82話 料理対決 3
「歓迎しよう。余がカッターラである」
線が細けりゃ食も細い。
カッターラ・マエストロフという女は青ざめた顔で名乗った。
執事の男に案内された応接室では1人の女が茶を啜っていた。
傍には食べ終わったと思われる汚れた皿がある。
名乗ったカッターラはまるで俺達の登場を知っていたかのように、驚くことなく俺達に席を勧めた。
座ると、すぐに茶と菓子が出される。
【食い倒れ】で大喰らいで食が細い。矛盾した事前紹介であったが、とりあえず第一印象は細い方が勝っていた。
置いてある皿も小さなものが一枚だけである。
「食べることが好きだ。見ることが、嗅ぐことが、噛むことが、飲み込むことが好きだ。しかし、それを趣味と出来るほど余は食べることを得意としていない」
「見りゃ分かる。シドウだ」
「……シルビー」
シルビアがグリセントとの会話を反省にして偽名を使いやがった。
睨むとシルビアはそっぽを向いてヒューヒューとすかした口笛を吹いている。
「そうか。シドウとシルビーか。おかしいな……グリセントからはシドウと、シルビアという2人組が来ると聞いていたのだが?」
「……あの野郎」
早馬にも程があるだろ。
俺達は最短距離でこの屋敷まで来たっていうのに、それを越すか。
「愛称みたいなものだ。気にしないでくれ」
「そうか。どちらがそうなのかは、置いておくとしよう。余は細かなことは気にせんのだ」
「味の細かな違いは気にしそうだがな」
「違いない。調味料然り、水滴一つとて味は薄まる。料理人は食べられる瞬間を想像して、水蒸気となって味が変化することを想定して調理すべきなのである」
無茶なことを言いやがる。
「しかしそれは無理難題であることは承知だ。余は美味い物を食べたいが、硬い物を食べたくはない。料理人が楽しく作った料理こそ、至高なのである」
「そうかよ。それじゃあ俺達の料理も楽しみにしておくんだな。俺とその仲間、計4組が素人部門で出場登録してやるぜ。素人の面白おかしいご飯を食べて腰を抜かすことだな」
カッターラは嬉しそうに笑う。
「ほう、随分と自身があるようだ。余は大抵のことでは動じないが、お前に出来るか?」
「お題は『最も印象に残った料理』だったか。要は奇抜な料理ってことだろ」
「まあ、似たようなものばかり持ってこられても味の上下しか出て来ないのは確かだ。一品だけ全く別な料理が出て来てしまってはそちらが余の記憶に最も深く刻まれるであろう」
なら、やり方はいくらでもあるってことだ。
それに、俺達は4組。事前に被らないように打ち合わせだって出来る。
「奇抜、つまりはその者の思考の到達点である。私が考えつかないものをお前達平民は容易に考えることが出来るのだろう。逆もまた同様。私では思いつかない料理を発見する。その楽しみが今回の大会の目的である」
まあ人の思考はそれぞれ。
頭の中身を覗こうだなんて神の業だろう。
「4組であったな。その申し出、しかと受け取った。2日後の開催であるが、準備は整っているか?」
「いいや。今から始めるさ。何せさっき知ったばかりなんだからよ」
「ほう、それでその自信か。より楽しみだ。料理の完成度は結局は調理時間である。その前なぞ無意味。どれだけ考えようとも一瞬のひらめきの前には一年だって1秒の価値もなくなるのだからな」
と、カッターラは壁にかかった時計を見る。
「すまぬが食事の時間だ。余だけというのもお前達に申し訳ない。どうだ、共に一つの皿を囲もうではないか」
「……いいのか?」
どうも俺の中では食い意地の張ったイメージと食の細いイメージがぶつかり合っている。
だから、その申し出は予想外であった。
「別に何人で食べようが味が変わるわけでもない。ならばほら、普段余が何を食べているのか知るのも良いだろう。どうせ、それが目当てでここに来たのだろうし」
「グリセントからそれも聞いていたのか」
「聞くも何も、グリセントの奴も参加受注は行っているのにわざわざ余のところへ来た。推測は容易だ」
まあ挨拶しに来ただけだなんて思わないか。
それに、あえて知った上で俺達にこう言っているのだ。
甘えても良いのだろう。
「悪いな」
「構わん。先ほども言ったように、味は変わらんのだ。そして、先ほどからお前も疑問に思っているのだろう。なぜ余が大喰らいであるくせに食事量が少ないのかを」
「ちなみに私は何故なのかを知っているぞ」
横でシルビアがどやっている。
そりゃ【鑑定】を持っているからな。
というか最近は怪しいものだが。
マモンは相手が強すぎたからという理由があるからともかく、俺の中にマモンのスキルによって黒魔法の残滓があったことを見過ごした。
どういうことなんだよと問い詰めたら笑って誤魔化していた。
「肉料理でございます」
執事の男が運んできたのは一口サイズに切られたステーキであった。
「ふむ。今日は【チキンソルジャー】の肉か」
「かなり珍しい魔物ではないか。よく手に入ったものだ」
シルビアが感心している。
不勉強なもので俺は知っている魔物しか知らない。
馴染みのない魔物なんて覚える優先度が低すぎる。
「出会いがしらに逃げることで有名な魔物だよ。見た目は厳ついのだけれどね。如何にも闘いに望む見た目であるくせに逃げるから【チキンソルジャー】と名付けられたのだ」
ちなみに、チキンと名にあるが牛肉らしい。
牛の頭と人間の体らしいから、ミノタウロスみたいな魔物のようだ。
「現在の火の通り具合が肉質と噛み応えを最高に保っていてくれている。冷めぬうちに口に運ぶことだ」
俺達の前へ皿とフォークが運ばれてくる。
磨かれ過ぎて俺の顔まで写っている。これを肉の脂で汚すとか……最高だよなぁ。
「そんじゃ、頂きますっと」
大振りの肉を一切れ口に運び噛んだ瞬間――口の中は空となっていた。
「……は?」
まだ噛んでいるはずだった。
なのになぜか
「全く、勿体ないね君も。これだけ上等な肉であれば少しずつ食べるのが良いのに」
「まあまあ。大きな肉を頬張るというのは誰しもやりたくはなるものだ。だが残念、この肉は【チキンソルジャー】の肉。噛まれることを怖がった肉はさっさと喉を通っていくのだ」
「ちなみにこの肉が最初から切られていたのは、素人がナイフを入れると弾ける可能性が高いからだ。ここの調理人はよほど腕が立つとみえた」
ええ……なにその肉怖い。
「余は十分に食べ尽くした。残りはお前達で食べるがいい」
そう言って、カッターラはカットステーキを一口だけ食べると、残りを俺達に差し出した。
「本当に量を喰えないんだな」
「ああ。だがこれで余はまたスキルを使うことが出来るのだ」
「スキル……?」
「そうだ。余がある程度好き勝手できる所以。いくらなんでも一貴族が祭りを催せるわけがないだろう?」
いや知らないけど。
貴族だから有り得るのかとか勝手に思っていたけど。
「【幸福変換】」
カッターラが机の上に右手を置く。
右手は光に包まれると、すぐに輝きを失う。
ゆっくりと開けばそこには、宝石があった。
「……こんなところか。収支は微妙に上だろう」
「左様にございますな」
「……?」
説明してくれとシルビアの方を見る。
「珍しいスキルだよ。そして、あまり持ち主に歓迎されないタイプのスキルだ。幸福とは名ばかりの、ね」
「知っているのか。余も余以外の持ち主には出会ったことがないのだが」
「知識として知っているだけさ。私だって見るのは初めてで、驚いている」
珍しいという情報しか入ってこない。
実に意味のない会話である。
「自身の幸福な出来事を価値あるものに変換する。それが【幸福変換】というスキルだ」
「別に良さそうなものじゃねえか」
幸せなことを体験して金にも換えられるんだろ?
良いこと尽くしに思えるが……
「ところが、幸福は変換されるのだ。残ったままではなく、無に帰してしまう。幸福を感じたという感覚そのものが消え去ってしまうのだ」
「……先ほど余は【チキンソルジャー】を食した。それは覚えているのだ。だが、美味しかったことを覚えていてもそれで何を思ったのかまでは覚えていない」
呪いにも似たスキルだな。
幸福を味わっても分からない。だけど分からないことを分かっている、か。
「使わなければいいんじゃねえの?」
だが幸いにも制御は出来ていると感じた。
カッターラは使おうと思ってスキルを使っていたからだ。
「財政を立て直さなければならないのだ。余の代でマエストロフ家を絶やすわけにはいかぬのだ」
金の為に幸福を捨てるか。
貴族で豪勢な食事をしているくせに社畜みてえなことしてんな。
「一時であれ幸福であった。それを分かっているから余は辛うじて精神を保っていられる。そして、食べることが好きな余だが少しの食事で満足できる。中々に利があるだろう?」
苦笑しながらカッターラは同意を求める。
自身の肯定もまた幸福に繋がるのだろうか。
……いや、それも崩れかけた精神を立ち直らせるためか。
「ついでに言うとな、満腹も消えるのだよ。だから、スキルを使う度に腹が減る。料理大会の料理全てを喰らい尽くすことだって可能なのだ」
それは、裏を返せば何度も幸福を塗りつぶされるということだ。
積もるはずだった幸福。それがいくつも黒く無かったことにされる。
「お前はそれでいいのか?」
聞いたところで俺に何が出来るわけでもない。
だが、それでも聞いてみたかった。
「良いのだ。このスタイルこそ余が【幸福変換】と向き合う最善なのだから」
幸福を金に換えて不幸よりも下へと沈んでいく。
他に生き方を知らない大喰らいの貴族。
それがカッターラ・マエストロフという女であった。
……ん?
ここで気が付いてしまった。
幸福……つまり美味いと思えば高額になって帰ってくる。
これはいい。
だが……その感覚が無くなってしまうのか。
美味ければ美味いほど、印象が薄れてしまう。
なるほど、面白いじぇねえか。
「カッターラさんよ」
「どうした?」
「寂しいお食事もこれまでだ。とびっきり記憶に残るような料理をつくってやるからな」




