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76話 黒魔法 2

 私に出来ないのならば他の者にやらせよう。

 すなわち、力のある冒険者に運ばせよう。

 ただの荷運びであればそう高くない金で雇うことが出来る。

 命の危険の無い、それも街中での作業だ。

 成りたての冒険者であれば飛びつくだろう。


「くっくっく……自ら厄災を街中にばら撒くとは思いもよらないだろう」


 ……依頼というのはやったことが無いが、冒険者ギルドに向かえばいいのだろうか。

 なるべく深いフードで顔を隠して……普通に太陽が照りついていて目が眩む。

 奴隷は変わらず私の後を四つ這いで付いてくる。

 ……少し考えてこいつにも顔を隠せるようなフードを被せてやる。

 

 久しぶりの家の外の第一歩だ。

 希望に満ちておらず、むしろ絶望で溢れた歩みを始めようとしたところで


「あのー」


 声をかけられた。


 冴えない男だ。

 これといった特徴も無い男。

 後ろに控える金髪の女にはどこか惹かれるものがあったが……妻となるはずだった女の影が脳裏にちらつく。あと、奴隷の少女に睨まれたような気がした。


「ここ、表で見てくれない闇医者で合ってる? 合ってるならちょっと見て欲しいんだけど」

「……誰だ」


 確かに、黒魔法を利用し医者を名乗ったこともある。

 日銭を稼ぐには必要なことでもあった。


 『ペイン・コントロール』を使えば一時的に苦痛を軽減することは出来る。

 原因を一切排除しないから後々で苦痛が増えることもあったがな。


「こら、無理強いするな。やはりその程度の掠り傷で医者に診てもらうなど必要無かったのだ。唾でも付けておけ」

「もう傷は塞がってるっての。だけどなんか痛い気がするんだよな。魔王のスキルだし、バイキンでも混じってたんじゃないか不安じゃね? お前らは俺が直したからいいけどさ」


 まるで母親に叱られた子供のようにその男はグチグチと言い訳らしき言葉を並べた後に、


「この辺に『ドクター・ストップ』とか異名を持つ医者がいるって言うじゃないか。痛みをピタリと止めてくれるモグリの名医が」


 ふん、『ドクター・ストップ』か。

 如何にも、私がそうなのだが……あまり自分から名乗りたくはない名だ。


「……矛盾しているな。名医であればこのようなところで燻る必要が無い」

「だよな。だがよ、だからこそ訳有りの医者だからこそ訳有りの患者しか診ないんじゃないかって思うんだよ」

「君のはただの教会嫌いでは無いか。優秀な白魔法使いの者に菌ごと痛みを消してもらうといい」


 白魔法……だと? 

 断ろうと思っていた口が動き出す。


「……診せてみろ」


 教会嫌い。

 白魔法から逃げている。


 この男も何か理由があって教会を避けているようだが……犯罪者の類か?


「お、マジで? てか、やっぱりアンタが医者だったんじゃねえか」

「すまない。適当に診て、気のせいだと言ってくれればそれでいいから」

「それは俺に聞こえないところで伝えとけや」

「ふむ……」


 その場で差し出された腕を診る。

 男の言っていた通り、傷は塞がっている。

 薄っすらと残った痣ももう消えかけだ。

 回復薬の類を使っただろうことは分かる。


「魔法か何かの攻撃を受けたか……。ただの武器では無いな」


 魔力を帯びたものが当たったことが分かる。

 それも、黒魔法に系統したものだ。


「さすが名医だ。そこまで分かるのか」

「……確かに、呪いとではいかないが黒魔法が体内に入り混じっているな」


 普通であればそのまま自らの魔力と混ざり無くなってしまうものだ。

 そこらに漂う雑菌と一緒で体内に入ったところで大事ない。余程、免疫力が落ちでもしない限りは無効化してしまうのである。

 ……魔力の感知が高いのか。


「なあ、そこまで分かるなら治せるか? どうも気になって仕方ないんだよ!」

「……五月蠅い。すでに終えている」


 放っておいても良いが、良いことを思い付いた。

 本来の目的を果たすためだ。

 どうせ、それほどの手間でも無い。


 男の体内に混じった黒魔法の残滓を私の中に吸い出すだけだ。


「……お?」


 どうやら男も違和感が消え去ったのを感じ取ったようだ。


「……ぐ!?」


 逆に、私の中で何かが膨れ上がるように気持ち悪さが湧き出て来た。


 ……なんなのだこれは。

 目の前の男は何を貰ったのだ。

 ただの黒魔法ではない。先ほどは呪い程では無いと称したが、呪いどころではないナニかだぞ。


 ……違和感などとよく言ってくれたものだ。

 平気な顔をしておいてこんなものを私に受け継がせるとは……。


 だが、徐々にそれも収まってくる。

 どうやら一時的に私の中でアレルギー反応の如く出ていただけのようだ。


「大丈夫か?」


 額に脂汗を垂らし、動悸により膝を付いていたようだ。

 目の前の男は不思議そうな顔をしている。

 ……決して心配そうな顔をしているわけでもないことがこの男がどのような性質なのか伺わせる。


「……問題ない。持病の発作のようなものだ」


 奴隷の少女がこちらを見るが、手を振って無事であることを伝える。。

 手も足も動く。

 体力は多少消耗した。これからやることを明日に延期しようかと思う程気力も減った。

 だが、やらねばなるまい。


「さて、代金の方だが……」

「おっと、言っておくが金はあるぞ。だが法外な値段だったら出るところに……出られないからシルビア先生の出番だ」

「恥ずかしいから出番が来ないことを祈るよ」


 ふざけたことを言いながら男はチャラチャラと音を鳴らす布袋を取り出す。

 そこそこは持っているようだ。だが、私に必要なのは金ではない。

 力だ。

 単純な力を求めている。マンパワーこそ私に足りていないものだ。


「見たところ、冒険者か?」

「ああ、まあそんなところだ」

「成りたてだがね。だから、私達にそう高額を求めないでもらえると助かる」

「下手に出るなよ。舐められるぞ」

「……すでに君が下に見られるような言葉を多々発しているのだが、気づかなかったのかい?」


 ほう、成り立ての冒険者か。

 金はあるようだが、彼らとてなるべくは使いたくは無いはず。

 ならばきっと引き受けてくれるだろう。


「金は良い。こんなもの、少し私が魔力を使った程度だ。道具も薬も使いやしない。だから……少し力を使ってはくれまいか?」

「力……だと?」

「ああ。実は大荷物があるのだが、私も年だ。力が出なくてな。若い二人ならあるいは、と思って」


 全く嘘を言っていない。

 私はただ、彼らにはあの怨念の入った樽を外に運び出してもらいたいだけだ。


「別に俺、力持ちでも何でもないぞ?」

「私も見た目通りの有様なのだが……」


 ……確かに。人選を見誤ったか。

 見た目はひ弱な男と女だ。

 巨体であるわけでも、筋骨隆々なわけでもない。


「……それでも私よりはマシだろう。それでも駄目なら、悪いが4人がかりで運ぶことにするか」

「4人……?」

「私とシドウと、貴方と……」

「コイツだが?」


 足元の奴隷少女を指さす。

 いくら弱くともゼロではない。

 いないよりはマシだろう。


「……偉いお医者さんだが性癖はアレなのな」

「静かに! 性癖はあれでもきっと高名な医者なのだ」

「聞こえているぞ……それにこれは私の趣味ではない。私は……うっ」


 性癖……性癖……妻が……


『あなたって……あれよね……変わっているわね』

『恥ずかしいから他所では言わないでくれる?』

『……男なのに』


 妻の言葉が頭の中で反復する。

 よしてくれ。

 一時の過ちだったのだ!

 試してみたかっただけなのだ。


「大丈夫か?」

「……問題ない」


 先ほどこの男から魔力の残滓を吸い取った時よりも汗をかいた。

 ……倒れる程では無かったがな。


「訳有って話すことは出来ぬ。そして力もあまりない。私の助手をやらせているが取り立てて役に立つことは無い。そんな奴隷だ」

「なんでそんなの買ったんだよ……そういう奴だって疑われても仕方ねえぞ」


 それは黒魔法の実験に……なんて言えるはずもなく、呪いの根源とも言えず、


「……体中の傷を見て治したくなったのだ。心の傷までは癒えなかったがな」


 適当な言葉を吐くのが精いっぱいであった。


「さすがは医者だ。君とは違うな、シドウ」

「俺だって悲しき運命で離れ離れになった双子奴隷を引き合わせてやっただろうが」

「ほう。お前も奴隷を持っているのか」


 それも最低2人以上。

 思っていたよりも優秀なのだろうか。


「まあな。それで、荷運びだったか? 少しでいいならやるぜ。多分4人で運ぶことにはなるだろうがな」

「ああ、私達に期待しないでくれ!」

「それならそれで……まあ良いのだがな。要は、外にさえ出せれば私は良いのだ」


 さて、工房内はある程度片付けている。

 目に付かないところに書類は整理してあるし、入ったところで多少の機材くらいだろう見えるのは。

 こいつらが私を医者だと思っている限りは、怪しまれることは無い。


「荷はすぐそこだ。場所はそうだな……この街の中心、二日後に開催されるであろう祭りの準備会場の傍まで運んでもらおうでは無いか」


 そして人が最も多く集まったタイミング……祭りの最中で怨念を爆発させるのだ。


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