの女は弓使いか? 車中から放てれば良いが」
シドドイが弓を背負っているのを見て医者崩れが言う。
「どんな場面でも放てるように訓練されています」
「それは頼もしい。お前は……あの人形があるか……まあ期待している」
藁人形は序の口だぞ?
本気出せばドラゴンだって相手出来るぞ。
医者崩れが歩き出す後を追う。
馬車を頼んでいるという言葉通りその歩みに迷いはない。
やがて一台の馬車の前に止まり、
「ここだな。御者は……」
「ここにおります」
馬車の陰から1人の爺さんが出てきた……爺さん?
「アンタ……金髪勇者のとこの爺さんじゃねえか。なんでこんなところでこんなことやったんだよ」
「これはシドウ様。ご無沙汰しております」
金髪勇者の執事の爺さんが恭しく頭を下げる。
大層な御身分の俺ではあるが、別に部下でもないやつに頭を下げられても嬉しくはない。
「ご無沙汰というけどほんの数日前に会ってるじゃねえか。金髪勇者の方が全然会ってねえわ」
「おや、シドウ様はお嬢様に会いたがっておられるのですね……これはご報告しておかなければ」
「必要ねえだろその情報。というかここで御者やってる理由まだ聞いてねえぞ」
早く帰れよ主人のところに。
「お嬢様は現在、あのシャルザリオンの下で修業中でして、私はその間お暇を頂いた次第でございます」
「それでなんで御者なんか」
「いえ、御者はあくまでついで。シドウ様がクナリスへ向かうと小耳に挟んだので、仕事を買って出たのでございます」
「もはやアンタの方が俺のおっかけじゃねえの?」
ストーカーじゃねえんだからさ。
それ全部お嬢様にご報告して、お嬢様も困らない?
「それでシドウ様、そちらはお知り合いでございますか?」
「え?」
爺さんが俺の後ろを見る。
振り返るとそこには……アシュリーがいた。
「シドウさんこんにちは」
「……いい天気だなアシュリー」
「そうですね。今にも振り出しそうな曇り空を除けば良い天気とも言えるかもしれませんね」
雲を除けばだいたいの日はいい天気だね。
アシュリーはにこやかだ。
その表情の裏に何かを隠すかのように。
「ええ、聞きましたよ。クエストを受けられるそうで」
「話は回っていたか」
「シドウ様の担当は私ですからね。そちらのシドドイさんメインでクエストを受けたとしても同行者であるシドウさんが受けるのであれば私に伝わります。それで、何を言いたいか分かりますか?」
「行ってらっしゃい?」
「ええ、行ってらっしゃい! だけど、私にも一言教えてくださいよ! しかも受けた日って私と会って、会話しましたよね!」
ああ、アシュリーと会話した後に医者崩れと会ったんだっけ。
そのまま面倒だったからシドドイの担当受付嬢に医者崩れが依頼書を提出して、指名依頼ということで受けたんだった。
ちなみに一定以上の額や価値の報酬が出るクエスト、依頼は基本はギルドを介さなければならないらしい。
そうでなければ、クリア後に報酬がきちんと払われるかは依頼者次第。
クリアしてそのままどこかへ……なんて話もあるのだとか。
信頼か保証。その天秤を傾けて、たとえ知り合いであったとしてもギルドを通じて依頼を受けるのが決まりらしい。
そんで、アシュリーは忙しそうだったから何も言わずにそのまま帰ったんだった。
「すまん」
「……別にいいんですけどね?」
じゃあいいんじゃねえかよ。
口に出せばまた五月蠅くなりそうだが。
「それで、どこへ向かうのですか? 護衛任務が今日出発と聞いていただけなので」
「ええと、クナ……クナ……」
「ご主人様、クナリスです」
「クナリスだ」
またもシドドイに教えてもらう。
行ったこともないし縁もゆかりの無い土地だから名前覚えづらいんだよな。
……あれ、この街の名前なんだっけ?
「ちなみにこの街はスジャッタという名前ですよ」
……長年の悩みがまた一つ解決してしまった。
スジャッタが街なのか国なのか、どちらの名前か知らなかったが今日ようやく知ることが出来た。
「ありがとう……シドドイ本当にありがとう……」
これでふとした時に思い悩む機会が減った。
これからは違うことで悩むことにしよう。
と、そういえば発端になったアシュリーは……
「アシュリー?」
「え、あ、ええと……クナリスですか! 今はきっと落ち着いた街になってると思いますよ! ぜひ楽しんできてくださいね」
「いや仕事なんだけど」
どうしてだか呆けていた。
クナリスに何か思い入れでもあるのか?
「そういえば暗殺騒ぎがあったらしいけど」
「まだ犯人は捕まっていないみたいですけど、きっと大丈夫ですよ。領主様を狙う暗殺者がシドウさんなんかを狙うはずないですって」
「いや、なんかってなんだよ」
領主に比べりゃ俺はちっぽけか?
人類みな平等……ではないんだっけか、グリセントに言わせれば。
人の命の価値は不平等。
「ま、いいや。俺も馬車なんてのは初めてだし楽しめそうなことは楽しんでくるよ。往復路以外は自由みたいだしな」
「それは依頼主の私が断言しよう。むしろ向こうではなるべく関わらないでくれ」
俺達を頼りにしているんじゃないのか?
なんで嫌いみたいなニュアンスで言うのかね。
「私も街に付けばまたお帰りまで別行動させて頂きます。お嬢様へのお土産を選ばなければ」
爺さんもこれである。
いや爺さんと一緒にいたくもないけどよ。
「ではご主人様、私と一緒に観光しましょう!」
「ああ……そうだなシドドイ」
このメンツからすれば救いである。癒しだ。
関係性は全く良くないくせにギスギスもしないメンバーでの旅路はこうして始まったのであった。




