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79話 黒魔法 5

『自己紹介は必要ないね。僕はすでにこの世界から旅立っている。ただの残滓が、残りカスが気紛れにやらなかったことをやるだけなんだから』


 見知らぬ、それでいてどこか馴染みのある少年の声がした。

 力があり、絶対の自信を持ち、それでいてどこから諦めた風な声。

 勝者を約束されていたくせに敗者となった。何故か私には声の主をそのように想像してしまった。


『なるほどね、呪をその身に受けたのか。それも自分から。……全てを避けて躱していた僕とは真逆だ。自分では無く誰かの為に行動しようとした結果で死ぬ点も含めてね』


 馬鹿な。

 私は自分のために行動した。

 自分の復讐を果たそうとした。

 自分の中に溜まった鬱憤を晴らそうとした。

 自分の思い通りにならない者達を殺そうとした。


『もう、仕方ないなぁ。今回だけだよ、僕が手伝ってあげる』


 少年の声は何時の間にか楽し気なものへと変わっていた。

 同時に、抑えきれなかった衝動が静まっていく。


 殺意は何処かに消え、吐き気も頭痛も綺麗さっぱりと消失した。

 後に残ったのは晴れやかな気分だけであった。


「これは……?」

『これで最後かな? バイバイ。僕の残滓を受け継いだおじさん。アイツに取り込まれるよりは遥かにマシだったよ』


 名残惜しむこともなく、未練が無くなったとばかりにその声もやがて聞こえなくなった。

 私の意識も途切れていった……。





「おい起きろって。……何でだか知らねえけど怨念は消えてるぞ」

「顔色も良好だ。先ほどまでの土気色も……それは元からか」


 目を開けると目の前には少女の顔があった。

 

「私は……?」


 あの夢のような会話は何だったのだろう。

 それを理解できぬままに少女に飛びつかれた。


「ぐっ……私はお前と違い痛覚はそのままなのだぞ……」


 涙を流しながら私の胸へと顔を埋める少女を宥めながら周囲を伺う。

 ……怨念は完全にこの場から消えていた。

 私や、少女の中に還ってしまっていたのだ。

 他の者から頂いたものもあるから取り込んだと表現した方が正しいかもしれないが……すぐに使えるような状況で無いことは確かだ。


「私の負けか……」


 痛覚の制御も効果が無い。

 振りかける怨念も無い。

 手立ては無く何かをする気力すらも湧きあがらなかった。

 

「勝ち負けって言うんなら、こんなところで俺達に頼った時点で負けだ。もっと事前準備をしておけよ」」

「己を過信し過ぎていたのだな……。ここまで非力だとは」


 そう、元は怨念を運べないことから始まった過誤の連続だ。

 もし私が怨念を1人で運べていれば……力のある奴隷を得ていたら……。


「そも、他人に傷つけられたからといって、全く無関係の者を傷つけて良いわけでは無い。常識を忘れた時点で君は間違えを犯していたのだ」

「ふん。復讐は肯定するのか。ならばすでに終えている私は空の人間では無いか」


 愛していた妻は最も嫌悪すべき対象となった。

 そして、一瞬でその嫌悪は悲痛へと移り変わった。


「妻を殺した。もし貴様らが私に更生などと甘い考えを押し付けるのであればそれは無駄だ。一線を越えた者が公の場に出る時、それは処刑の時なのだ」

「……へぇ。自分の妻をね」

「庇い切れはしないね。どのような背景があったとしても。君がその少女に懐かれている様子から、心根のどこかに情があることは確信していた。……これはどうしたものか」

「別に庇ってもらおうなどと思っていない。そして、私は改心などしない」


 黒魔法がある限り私は周囲から疎まれ続ける。

 隠して生活することは可能だ。

 だが、それでいったい誰が私を真に理解出来るというのだ?

 騙し生きるだけの生活は窮屈で苦しい。私はこいつらよりもそれを理解しているつもりだ。


「ま、とりあえずその妻? の死体見に行こうぜ。まだ生きているかもしれんし」

「馬鹿な。妻はもう数年も前に死んだのだ。生きているはずがない」


 私は男の言葉に思わず鼻で笑ってしまう。


 昨日とかであればそれも可能性はあっただろう。

 仮死状態が無いわけでもない。

 だが、そんなもの関係ないくらいに昔の話だ。

 生きているならばとっくに動き出すに違いない。


「医者は生きた人間を診るのが専門だろ? 任せとけ、死んだ人間を見るのは俺の領域だ」


 そんな自信を見せられたからか、


「……ここより更に地下だ。階段はあの机の下だ」

「おう。どかすの手伝え」


 逆らうことも無く、先ほど怨念の入った樽を持ち上げたのと同様に4人で机を囲む。

 机をどかせばそこには隠し階段があり、蓋を外して男達は降りていく。私と少女も後を追っていく。

 

「シルビア、灯を。後この埃臭さ空気どうにかならねえか?」

「やれやれ。掃除くらい定期的にやってくれたまえよ」


 部屋の中央に光が灯される。

 そして、風が流れ込み、出ていった。


 もう長いことこの部屋には入っていなかった。

 どこかに隙間があったのだろう。

 以前見た時よりも薄汚く、あちこちで蜘蛛の巣が張っていた。


「随分とまあ陰気な場所じゃねえか。……んで、死体ってのは何処にあるんだ?」


 周囲を見渡し男が尋ねてくる。


「何処にも何も、そこにあるではないか」


 部屋の隅、ベッドの上に横たわる死体を指さす。


「……もう骨へと朽ちていたか。それだけ私は放っておいたのだな」


 肉は残っておらず妻かどうかさえ見分けるのも難しい、骨格のみとなってしまった妻の死体。


「結局のところ、君が私をどう思っていたのか、想ってくれていたのか確かめられなかった……。黒魔法が無ければ婚約は破棄されなかったのか? 私という個人は黒魔法に覆い潰されてしまう程の脆弱なものだったのか?」


 確かめようのない事実は闇の中へと消え去ってしまった。

 ……いや、自分の手で消し去ってしまったのだ。

 私の手の中で消えていく妻の命。

 夢中でありよく覚えていないがその感覚はきっとまだこの手の中に残っているのだろう。


「……で? 死体はどこだ?」

「だから、ここにあると言っているだろうが!」


 無遠慮にも男は再度尋ねてくる。

 先ほど私が示した妻の死体を見ているはずなのに。

 なぜ試すような言い方をするのか。少し苛立った口調で返答してしまう。


「いやいや? だってこれ、死体じぇねえぞ。よく出来ているが作り物だ。安っぽい偽物だぞ」

「……は? どけ、邪魔だ」


 急いで妻の死体に駆け寄る。

 あの時、動かなくなった妻を私はこの地下室へと隠した。

 そして、その上に机を置き、二度と見ないと誓った。


「……妻では、ない?」


 男の言う通り、偽物であった。

 遠くからでは一見骸骨に見えてしまうが、近づいてみれば継ぎはぎだらけの陳腐なものだと分かる。


 頭蓋は上下に取れる仕掛けが施してあった。

 留め具を外してみればそこには一枚の紙が入っていた。


「これは……」


 そこに記してあったのは住所。

 この街の、そう遠くない場所の住所であった。

 最後に一言、『お待ちしています』と。


 すぐに駆け出した。

 全身の痛みを堪えながら、階段を駆け上り、部屋を飛び出す。

 すれ違いざまに見た奴隷の少女の顔は、残念ながら表情を読むことが出来なかった。

 ただ、不思議と私にとって嫌な顔では無かった。

 安堵が混ざったような顔であった。


 照りつく日の中を走る。

 体力のない私はすぐに額から汗を流すはめになった。

 滴が額から目に移る。

 拭うことすら手間であり構わず走り続ける。


 すぐそこだ。

 後1つ、角を曲がれば辿り着く。


 どのような感情で妻に会えばいいのか分からない。

 もう一度殺してやる?

 生きててくれて良かった?

 もう関わらないで欲しい?


 どれもが似て非なる感情だ。

 ただ再び、この目に焼き付けたい。

 会いたい。

 会うだけが今の私の彼女に対する目的だ。


 角を曲がった先に見えたもの、それは――


「アンジュ! 聞いてくれ――」


 何もないただの空き地であった。






 分かってはいたことであった。

 妻が偽物の骸骨と入れ替わっていた。

 すなわち、妻が生きていた。

 

 では、それはいつ起こったことなのか。

 推測すらできない。

 妻の死体から遠ざかっていた私には、その権利が無い。


「確か、半年前にはここは空き地になっていたね。その前は長屋のようなものだった気がするが」


 後ろから追い付いてきた女がふと呟いた。

 半年前……。もう追いかけようがない。

 どこで何をしているのか。

 今も生きているのか。

 手がかりは失われてしまった。


「その女が生きていたってことは殺したと思い込んで地下室に放り込んだ数日以内には脱出してたんだろ。そんで、偽物と入れ替わっていた。回りくどいことをするもんだが、直接会えばまた激情に駆られたお前に殺されかねないとでも思ったんじゃないのか?」

「……否定は出来んな」


 驚愕し、真っ白な頭で再び首を絞めただろうことは容易く想像出来た。

 今だってそうだ。

 会うことが目的? ではその先に何があるのか。

 会話することで再び殺意に目覚めてもおかしくはない。


「これでいいんじゃねえの? 互いに隔たれた道を歩み、幸せを探して平凡に生きろよ。殺人罪が殺人未遂に変わったぞ。しかも相手は訴え出ないときた。強迫に怯える日々になっちまうかもしれないが、時間が経てば無くなるさ」

「だが……私にはまだ……」


 根本的な原因である黒魔法が消え去ったわけでは無い。

 これがある限り、他者との関わりなど……


「医者、似合ってるぜ。黒魔法を応用した痛み止め程度かもしれないけど、それだって立派な医者だろ。傷の治癒なんて唾つけときゃ治る。だけど痛みは続く。そっちを専門に扱ったって文句言う奴はいないさ。いたって、教会にでも押し付けちまえ。どうせ後ろ暗い連中だ」

「……それを言うなら私もだがな」


 これまで通りの生活か。

 痛覚を制御して痛みを止める『ドクター・ストップ』。

 誰彼からも拝まれるというわけにもいかなかったが、悪くはなかった。


「怨念も同時に回収していたんだろ? つまりは傷を負った原因である復讐相手への恨みを、怨念を消し去った。街の治安維持に貢献してたんじゃないか。立派立派、どこかに申しだてれば報奨金もらえるぞ」

「……その怨念の行く先を尋ねられたらどう答えればいいのだ?」

「見事に成仏させましたって言えばいいだろ。幽霊じゃないから成仏も違うか? まあ似たようなもんだろ。良くないものを消し去りました。悪を以て悪を征する。黒魔法だって見直されるはずだ」

「君、それは結局悪ではないか」

「おっと、なら……蛇の道は蛇ってか? 悪で無くても正義じゃないだろ」

「……悪でいい。むしろ悪で無くては困るのだ」


 正しいはずがない。

 清いはずがない。


「私が悪だからこそ妻と別れた。正しければ今も隣に妻がいるはずだ」

「……そうかい。それでお前が満足なら俺から言うことはねえよ」

「事件は解決、か」

「違うぞシルビア。そもそも始まってすらいねえよ。殺しは無かったし怨念も浄化するために集められた。何も無かったところに俺達が来ただけだ。なあ、おっさん?」


 これは、この男なりの恩情というやつだろうか。

 何も無かったから私は無罪であり、これからの人生は自分で考えて生きろと。そう伝えようとしているのか。


「そうだな……私は何もしていなかった。お前達が勝手に引っ掻き回してくれただけだ」


 引っ掻き回してくれたおかげで私は長年抱えていた苦悩を解決するはめになってしまった。

 居もしない妻を想うことももうない。

 

「帰って忠犬に構ってやれよ? 勝手に家を出てはいけないと思って今も家の中で寂しく待っているんだからよ」

「……そうか。私を待っていてくれているのか。こんな私を」


 忘れていた。

 妻を失ってもすでに一人ではない。

 私と共に歩んでくれる存在がいた。


「奴隷の少女を囲うおっさんって近所で噂されたくなかったらもう少し綺麗にしとけ。せめて娘とみられるようにな」

「……そこまでの年齢ではない」


 さすがに10代の少女を娘に持つ程年齢を重ねていない。

 いや……それほどに老けてしまったのか。

 髭も伸び放題。

 服も最後に取り換えたのはいつだったか。


「……いっそのこと一新してみるか」


 やり直そう。

 正しき人間になるつもりはない。

 だが、正しくなろうと思うくらいはいいだろう。

 それが黒魔法を用いてはいけないわけでは無いのだから。


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