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75話 黒魔法 1

【???視点】


 黒魔術を習得していた。

 

 何時、習得したかは覚えていない。

 気が付けば、己の確固たる個性……スキルの中にそれはあった。


 白魔法が良かった、などとは当時は思ったものだ。

 回復や味方の支援の魔法が多く存在する白魔法は重宝される。

 

 白魔法を使えたから、敗国の神官であっても丁重に扱われたなどとはよく聞く話だ。

 貴重にして奇跡の使い手。

 

 極めれば死人とて生き返らせるとも言われた白魔法を使えたら、私もさぞや大成しただろう。……まあそんなものはもし王様の家に生まれていたら、といった子供の戯言と差異は無いのだがな。





 黒魔法は、白魔法に対して忌み嫌われている。


 使い手に盗賊や暗殺者が多いせいか、それとも単に印象が悪いせいか。

 黒と白。好印象はすでに白へと傾いている。悪印象は黒へと偏ってる。


 肝心の黒魔法の使える魔法とて、呪いや精神支配系統が多い。敵に対してならまだしも、それが暗殺に使われるのだから裏稼業の人間のための魔法という印象が更に強くなる。


 だから、黒魔法を使えることを隠す者は多い。

 冒険者ギルドや教会はステータスボードがある以上は黒魔法の使い手を把握しているだろうが、それを表沙汰に広めることはない。それは、優れた冒険者や教会出身の者の中に黒魔法を使える者がいるからであろう。


 生まれてこの方、ステータスボードに触れたことの無い人間や、私のように黒魔法が使えるようになったことを自覚してから触れることを避けてきた者は例外としても、黒魔法を使えると知られただけで人間づきあいがそれっきりとなってしまう者は多く存在しているのだ。


「……頃合い、か」


 そろそろ舞台の準備が整った頃だろう。


 長かった。

 私が黒魔法を使えるようになってから早数年。

 最初は戸惑った。

 使い方も分からず、そして試すわけにもいかず。


 私も屈強な冒険者であったならば、街の外に出てそこらのモンスターに試し打ちすることも出来ただろう。

 だが、生憎と私は根っからの研究者。

 黒魔法を研究することが出来ても実戦するには些か……いや、だいぶ力不足であった。


 金はあった。

 趣味も特にない私は変わり者、と揶揄されながらも特に使い道の無い金を貯め続けた。

 

 それは、何故なのか。

 今はっきりと分かる。

 この時のため。黒魔法の実験をするに金が必要になると私の奥底に眠る何かが告げていたのだ。


「始まりは……こいつだったなぁ」


 私は、隣で私に這いつくばる1人の少女を見る。


 私が鬱陶し気にソレを足蹴にしても、喜び笑顔で私の足に頬擦りする。

 ソレの顔にも体中にも、幾つもの痣が浮かび上がっており、見ているだけで痛々しい。

 いや、実際に痛いのだろう。

 

 病気ではない。火傷や、数々の虐待――躾だったか?――の末にその身に刻み込まれることになった消えぬ痣だ。


 しかしその少女にはすでに痛覚は存在しない。痛みを感じていないような笑顔ではあるが、本当に痛みなど感じていないのだ。


 その理由は、黒魔法の1つである『ペイン・コントロール』を私が使ったからである。


 痛みを増減させる黒魔法。

 普通であれば、苦痛をより与えるための魔法である。


 捕虜に対する拷問や、痛みで戦闘に集中させなくすることで有利に進める。

 

 苦痛を和らげるのであれば、回復用の薬や、それこそ白魔法がある。

 黒魔法に頼ることはない。そもそもで、黒魔法を使う得体の知れない者と一緒にいたくはない。

 だからこそ『ペイン・コントロール』を使って、痛みを減らす者など私くらいしかいなかっただろう。



 私がこの少女を手に入れた時、彼女はすでに死に体であった。

 体ではなく、心が。精神がすでに死を望んでいた。


 奴隷商会にて彼女を見つけた時、私は黒魔法の実験台くらいにしか思わなかった。

 前の主人によほど手酷く痛めつけられたのだろう。そこに同情は入りこそするが、私が手を緩める理由などはない。


 痛みはすでにこれ以上なく味わっている。

 だから、痛みを減らした。その方が、効果がより分かるから。


 私の使える黒魔法は、とりわけ呪いに偏っていたようだ。

 死霊を操るものや、精神を操作するものではなく、生きている人間の怨念を増幅したり、負の感情をいかに引き出すかに長けている魔法が多かった。

 『ペイン・コントロール』もその一つなのだろう。

 痛みによる負の感情。自分を呪い、相手を呪い、世界すらも絶望の海に沈みこみたくなるように仕向ける。

 その怨念の力を黒魔法で呪いに変える。


 文献にはコボルドを地中に埋めて飢えさせ、そして首を斬るといった黒魔法もあった。

 残念ながら、そこまでの力の無い私には無理であるが機会があれば試してみたい。


 それからは少女を使って、散々黒魔法を試した。

 彼女の前の主人に対する怨念を増幅させ呪い殺した。

 彼女の傷を、彼女を嘲笑った者達に同じ様に浮かび上がらせる呪いも試した。


 その度に何故か少女は私に懐くようになったのだが、私にはその理由は分からない。

 もしや黒魔法の副作用で彼女の精神に何かしらの影響があったのかもしれない。

 

 まあ、その辺りは不都合が無い限りは放っておいてもよかろう。

 私も彼女も、まさか信頼関係なぞ生まれることは無い。

 私の所有物で黒魔法を試しただけに過ぎないのだから。





「そういえば……巻き込んだお前にはまだ何も言っていなかったな。私の始まりを」


 とは言え、私の所有物だ。否を唱えさせるつもりは始めから無いのだが。


 さて、きっかけを思い出すとしようか。

 私が、分不相応にもこの街を呪おうと思ったきっかけを。


 始まりは何だったか……ああ、そうだ。

 この街には1人だけいたのだ。私が黒魔法を使えると知っていた者が。

 その者は、私の婚約者だった女だ。

 将来を誓い合った仲。両親同士による政略結婚に近いものであったが、同時に私達は惹かれ合っていた……と私は思い込んでいた。


 聡明で、それでいて気立ての良い女性だった。

 思い遣りのある彼女は両親を置いて家を出られない。だから結婚は出来ない。そうも言っていた。

 幸いにも長男では無かった私は家を出て彼女の家へと名を連ねることも可能であった。

 それならば、と彼女も納得した。


 もはや障害は何もない。

 めでたく結婚し、私も彼女も末永くこの街で暮らしていく、と思っていたのだ。


 だが、障害は突如として現れた。

 私の黒魔法だ。


 黒魔法を使えることを自覚してすぐ、私は彼女にだけは打ち明けた。

 当然ながら、一生使わない。それは絶対だ。

 だから、受け入れて欲しい、と。


 しかし彼女は拒んだ。

 まるで汚らわしい汚物を見るかのような目で私を見て、そして吐き捨てた。


『貴方の居場所はこの街にはない。すぐさま出て行かなければ、貴方が黒魔法を使えることを街中に言いふらす』


 確かそんなことを言っていた。

 もう記憶は薄い。


 その後すぐに彼女は私の下で冷たくなっていたことは覚えている。

 首には誰かが絞殺したことを示す痕があった。


 言うまでも無く私が殺したのだ。


 だが、その時の私は疑心暗鬼であった。

 すでに彼女が誰かに言いふらしたのではないか?

 私が黒魔法を使えることを知っている者がこの街にはいるのではないか?


 どうせ私を迫害しようとするなら、こちらから殺してしまおう。

 その結論に私は辿り着いた。

 どうせこの街には彼女はいない。愛する者などいない。


 ほどなくして両親は他界した。

 こちらは病死であった。

 どこか、遠い町へ引っ越しさせようとしていたが手間が省けた。


「まあ、こんなところだ。どうせ黒魔法なんてものは誰かを殺すことに長けた魔法なのだ。それも、ただ殺すのではなく、苦しめて殺す。……と言っても、お前には通じないか」


 少女は言語を失っていた。

 話すことも、理解することも出来ない。


 ただ、感情を表情で示すだけ。

 これだけでも、買った当時からはだいぶ回復したが。

 だが、今でも私が『ペイン・コントロール』を使い続けなければ彼女は痛みで気絶するほどに泣き叫ぶだろう。

 痛みは癒えない。傷は、心に深く刻まれていた。


「第一段階は失敗したか……まあこれは前座だ。些事には拘らない」


 私の計画を阻む者がいるとすればそれは冒険者の連中だろう。

 獰猛なやつらを退ける力は私には無い。

 どれだけ弱くとも、冒険者の1人でも私に気が付けば計画は失敗する。


 だから、冒険者ギルドの傍でネズミを1匹放った。

 ただのネズミではない。

 『マッド・マウス』。猛毒を持つネズミだ。

 しかもこいつは遅効性の毒を持つ。気づいた時には多くの冒険者が死ぬことになるだろう……そう思っていたのだがな。


「使えぬネズミだ。毒団子でも食らったか?」


 なんと、飢えさせた状態で放った『マッド・マウス』は冒険者の誰一人として殺すことなく、一目散にネズミ駆除用の毒団子に喰らい付くと、そのまま泡を吹いて死んでしまった。


 計算外、と言えば計算外。

 毒持ちのネズミは特に毒に強いわけではないらしい。

 

 そして、案外と『マッド・マウス』は高価であった。

 用途を不明のまま購入するのであれば、当然ながら足のつかないところから買わなければならず、随分と時間と金をかけさせられた。


 だが、その間にも別の計画は進んでいる。

 奴隷の少女から集めた怨念。

 苦痛を植え付けられた彼女には未だ恨みを晴らせど行先の無い怨念が溜まっていた。

 そのままでは彼女を押し潰すほどの怨念を、普段は適当にその辺りの人間へと移していたが、ある時気づいた。

 これを集められるだけ集めて街中に放てば、それだけで街は滅びるのではないか、と。


 1人1人街の人間を呪い殺すなどという回りくどい真似はしない。

 気が付いた時には手遅れ、そんな大規模な黒魔法を使う。


「これも全て、お前がいたからだな」


 奴隷少女の頭を撫でる。

 それだけで彼女は嬉しそうに目を細める。


「実行の時だ。溜まった恨み、怨念、呪い、全てを吐き出す」


 しょせん私の怨念なぞ、婚約者1人を殺すのが関の山であった。

 この少女がいたからこそ、ここまで貯めることが出来た。


 部屋に唯一存在する物体を私は見る。

 それは、木で造られた樽であった。

 どこにでもある酒樽。

 しかしそこに並々と満たされているのは酒ではない。怨念だ。

 怨念の物質化。それを可能にする黒魔法と、増幅させる黒魔法、そして呪いとして解き放つ黒魔法。


 それら全てがここには詰まっている。

 街を1つ滅ぼすことなど容易い怨念が。


 幸いとも言うべきか、街は今活気に満ち溢れている。

 魔王とやらが倒されたため、祭り騒ぎとなっているのだ。

 家に引きこもる者など、それこそ私くらいだろう。


 後はこれを……


「どうやって街中に解き放てば良いのだ……?」


 樽を持ち上げようとして――浮き上がることすらしなかった。


「お前、出来るか?」


 少女に尋ねると、奇跡的に私の言葉は通じたのか、


「っ!?」


 樽を抱え込み、両足で踏ん張る。

 そして、


「っ!?」


 持ち上がらなかった。


 よく考えれば、彼女は10代の少女。

 特別戦闘に優れているわけではない。種族的にも力があるというわけでもない。

 ただ、怨念に溢れているだけだ。


 単純な筋力でなら私の方があるだろう。


「……これ、どうしよう」


 今この場で解き放っても仕方がない。

 この部屋で呪いを解き放ったところで密集した呪いは私とこの少女を呪い殺すだけだ。


「……手詰まり、だな」


 考えろ……私にも彼女にも持つことの出来ない呪いの詰まった樽を街中へと持っていく方法を。

 恐らく2人の力を合わせても持ち上がらない。よしんば持ち上がったとしても不安定に持った樽など、移動すればすぐにひっくり返し呪いをぶちまけてしまう。


「考えろ……考えろ……考えろ……あった!」


 そうだ、この手があるじゃないか!


「行くぞ」


 まずは街中へと私が赴くことが必要だ。

 私は奴隷の少女を引き連れると、家を飛び出した。

 数日振りに見る日の光はとても眩しかった。



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