73話 望んだもの 4
文字通り死体のようにピクリとも動かない3人を確認しマモンは靄の渦を解除する。
「僕の弱点が何だっけ?」
「……話は最後まで聞けや」
前回の時もそうだったが、この攻撃だけは厄介だ。
反応出来ない程の超高速の攻撃。
……いや、シドドイだけは反応出来ていたか。
「シドドイ、次にまた同じの来たら躱せるか?」
「……確実とは言えませんが」
むしろ絶対なんて言われたら信用できない。
100%よりも99%の方が安心だ。
「上出来」
――『メンテナンス』
死体人形たちが修復されていく。
シルビア達、自我のある者だけでなくコボルドのような盾替わりの魔物まで。
……そろそろか。
俺達は手を尽くして、その上で敗北寸前の状況。
そう、マモンは思い込んでいるはずだ。
慢心を消して、俺達にとって最も効果的である速度に秀でた細い靄の針。
使い捨ての盾を使えないことが俺にとっての弱点。
それは確かなことだ。
俺のパーティーの弱点が俺なのだから。俺が狙われたらそこで詰む。
「先ほどは結界に防がれたけど、こういうのはどうだい?」
シルビアが手をかざしマモンへと振り下ろす。
魔物との闘いで何度か見たことがある。
シルビアお得意の風の刃だ。
一陣どころか十数の風の刃がマモンへと放たれる。
「『黒靄』」
マモンの前に靄が集まっていく。
風は靄を切り裂きマモンを切断……することも無く、靄へと吸い込まれていった。
「ブラックホールかよ……」
「まあ、似たようなものだね」
靄で見えないが俺でも分かる。マモンはきっと得意げな顔をしていることだろう。
力を過信しているわけでは無く、純粋にそれが強いものだと分かっているからだ。
「吸収と放出、だろ? 魔力なり衝撃なり、非物質を吸収して靄から放出して威力を増加する」
「……なんで分かったの?」
「強欲なんだから奪っちまうってのは分かったぜ。奪ったんならお前のものだ。それを使うこともできる。靄を無制限に使うなんて何かカラクリがあるとは思っていたが、そういうことだろ?」
この世界に転生した時に得た『斜角』というスキル。
魔王マモンとして得た『黒靄』というスキル。
どちらも強力であり、決して邪魔し合うものではない。
「だけど結局、お前は1人なんだよなぁ」
マモンは見えていないことだろう。
復活したアイとシーがすぐ目の前に迫っていることに。
靄が解除された瞬間を見計らったかのように、アイとシーが斬り、叩きにかかる。
「っ!?」
解除した靄を慌てて両手に纏わすマモン。
「まだ!」
「です!」
ナイフを同時に振り回すアイとシー。
「甘い」
しかし、靄によってナイフを受け止められてしまう。
まるで金属同士がぶつかり合っているかのような音がマモンの手とアイとシーの武器から響き渡る。
……靄の放出は筋力強化にも似た効果があるのか。
「だけどよ、甘いのはてめえも一緒だ! 俺達がただ同じ手を使うと思うなよ。シドドイ!」
「はい!」
シドドイが矢を構える。
「……くっ」
マモンが斧とハンマーを受け止めながらも後ずさりしようとする。
そこを、
「覚えておけ。伏兵ってのは最後の最後に出すものだ」
2本の太い腕がマモンの足を掴み止めた。
「なっ!? 強い……なんだこの腕は!」
人間の死体と比べ物にならない程の強さ。
マモンが足に靄を纏わせても微塵も動かすことが出来ない。
「少しは雑魚の闘いも見ておけよ? あのコボルドの化け物はてめえら魔王が生みの親だろうが。なら、その死因も知っておかなきゃならねえよな」
地中から顔を覗かせたのは、かつて魔王により進化させられたコボルドの親玉だ。
魔王に対抗するために連れて来ていたのだが、どうせ正面から向かわせてもどうにもならなそうだったため、本来のコボルドのようになってもらっていた。
「これで足を動かせない。まあ時間をかければどうにかなるんだろうけど、今すぐじゃない」
「だけど……僕の『黒靄』と『斜角』があれば……」
「あれば、まあ正確じゃない遠距離攻撃と衝撃・魔力の類は無効化出来るな。だがよ、そんなお前が避ける攻撃もあった」
あえて吸収しなかった場面もあった。
だが、それは『斜角』を使った回避だ。
それ以外に、コイツが額を狙った攻撃に対して首を動かすことで回避したものがある。
「準備は出来ているな……シドドイ」
「当然です。この一矢のために私はここにいます」
いやさっきから結構射ってたよな。
なんなら岩の雨から守ってくれていたし。
「シドドイの1ミリも外さない矢。しかも魔王を封じるための光の属性付きだ。いくらお前でも回避も吸収も出来ないだろう」
俺の死体人形が闇属性によるものであるため弱点が光属性であるのと同様。
魔王もまた闇の果てにある存在。弱点が光であることは必然であったのだ。
「……だけどさぁ! 正確な矢だって外しちゃえば僕のスキルの効果が発動するよね!」
シドドイが矢を放つ寸前、マモンが靄を宙に集めてシドドイへと叩きつけた。
辛うじて回避したシドドイだが、その衝撃によって空中へ放り出される。
「君達がせっせと僕に謙譲した衝撃だ。頑張っているようだから返してあげるよ!」
俺達も、マモンも宙に放り出されたシドドイを目で追う。
彼女が俺達にとっての最後の切り札であり、マモンにとっても己を殺し得る可能性を秘めた者。
この闘いの勝敗を決する存在であり、そのための一撃はマモンにより掻き消されようとしていた。
だが――土埃舞う中、シドドイはそれでも弓を構え矢を番えていた。
「相手をよく見る。どんな姿勢でも、どんな場所でも矢を放つ。これが師匠より受け継いだ私の技です。『光の封印』」
清浄な光がそこにあった。
マモンに触れた瞬間に、死神が全身に纏わりつくかのようにマモンから力を搾り取っていく。
「な……なんだこれは! 僕の、僕のスキルが消えていく……何も出来ない……力も、寿命も消えていく……!」
第一に相手の邪の力を消し去る。
第二に相手を貫く。
これがシドドイの『光の封印』である。
対魔王用に作られただけあって、邪でない存在にはただの矢である。
俺達にとっても弱点であるところが非常に悩みどころだ。
アイとシーにはシドドイが矢を放つ瞬間には下がらせている。
共に浄化されてしまっては困る。
コボルドの化け物には残念ながら生贄になってもらうしかない。
誰かがマモンを逃がさないよう抑えていなければならないのだ。
生みの親と共に消えるのだ。本望だろう。
光の封印を施され、そして矢がマモンの胸へと突き立てられた。
「こんな……バカな……僕が……」
まだ息があるか、しぶといな。
魔王のスキルは奪われても体力はまだまだあるってか?
「決着だ」
「……負けか」
マモンは目を瞑っている。
もう抗う術は無いだろう。
俺はマモンへと近づく。
「僕はね、欲しい物は全部手に入れてきたんだ。……だから僕が本当に欲しかった物は手に入らない物。この世界に来て、魔王になってもずっと探してきた」
そりゃ矛盾したものだな。
厄介なものをお探しで。
「そうかよ。あの世でも見つかるといいな」
「……もう見つかったさ。たった今、僕は死にたくないと心の底から望んだ。だけど、もうすぐ死ぬ。この感情こそ僕が望んだものだ」
「生き返らせてやろうか?」
俺のスキルがあればすぐにでも蘇生させることが出来る。
むしろ、マモンの力は有用だ。
コボルドの怪物という戦力を失っても尚余りある力を手に入れることが出来る。
「ごめんだね。僕は強欲だけど誰かに使われるのは好きじゃないんだ」
マモンの体が膨れ上がる。
「下がれシドウ!」
シルビアに腕を引かれる。
俺もマモンを見てすぐに飛び退いた。
「ばいばい。苦しんだ先に人生が終わるんなら僕はさっさと終わらせる」
体の内側から黒靄を放出させ、マモンの肉体は四散したのであった。




