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74話 望んだもの 5

「……疲れたぁ」


 マモンの死体が爆散してしまったことは残念だが、それでも倒したことは事実。

 その場に座り込み、自分でも情けないと思う声を出してしまう。


 空中に舞ったシドドイはシルビアが風魔法で回収していたようだ。

 功労者でもあるアイツが死んでしまっては誰を褒め称えればいいのか……まあ自画自賛するだけか。


「不思議と疲れているのに力が沸き上がってくる気がするな」


 体の奥底の基礎体力というか、魔力やら何やらが増えた気がする。

 まさか経験値みたいなゲームのシステムがこの世界にあるわけでもないし……気のせいでもなさそうだが。


「そりゃ、あれだけの高密度の魔力の塊を倒したのだ。余さずとはいかなくても、私達の中に確かに蓄積されているよ」

「うん? どういうことだ」


 初耳なんだが。


「魔力を持った生物……人間にしろ魔物にしろ倒されると体内に宿っていた魔力は大地や大気に帰る。岩に宿れば宝石と化すね。だけど、魔王なんて格別に魔力を持った存在は帰りきれない。許容を越えて周囲の者へと吸収されていってしまうんだ」

「つまり俺達はマモンの魔力を吸収したってわけか」

「ただ魔力が増えたわけではないよ。質も向上している。きっと魔法やスキルも強くなっているはずさ。私も風だけではなく、他の属性の魔法もだいぶ回復してきた」

「ほーん」


 俺は普通に体力切れで動けそうには無いが、回復出来るやつらは回復させてやらないとな。


――『メンテナンス』


 アイとシーは特にマモンとの近接戦闘を任せていた。

 『黒靄』が迫る中でマモンへと斧やハンマーを振り回していたのだ。

 身体的、精神的疲労は大きいだろう。

 少なくとも、体の傷はこれで直ったはず……


「体が軽いです!」

「すごい!」


 と思ったがもう復活してやがる。

 体に穴空けられて地面に叩きつけられていたはずなのだが。

 一回、死んだからか随分と精神的にもタフになったな。


「……しかし戦利品が俺達の強化だけか。強いアイテムとか武器が無いってのは損した気分だぜ」

「命が助かっただけでも有難く思いなよ。魔王を倒した異業と全員が無事なのだよ」


 アイとシーの武器はまたも壊れているようだ。

 マモンが『黒靄』で受け止めた時によほど強く握りしめたのだろう。


 シドドイの弓も歪んでいる。

 伝説の弓使いの技を放つには耐久性が低かったか。


「……まあ、そうだな。また明日からは普通にいつも通りだ。それで良しとするか」


 この闘いで失ったものは取り返しのつくものだ。

 コボルドの化け物は……俺の戦力の一つであったがそもそも作り出したのが魔王達。

 アイツらがいなければ生まれなかったもので、その一人が倒されたのなら帳消しといえよう。


「ほう、自らが魔王を倒した勇者であると触れ回ることはしないのかい? あの宿屋の主人はすぐにでも言いふらしそうなものだが」

「そんなことやったら他の魔王が続々と参戦してくるだろうが。今回はマモンが俺を殺しに来たから返り討ちにしてやっただけ、で……? あれ……」


 何か大切なことを忘れているような……。


「マモンは他の魔王に言われて君をスカウトしに来たと言っていたね。すでに君は魔王達に目を付けられているのではないかい? むしろ倒してしまったことで力を見せつけた」

「……やっちまったなぁ」


 そうだよ。どの道魔王は俺を狙っているんじゃないか。

 逃げといた方が興味を失わせる可能性高かったんじゃないか?


「すぐには来ないさ。マモンの支配領土の分配やらがあるだろうし、君に興味が沸いたとしてもまずは互いに牽制するだろうしね。その間に他の勇者が他の魔王を倒す可能性だって十分にある」

「……祈るか」


 神に……は止めておくか。

 俺の知る唯一の神は自分でやれとか言いそうだし。


「帰ろう。休息を取って体力を回復して、そしてまた明日から愉快な毎日だ」

「はい」

「ご飯!」

「愉快、ね」

「お世話ならお任せください」


 まずは勝利の宴だと言ったら途端にアイとシーに引きずられる形で俺達は街へと帰路を歩むのであった。





【魔王討伐から数日後】


 『春が訪れた』。魔王が倒された時、そう言い表される。

 そして、魔王が活発になる時期は冬と。


 むしろ国々や魔王間のパワーバランスが崩れてしまいそのための会議が連日行われるのだが。民と違いお偉い方は大騒ぎ。ある意味で冬の静けさは去ったと言うべきか。


 王や王国民、村人だけではない。

 魔王マモンが倒されたことで全く影響が無かったものはこの世界には1人も、魔物の1匹もいなかった。


「……一つの嵐が過ぎたか」


 太陽照り付ける砂漠の砂を一身に受けながら男は呟く。

 魔王マモンの死を知らせる紙を手に、表情一つ変えない。

 しかし、その心中は言葉とは裏腹に嵐の如く旋風が巻き起こっていた。


 その背後から1匹の怪魚が地中から躍り出る。

 『砂地の暗殺者』とも呼ばれる魔物で、音も無く背後から忍び寄り巨大な口で人間すら丸呑みにしてしまう。

 まともにその姿を見た頃には逃げるには遅すぎた時であるため、正体は魚のような何かであったと、遠方から人間が喰われる様子を見ていた者が証言するだけである。

 名前すらまだ付けられていない怪魚が背後に迫る中、男は振り向くことも無く――怪魚を切り裂いた。


「何時の間にか……クエストは終わっていたのか」


 切り裂かれた怪魚が地面に落ちる音で振り向いた彼は、初めて自分が魔物に襲われていたことに気が付く。

 そこに焦りの表情は無くとも驚きはあった。


「……悪い癖だ。考え事をしてしまうと他のことに目がいかない」


 魔王の討伐された地を見る。

 遠いが決して迎えない地ではない。


「……誰が倒したか。俺以外の勇者が現れたのならば、力を確認する必要があるな」


 勇者と魔王は紙一重。

 いずれ魔王となるような輩であるならば早めに消してしまわなければならない。


 男は砂で満たされた地を魔物の血で溢れ返させ、その場を後にした。









「あら? あらら? この場所は……」


 マイ・クラサカはマモンの討伐地を見て薄く微笑んだ。

 それは、つい先日出会った勇者である男がいる場所に近かった。


 他に有力な候補もいない。

 まず間違いなく彼がマモンを倒したのだとマイは推測する。


「……やるじゃない」


 一見、頼り気ない風を装っていたがマイでさえ倒しそこねた竜種の足止めをやってのけた男だ。

 とは言え、魔王までも倒す力があるとは思ってもいなかったが。

 まだ隠していたとは、あの余裕の無さは芝居だったのだろうか。


 魔王よりも正体の掴めない男にマイは興味が沸く。


「お嬢様。馬車の用意が出来ました」

「ありがとう、爺。……ねえ、少し頼みがあるのだけれど」


 数日経っただけだが今はどうしているだろうか。

 まさか、魔王と共倒れになっていないだろうか。


「何なりと」

「私、欲しい物があるのよ。取ってきてくれないかしら」


 魔王が倒されたということは、各地で春を迎えるということだ。

 マイは一つ、爺に頼み込んだ。

 あの男の安否を確かめつつ、しかし別用で動けない自分の代わりに一番信頼できる爺を動かす案を思いつく。


「承知いたしました……シドウ様がご心配なのですね。お嬢様はお優しい」

「ち、違うわよ! 私はただ、あれを取って来てほしいと……」


 にこにこと笑う爺からマイは目を逸らす。

 何を言っても無駄だと、諦めながらマイはため息をつく。


「……はいはい。そうよ、シドウが生きているか見て来て。これでいいでしょう?」

「畏まりました」


 爺がいなくなった後でマイは再びため息を吐いた。

 この優遇されてきた世界で自分に悪態をつく人間。

 敵以外で自分に多少の悪感情を持つ者はとても珍しく、そして目が離せない。


「……手足の数本なら回復させてあげなくもないわよ」


 これは決して恋愛感情ではない。

 ただの興味本位から来る好意なのだと自分に言い聞かせて、マイは旅路に向かうのであった。









「マモンが消されたか……次代が堅実なものであることを望もう」

「いつものことじゃない? まあ今回は長かった方かもしれないけれど」

「命が巡り廻って糧となる。良き事です」

「あぁ? んな訳ねえだろ! マモンの奴の魔力がどこぞのクソ野郎に持ってかれたってことだぞ」

「とか言って、敵が強いことに喜んでいたりして……くしし」

「……ふがっ!? あれ? 会議もう終わった?」


 6人の男女が一つのテーブルに付いていた。。

 空気は軽々しいものでは無く、6人各々が体から滲みだす魔力によって重圧を醸し出していた。

 そこで給仕の役を承ったメイド姿の女は震えながら立っており、今にも崩れ落ちそうだ。


 彼らは魔王と呼ばれる存在であった。

 一人一人が歴戦の強者。

 マモンよりも余程長く魔王に生を置き、世の中を混乱せしめ、楽しんできた災害そのものである。


「おい、そこの姉ちゃん! 後で俺のとこに来いよ。一晩でいいぜ? 良い思いさせてやんよ」

「ヒッ……」

「俺の部下を無用に虐めるな。震えているでは無いか」

「あ? だってよ、せっかく新メニューが出来上がりそうなんだぜ。味見役は必要じゃねえか」


 魔王の一人が懐から――よく見ればアイテムボックスのようなスキルだと分かる――パイ包みのような料理が乗った皿を出す。


「あら、美味しそうね」

「良き香り……素材は何を?」


 妙齢の女と恰幅の良いやたら豪華な衣装に包まれた男が皿の中身を見て、ほうと息を呑む。


「へへっ、そうだろ! 何と、ドラゴンの肉を使ったんだぜ。それも、竜王レベルの奴な!」


 少年のような無邪気な笑顔で男はパイ包みを切り分ける。

 ザクザクと焼きたてのパイは音を立てて中身を晒す。

 肉汁溢れる挽肉の塊は固められても尚、切り分けられる際に全くの抵抗を示さない。


「ドラゴンですか! た、食べたいです」

「これ、シャオ。そう卑しく前へ出るでないわ。先ほどの怯えはどこへと行ったのだ」


 メイドの女はすでに震えを何処かへと捨て去り、切り分けられたパイの前へと出ていた。

 それを見た魔王の1人は頭を抱える。


「……すまぬがトウドウよ、この者にも一切れ分けてやくれぬか。俺の分を減らしても良い」

「最初からそのつもりだぜ。死んでいったマモンの分も合わせて8等分よ」


 かつてマモンの座っていた席に一切れ置くと、魔王達は各々の面前の料理を見つめる。

 メイドの女も配膳を終えると立ったまま皿を持つ。


「十中八九、貴方が狙っていた彼でいいのかしら?」

「『空撃』の奴は? アイツが一番強いんだろ?」

「あの御方は今、カヌラ砂漠に居るとの情報ですな。離れ過ぎています」


 カチャカチャとナイフとフォークを器用に、あるいは不器用に使いながら口に運ぶ8人。


「ふむ……力を見誤っていたか。マモンをも凌ぐとなればそれは魔王の座に相応しい。引き続き、俺の下へ来るよう誘いをかけるか……」

「えー、殺しちゃおうよ。勇者なんでしょ? なら私達がやることは一緒じゃない。それに、遊び相手のマモン殺されて私悔しいよ」

「……寝てて全然記憶無いけどなんか口の中が美味いな。状況が読めないけどコレン、マモンを一方的に遊んでいただけじゃねえかお前。あいつ、いっつも隅でべそかいてたぞ」


 共通するのは、マモンの死に対して悲観する者がいないことだろう。

 空席に料理を置いているのも、ある種の儀礼のようなものに映る。


「トウドウ、このパイは美味だったわ。次回にも期待してもいいかしら?」

「おう! これで不味けりゃ【暴食】の名折れだぜ」


 皿が空になったところで、


「では、これにて会合を終了とする。……次回も同数揃うことを祈っているぞ」


 魔王の一人が号令をかけたところで、それ以外の5人の魔王の姿は消えていた。


感想とかくれてもいいのよ?

そろそろ欲しくなる心寂しき時期

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