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77話 黒魔法 3

『泥の中にワインを入れてもそれは泥だが、ワインの中に一滴でも泥が混じればそれは泥である』


 何処かからか伝わった言葉だが、要は純度の問題だと私は解釈した。

 泥はそもそもで土や他の成分が入り混じって泥と為す。

 だが、ワインはワインのみで構成されている。その純度が100%で無ければワインとは呼べないのである。

 

 樽に入った怨念はワインというよりも泥だ。

 その性質もさながら、怨念の持ち主が泥のように入り混じっている。

 私を始めとした奴隷の少女、そして私を医者と崇めて痛みから逃れようとする愚かな街の者の微弱なソレをかき集めて煮詰めたものだ。

 精神が惰弱なものが見ればそれだけで常軌を逸してしまうことだろう。

 ましてや、まともに浴びれば廃人どころの話ではない。

 醜悪な魔物へと変貌する可能性とてある。


 ……煮詰めた挙句にその重量が増してしまったのは計算外であったが。

 というか、怨念は得てして軽量というか、概念であるため樽の重さだけかと思っていた。

 軽い怨念など無いということだろうか。


「これだ。この樽を運んでもらいたいのだ」

「酒でも入ってんのか? それにしては匂わねえが」

「中身は水だ。無臭なのは当たり前だろう」


 中身を嗅ごうとする男の前に慌てて立ち塞ぐ。

 見られでもすれば面倒なことになる。

 この男がどうなろうと良いのだが、その処理とせっかく得た人手が無くなってしまうのは勿体ない。


「祭りの際の飲み水となるのだ。日に当てたくないため、ここに運んでおいたのだが……運び手が不足していてな。困っていたのだ」

「……ふうん? まあいいや」


 厳重に樽の蓋が閉じられていることを確認する。

 怨念は液体状だ。それこそ水のように滑らかで、闇の如く混沌とした色をしている。

 運搬の途中で漏れ出る可能性はある。

 樽一杯の怨念は少しでも傾ければ漏れ出てしまうだろう。……蓋をしているから多少は問題ないと思うが。


「台車でもあればいいんだけどな……」

「風魔法で軽くしよう」

「何でもありだな風魔法」


 4人で樽の端を持ち上げる。

 ……なるほど、軽い。

 ほとんど何も持っていないに等しい軽さだ。

 風魔法……羨ましいな。黒魔法とか、本当に何なのだ……。


 今更になってやはり他の魔法への適性を諦めきれない自分がいることに気が付く。

 白魔法とまで言わずとも、こうやって風や火魔法を使えればまた人生は大きく変わっていたのだろう。

 こうして怨念を街中で解き放つために運ぶことも……。


「俺は祭りの会場ってのも何処か知らねえんだけど、おっさんが先導してくれるってことでいいんだよな?」


 男に声を掛けられ我にかえる。


「あ、ああ。場所は把握している。まずはここを出て左に……?」


 おかしい。そう思ったのは慌てて樽を持ち直した時であった。

 中身が揺れる感触がやけに大きかったのだ。

 樽の大きさに比して中身が少ないために揺れ幅が大きくなっている。

 ……まるで怨念が減っているかのように。


「シドウ、その足元にあるのはどうしたのだ?」


 ふと女が男へ尋ねた。

 つられて私も男の足元を見る。

 そこには、小さな人形があった。

 藁で作られた人形。まるで呪いの触媒にでも使われそうな素材である。


「これか? 俺の新しいスキルだ。今まで死体は動かせていたけど、今度からは違う。非生物だって動かせるようになったんだぜ」

「ほう。それは戦術の幅が広がるね。何か条件とか、制限はあるのかい?」

「そうだな……今の俺じゃそこまでの大きさは動かせない。せいぜいがこの人形くらいだ。それと、原動力だな。こいつらは何も俺の魔力だけで動いているわけじゃない。むしろ自我を持たせるために集めなければならないものがある」

「ほう、それは何なのだい?」


 少しばかり興味深い話ではあるが、今はそれより今後の計画だ。

 怨念の詰まった樽を街中に設置した後、どのようにぶちまけるか。

 祭りの最高潮がいいだろう。そこを――


「怨念をこの人形に入れるんだ」

「っ!?」

 

 怨念!?

 何を、この男は言っているのだ。


「ほう」

「怨念って、要は自意識から生まれたものだろ。どうせ大した使い道もないし、使われたところで禄でもないだろうし。俺のペットにしたって問題ないだろ」

「しかし怨念、ね。どこにおんねん……」

「あ?」

「……いや何でもない。そこらにあるものなのか?」


 そう、まだ決まったわけでは無い。

 この樽の中に詰まった怨念が使われたわけが……


「そこらにあるにはあるんだが、薄いな。だけど何でか今はこの辺から濃い怨念があったんだ。だから、拝借しちまった」

「貴様ぁぁぁぁ!」


 男の胸倉を掴む。

 その拍子に樽は大きく揺れる。

 私が手を離してしまった分は奴隷の少女が慌てて肩代わりしているが、正直そこまで重いものではないからそれも杞憂だろう。


「な、なんだよ……」

「お、怨念を! 貴様は何処にあった怨念を使ったというのだ!」


 男も樽から手を離している。

 今は女と奴隷少女のみ。2人も私達の様子を見て怪訝な表情をしながら樽を床に下ろしている。


「いや、だから……この樽の中にあったものだけど? 水とは嘘言ってくれるもんだぜ。なあ、『ドクター・ストップ』さんよ」

「くっ……」


 樽の蓋を無理やりこじ開けて中身を確認する。

 そこに入っていたのはもう三分の一も無い怨念だ。

 これだけでも相当な人数を呪えるが、本来を考えれば足りない……。


「不思議だなぁ。名医が害しかない怨念を何で祭り会場に運ぼうとしているのか。まさか公開で浄化でもするわけでもないし」

「どういうことだ、シドウ」

「怨念ってのは呪いの触媒の一つだ。しかも、これは相当な濃度だぜ。こんな物を街中でばら撒こうものなら、街1つ絶えることになる」

「……そうか。ならばお前は悪党ということだな」


 女は私を睨む。

 先ほどまで男と会話していた時の優しさは欠片も無い。


「一体、誰に恨みがあるのだ。何の罪もない街の人間を巻き込まなければならない程、貴様は誰に何をされたのだ!」

「何も? まだされていない。だからこそ、私はやるのだ」


 ……仕方ない。

 残った怨念でどうにかする他あるまい。

 時間はかかるが集め直すことだって可能だ。


 まずはこの2人を……殺すか。


「罪もない? それなら私だってそうだった。忌み嫌われる黒魔法が使えるから罪人のように扱われる。そんなことがあって良いはずが無い。世界そのものがおかしくなっているのだ。私を拒絶すること、それこそが罪だ」


 懐からナイフを取り出し女の腕を斬りつける。

 咄嗟に女は避けるが浅い傷を付けることには成功した。


「『ペイン・コントロール』!」

「ぐあっ!?」


 女は斬られた腕を抑え蹲る。

 斬られた傷口をほじくり返されているような、劇薬物を塗り込まれているような激痛が襲っているはずだ。

 『ペイン・コントロール』。痛覚の増減魔法。

 本来はこのようにして使うものである。


「女の命が惜しくば大人しくしていてもらおうか。このままでは痛みで精神が破綻するかもしれんぞ?」


 ナイフを構えて男へと迫る。

 武術の心得など全く無い私だがこうやって武器を持てば決して無力というわけでもなくなる。

 少しでも傷を付ければ私の魔法で致命傷にまで痛覚を届かせる。

 それで終わりだ。


「……それも黒魔法ってやつか?」

「ああ、そうだ! 他者を害することしか出来ない魔法。どうだ、貴様も恐れ慄くがいい」


 じりじりと男へと距離を詰めていく。

 油断はしない。この男が冒険者であることは何となく会話から察している。

 ナイフを避けられ、武器を奪われ、制圧されてはこちらに手立ては無くなってしまう。


「恐れ慄くならまずはお前からだぜ! さあ、復活せよシルビア」

「まだ死んでは……いや、いたか。だが今はまだ倒されてはいなかったぞ」


 女が何事も無かったかのように立ち上がった。


「……は?」

「『メンテナンス』。傷は跡形もなく修復したぜ」

「……痛覚の制御とか、低俗な使い方をしてくれる。黒魔法とて暗視だとか使い道はいくらでもあろうに」


 なぜだ……なぜ平然と立っていられるのだ。

 傷を治した。これはいい。

 だが、それでも一度体験した痛みというものは脳に刻まれる。

 過去に死ぬほどの激痛を味わってでも無ければ、今の痛みは乗り越えられない程のはずだ。


「痛み、ねえ。そんなものは幻だ。脳が危険信号を出しているだけに過ぎない。痛みによる精神破綻か……死という概念がすでに無い俺の死体人形には縁遠いもんだな」


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