70話 望んだもの 1
夢を見ている。それをすぐに理解した。
何故なら、それは俺にとって忘れたくとも忘れられない忌まわしき記憶。
幼き脳裏に刻まれた、人生の行く末を決めつけるかのように楔となって打ち込まれた悪夢だからである。
「ケンーどこー」
最初は『ソレ』が使い捨てられたボロ雑巾だと思った。
誰かが学校帰りに持ち帰るのも嫌で道端に捨て、風に流されたあげくに雨曝しにでもなったものなのかと。
小学生になったばかりの頃。当時7歳だった俺は飼い猫である『ケン』を探していた。
数日前に大雨が降った日に家からいなくなっていたのだが、そもそも家猫である『ケン』が他に行く当てもなく、雨の寒さに震えているだろうと思うとじっとしていられなかった。
学校と深夜帯は難しかったが、朝起きてすぐ、放課後はくまなく探し歩いて回った。
とは言え、子供の足だからそう広範囲を探せるわけでもなく連日似たような場所ばかりで『ケン』を呼んでいた。
大雨の数日後である。季節も冬と、まだ水たまりがそこらで残っているため長靴を履きながら歩道を歩いていた。
そこで、道路で発見したのはボロ雑巾のような……ナニカであった。
何度も車に轢かれたのであろう。枠組みも骨組みも、潰しに潰されて、砕きに砕かれて、他との境界線が薄れたかのように原形と留めていない。
車という脱水機にかけられ、全身から体液という体液を搾り取られ、地面の土と混ざった泥水を補水される。
潰され砕かれ搾り取られ補水される。
繰り返し、繰り返し、純白が混沌へと堕ちていく。混沌が純白へと再起していく。
辛うじて残っていた血塊が泥を啜り上げ赤黒く染まる。それは白とは呼べない、『ケン』とは呼ばれることはない死体であった。
見向きもされなかった。
見ても見ぬふりをされてきた。
関心されない、関われば面倒ごとになる。
そう考えた者しかいなかったことが飼い猫をボロ雑巾へと変えたのだ。
……いや違う。
誰も悪くは無い。
悪いのは己だ。
『ソレ』が猫であることを理解するまで時間はそうかからなかった。
『猫』と『雑巾』。『ケン』を……家族を見間違えるなど、結局自分が何を見ていたかを思い知らされた。
ボロ雑巾なのだと一瞬だけでも目を逸らしてしまったことが恥ずかしかった。
そっと抱き寄せ、すでに失われた温もりを取り戻させようと自身の熱を移すかの如く腕に力を入れる。
そして、ボロ雑巾が猫で無かったことに気が付いた俺だったが、抱きしめたことで新たに気が付くことがあった。
「これうちの猫じゃねえじゃん……」
赤黒く染まった毛はどう考えても『ケン』では無かった。
毛の長さもそうだが、タコのように骨が砕かれ骨格を失ったその猫は体格が少しばかり小さかったのだ。
「まだ子猫なのにな……可哀想に」
そのままでは寝覚めが悪いので近くの空き地に埋め、家に帰った。
帰ったら『ケン』は普通に家で寝ていた。
何時の間にか帰って来ていたらしい。
「……クソみてえな夢だなほんと」
死という概念を身近に体験した心温まるエピソードだが、何で今見るのかね。
だが、俺のスキルが俺の心の奥底や人生そのものを示しているのであれば、確かにこの件をきっかけといってもいいだろう。
泥と混じり合った死体を彩るために様々な葬り方をした。
火葬水葬風葬鳥葬……思いつく限り試した。
だが、結局は死体に色なんか付きやしない。
独りよがりの無駄な行為であった。
……死そのものを無かったことにする蘇生スキルは案外その辺りからきてるのかもしれねえな。
俺の行為ではなく結論。思考結果からスキルは生まれた。
……そうするとあの委員長気質の勇者君は人生をかけて女にモテたいという結果に至ったのか甚だ疑問が残るところだが。
金髪勇者は輝きたかったのかね。眩しかったけども。
「……お前ら起きろ」
アイとシーを起こし、シルビアを起こしに行かせる。
……シルビアの世話係として雇ったつもりだったのだが、俺の仕事量変わってねえよな。
むしろ増えてる気もする。
シドドイは連日の修行で疲れているようだし期待は出来ない。
俺を除けば唯一の生身の人間だし無理はさせられないだろう。
手早く朝食を済ませると、全員で机を囲む。ここで言う全員とは勿論宿屋のオッサンを抜かしてだ。どうせ廊下で聞き耳を立てているだろうからシルビアに風魔法で部屋を防音にさせる。
「さて、いよいよ今日はマモンとの期限の日だが……仕上がりはどうだね?」
俺は昨日一日を無駄にした。
勇者とともにドラゴン退治なんて、如何にもなことをやってのけた癖に報酬は無し、経験値は無し、得られた死体も無し。
金髪勇者との縁なんてもんはいくらにでもならない無価値なものだ。
魔王退治を依頼しようにも、金髪勇者の攻撃属性が光であるせいで共闘なんて望めない。
「上々だね。もう簡単に防がれることは無いよ。相手がたとえ魔の王だとしても、ね」
「ゴレンさんを1人で倒せるようになりました」
「私も! 片手でゴレンさん叩きのめせます!」
シルビア、アイとシーは自信ありげのようだ。
すっかりゴレンもサンドバックになっているようで一安心。
「そうですね……私も光と闇、炎の矢は習得しました。やはり魔王ということで光がメインになるのでしょうが」
「お前は……うん。よく頑張った」
あの修行風景からどうやって何を学べたのかは想像も付かないが、強くなったならそれでいいやもう。
「……最後の確認だ。期日は今日。場所はどっかの城だったか」
「そうだね。マモンは近くの、と言っていた。調べてあるけれど、今は誰も使っていない太古の国の王城だ」
「ならよ……時間って何時だ? 今日来いとは言われたけどよ、何時とかって言われたか?」
素直に受け取るのであれば5日かける24時間後か?
ならまだ時間の猶予はあると考えるべきか。
「……そうだね。そういえばそれは考えていなかったな」
「流石に朝早くではないのではないでしょうか。魔王ですから、夜とかでは?」
「なのかなぁ……」
うんうんと頭を捻っていても仕方がない。
「とりあえず武装を整えに行くか」
5日間で金もそこそこに溜まった。
使うあてもないから最低限の食費や宿代だけで済んだし、全部使って回復薬や装備整えて魔王戦に臨むとするか。
「アイとシーは例の武器だな。練習は出来たか?」
「はい。片手で扱うのは精度が落ちてしまいますが何とか」
「ゴレンさんはまだまだって言ってました!」
ゴレンは意外に器用で、我流と言っていた闘い方もただ武器を振り回すのではなく自分の確固たる技術を以てして闘う様になっていた。
……そうか。まだ厳しいか。
手札の一つとしては持っていても良いが切り札として頼り過ぎるわけにもいかないか。
と、シルビアが耳打ちしてくる。
「……君の言う、洞窟の巨人はどうしたんだい?」
ジルのことか。
「……あいつは留守番だ。相性の問題だな。良い的になっちまう」
図体がデカすぎて避けるのが難しいだろう。
『メンテナンス』があるとはいえ、全身を木端微塵にでもされては敵わない。
ある程度動ける者を選抜しようとすれば、ジルは外すしかあるまい。
「……ふむ。……それなら何か知恵の方は? ……私よりも詳しいと思うのだが」
「……そんなこと言ったっけか? ……いやまあ、あいつの前の主が魔王の一人っぽいんだが、マモンじゃないらしい。……というかマモンは頻繁に代替わりしているんだとよ」
魔王にも特性というか特色みたいなのがあるようだ。
子供のような性格のやつがマモンに就く傾向でもあるんかね。
「……そうか」
そういえばジルに会わせるって話が出ていたっけか。
シルビアとジル。どちらも俺の知らない事ばかり知る奴らだ。
話せば盛り上がるだろうし、俺も新たに知ることが多そうだ。
「……この闘いが終わったらジルのところに連れて行ってやるよ」
「……それは君の言うところのフラグじゃないのかい?」
そうかもな。
だけど別にいいんじゃないか?
俺は『ねくろまんさぁ』だ。
死とは常に隣り合わせ。むしろ遠ざかっては困るってくらいだ。




