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85話 料理対決 6

 壇上……別に言えば厨房は思っていたよりも広かった。

 後半組は俺とシルビア、爺さんを合わせて5人。5組ではない。全員が1人で挑んでいる。


「お手柔らかに」

「それだとカッターラを満足させられそうにねえからな。悪いが全力だ」

「それは結構。お嬢様に相応しい返し方です」


 別にてめえのとこのお嬢様をどうこうするつもりが無いんだがな。

 そもそもたくさんいるじゃねえか、あいつの王子様候補は。

 【音速の貴公子】君あたりでいいんじゃねえの?


「シドウ、これは火加減を実に簡単にしてくれる機能が付いているようだ。ダイヤルを回せば火の勢いを変えられる」


 元の世界のガスコンロによく似た仕組みなのだろうか。

 というか、この世界の厨房を知らないから凄いのかも分からない。


「……あれ? 俺、料理の練習したっけ?」


 そういえば材料集めはしていたがつくった記憶は無い。

 茸とか薬草とか肉とか、新鮮取り立てでアイテムボックスに入れてあるが、肝心の完成した味は何となくで予想しただけのものだ。


「安心するのだシドウ。私もつくったのは一度だけだ!」


 シルビアがこちらへ笑顔を向けるが、それは俺の顔色を青くさせるだけだぞ。

 いやまあ、材料に限りがあるからそう何度も練習は出来ないけどさ。


「君は心配し過ぎな時があるな。楽観的な時と割って半分になれば良いのに」

「それはこっちの台詞だ。こういう時に楽観的過ぎるだろ」


 神経質になれよ。

 

「ほら、私達それぞれが別方向からアプローチするとは言え、はあくまでサポートだろう? 本命ではないし、切り札はシドドイだ。少しばかり失敗したからといって何も焦ることは無い」

「何言ってんだ……確かに切り札はシドドイだ。だが、俺は全員が本命だと思っているぞ」

「え……え?」


 なぜかシルビアの耳が赤くなる。


「全員に勝ち目があるように考えた結果だ。シルビアにだって勝ってもらわなきゃ困る」


 そして俺自身もな。


「それに一位以外だって何か貰えるんだろ? ならそれくらいは貰って帰ろうぜ」


 参加賞の商品券だけは勘弁な。


「その意気や良し、ですな。私も老体に鞭打って戦場に立つとしましょう」

「料理つくるだけだぜ?」

「料理合戦でしょう? お嬢様の命ずる闘いであればそれは私にとっての戦に他ならない」


 執事の爺さんはそでをめくる。

 見事に鍛え上げられた年不相応の筋肉が見えていた。


「……できるな」

「君、筋肉は腕前に関係無いだろう」

「多少はあるぞ。混ぜるときとか」


 ならばこちらも正装になるとしよう。

 

「俺はこれを。シルビアはこっちを」

「……少し恥ずかしいがね」


 シドドイが夜なべしたエプロンだぞ。感謝して着ろよ。


「……仮面にマスクってヤバいな。勿論、常識とかそっちの方面で」

「……君のその長い帽子だって相当なものだぞ」


 俺はコック帽を被る。

 なんか雰囲気的に料理人の気分を味わえる。


「どうだ?」

「いや別にどうだと言われても……」


 あ、帽子がずれて目の前が見えなくなった。


「……いらね」


 ポイと捨てる。

 別に俺の目的は美味い料理をつくることじゃない。

 こんなものに頼る気はさらさらないのだ。


「別に被っていようが料理の腕前には全く関係ないものだったはずだけどね」


 ジルの秘宝でも何でも無くただの帽子だからな。


 包丁を握る。

 参加者の何人かは慣れたものが良いからと愛用の包丁を持ってきているらしいが俺は用意されていたものを使う。

 流石は貴族が用意した道具。

 一目で安物ではないことが分かる。

 リズミカルな音が手元からも、周囲からも聞こえてくる。

 材料を切るのも心地いい。


「よし出来た!」


 最初に厨房から出ていったのはシルビアであった。

 アイツはまあ、ものがものだからな……。そこまで手間が混んでいるわけでもない。


「これは……まさかデザートか」

「料理をしろと言われたが主食をつくれとは言われなかったのでな。それに、シドウ曰く甘いものはそれだけで一食分だとさ」


 カロリーがな。

 食べ過ぎるなって意味で前に言ったことはあるが覚えていたのか。


「ケーキで腹を満たしちゃいけない法律も無いだろ?」

「無いな。くくっ……面白い。肉や魚ばかりを食べた私に甘味か。流石に、否応でも印象に残ってしまう」


 別カテゴリーの料理だけが印象を変えるわけではない。

 そもそもでカテゴリーの範疇を越えたものを作ってしまえば、カテゴリーの内外で括れてしまう。


「さあ食してみせろ。季節の果物を溢れる程に盛ったフルーツパフェだ。酸味のある果物を使っているからクリームの甘さを味わえるぞ」


 シルビアの調理技術はそこまでではなかった。

 だからシドドイと相談し、調理は最低限のカットや混ぜるといった工程だけ。

 火は全く使わないものとなったのだ。


「ふむ……なるほどバランスも良くつくられている」


 恐らくクオリティとしてはそこらの店で食べられるものと大差ない。

 他の参加者がつくればもっと美味くなっていたはずだ。

 だが、つくったのはシルビアのみ。

 他は似たり寄ったりの肉や魚を使った料理ばかりなのである。


 これまた完食してみせたカッターラの顔は満足げなものであった。

 好感触間違いなし。

 他の参加者も今のカッターラにおいそれと自分の料理を運ぶことを躊躇っている。


「どうだシドウ。私の女子力も捨てたものではないだろう」


 凄いなぁ。俺とシドドイで考えたメニューでそこまでドヤれるのは。


 俺はまだ材料を切っているのみだ。

 出来れば最後に出したい。印象と言うのなら、最初か最後。真ん中は薄れてしまいやすいだろう。

 最初はレシピが簡単なシドドイに譲った。

 ならば最後は俺だ。


「シドウ様。先ほどは良いアイディアを頂きました。これより私も調理を開始させて頂きます。『針と糸(ソーイング)』」


 爺さんは肉の塊を取り出した。

 そしてそこにスキルで作り出したらしき糸を通していく。

 ミシン目のように何度も何度も肉に縫い目をつくり、次に周囲を巻いていく。

 チャーシューのようだな。

 

 鍋の中に良く分からない調味料を一通り入れ、水で薄めるとそこに先ほどの肉の塊を放り入れた。

 火にかけ少しばかり待つ。


「ふむ。良い時間ですな」


 やがて沸騰すると同時に火を止めて肉を取り出した。

 ……外だけ見れば火は通っているが、中は生だろそれ。


 どのような肉を使っているか知らねえが、大丈夫なのか?


「『布と鋏(ソーイング)』」


 スキルを使ったのだろう。

 宙吊りになった肉は布で包まれ、その上から爺さんは鋏を使って裁断していく。

 不思議なことに水一滴垂れてくることは無い。


 爺さんは中央から一切れ肉を切りだすと、予め炊いておいた米を丼に盛り、その上に乗せた。


「どうぞ」


 最初の予想通り、チャーシュー丼と表すのが正しいだろうか。

 煮込む程に煮込んではいないのだが、生と呼ぶほどに不思議と血溜まりはない。

 そしてもう一つ、この料理には見るからに特徴があった。


「これは余を馬鹿にしているのか……?」

「いいえ。滅相もございません。むしろ敬意を払っております」

「ならばなぜ……この大きさで出した?」


 一口サイズであった。

 一口サイズの米、そして肉。それらが丼に盛られていた。

 むしろ丼の大きさが虚しささえ覚える程に小さく見える。


「これで良いのでございます。貴方様はこれで満足されるのですから」

「余がこれだけしか食べられないからか?」

「貴方様がたとえどれほどの大食漢であろうとも、私に一度につくれる量がこれだけであり、そしてたったこれだけで満足できると私は自分の腕に自信を持っているのです」


 カッターラの胃袋の総量に合わせたのではない。

 むしろ、カッターラの胃袋がこれで満足と言わせるのだと、執事の爺さんは丼をカッターラの前に出す。


「……まあ量は良しとしよう。しかしこれ……生肉では無いのか? 流石に腹痛を起こすのは面倒なのだが」

「安心してください。私の糸は熱を伝えます故。一見、生に見えようともしっかり熱は伝わり、かつ生のような柔らかさを味わえます」

「ならばまあ……いいか。その糸とやらはスキルか? 後でどのようなものか教えろ」

「企業秘密とでも言っておきましょう。お嬢様に黙っていろと言われておりますので」


 爺さんは貴族に屈しない。

 それ以上に貴族であり勇者である女に仕えているのだから。


 カッターラは丼の中身を食す。

 本当に一口で終わってしまった。

 少し噛んでいたようだがすぐさま飲み込むと


「これは……そうか。余は少しばかり見縊っていたようだ」

「どうだっていうんだ? その爺さんのつくった料理は結局なんだったんだ?」


 一口で終わってしまったからカッターラの感想待ちだ。

 どうも切り分けた肉以外はすでに片付けられてしまったようで、爺さんも二杯目をつくろうとしない。


「煮込み料理は時間をかければ味が染みてくる。それは知っているな?」

「ああ。一晩置いておくとかな」


 カレーが有名か。この世界でも探せばあるのかね。


「だがこの料理は一瞬の煮込みで終わってしまった。火の通り過ぎをこの男が避けたせいでな」

「あれだけで十分と判断しましたので」

「だから余は最初、この肉は調味料の風味だけが移っているのだと思っていた。塩気や甘みは肉本来のものを味わうのかとな。だが……違ったのだ。肉に味は染みていた。たったあれだけの時間でな」


 ……そうか。

 生に限りなく近い柔らかな触感と長時間煮込んだかのような味付け。


「私の糸は味をも伝えますので」


 ミシンのように縫われた糸が味を肉の細部にまで染み込ませていたのか。

 そして今気が付いた。

 裁断する時に用いたあの布。あれは恐らく、染み込んだ調味料、そして肉の脂が染み出さないように閉じ込めておく役割もあったのだろう。

 爺さんのスキルの詳細は分からないが、一滴も垂れていなかったことからその考えは当たっているはず。


「この肉は中央が一番美味しいのです。だからこれ以上は劣化した丼をお出しすることになってしまう。少量であったこと、お詫びいたします」

「良い。余がこれ以上この料理を食べることは無い。飽いたからではなく、満足した故にな」


 爺さんの宣言通り、カッターラはお代わりを求めなかった。

 本当に一口だけで満足してしまったようだ。


「さて、こちらは手を晒しました。シドウ様、残りは貴方だけのようです」


 見れば他の参加者は消えていた。 

 シルビアと爺さんの料理を見て自信が消えうせてしまったのだろう。


「爺さんのより美味いのを作れそうにはねえなあ」

「では降参ですかな?」

「馬鹿言え。それとこれとは話が別だ」


 闘いにおいて強い奴が勝つわけでは無いのと同様に、美味い料理がこの大会において勝つわけじゃねえ。

 それを今から見せてやるよ。

 俺は爺さんの調理を見ているうちに止まってしまっていた包丁を握る手に再度力を込めた。


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