64話 三人目 2
異世界に転生し、そこで勇者として闘う者は決して男だけではない。
無論、男女で言えば骨格筋等の問題で男が戦闘に有利なのだと、元居た世界では考えられるのかもしれないが、こと魔法が関与する世界では、殺しを前提とする世界であれば男女間の有利差は打ち消されるのだろう。
むしろ、女は血に慣れていると言われている通りに、戦闘では先陣を切って闘うかもしれない。
だがしかし……と、ここで考え直してみる。
すべてとは決して言わないが、魔物は大抵が醜悪な姿をしている。
犬の頭部を乗せた小人のような魔物のコボルド。犬とは言っているがチワワのような可愛らしいものではなく狂犬そのもの。いくら血に慣れていようと、生理的嫌悪が伴う外見をしているものには近づきたくは無いはずだ。
ましてや女ともなれば、魔物にとって餌だけに見られず。下手をすれば餌であった方が良かったとも思えるようなことになるかもしれない。
女は家で黙って家事をしていればいい、なんてことは言わないが、わざわざ危険な場所に身を置く意味をそこに見出せなければ、魔物との闘いなんてすぐに逃げ出してしまうはずだ。
「ふうん……こんな辺鄙な地だけれど、面白そうなクエストはあるようね。決めた、これにしましょう。いいわよね? 勇者である私がこのクエストをクリアしてあげると言っているのだから」
「え、あの、そのクエストは勇者様には向かないといいますか……すでに受注してしまっているのですが……」
冒険者ギルドに来てみればどこからか悲壮感に満ちた声が聞こえてくる。
「何か問題があるのかしら? そこの弱そうな彼らじゃ無理そうだから、わざわざ失敗する手間を省かせてあげると、私は言っているのよ」
ギルド内は騒めいている。
その原因はクエストボード前で行われている一つのクエストを巡っての争いのようだ。
片方は5人パーティの男女。新人ではなくベテランでもなく。中堅どころといった装備か。鎧に付けられた傷もそこそこある。男三人に女二人だからきっと飲み会とかしたら一人あぶれて可哀想なのが出るな。たぶん大きな盾を持っているタンク役の大男がきっとそうなる運命だろう。女慣れしていなさそうだし。
対するは四人の男女パーティ。しかしその内訳は男三人に女一人。立ち位置から察するに、女が男達を率いているようだ。三人は後ろで控えて黙って立っている。
争いを大きくしているのは四人パーティの中心でもある女。
金髪をドリルのように巻き上げているが、はっきり言って似合っているかどうかは微妙なところだ。というか、顔が素朴な顔であるくせに髪が金だから似合っていないのだろう。黒だったらまあ、クラスでもいそうな地味だけどよく見たら可愛い女の子って立ち位置か。
まるで元が黒髪であったくせに金髪に染めたようだが、しかし染髪料のような不自然な髪の色をしているわけではない。光のように煌く、まるでそこだけ抜き取れば一つの絵画で描かれている天使のような綺麗な金髪なのだ。
……金髪だけであればシルビア以上だな。
と、まるで髪フェチのように髪にしか注目していない俺だが、やはりそれは顔とのアンバランスさのせいであり、仕方の無いことだと自分に言い訳する。
「だ、だからってこのクエストは俺達が最初に――」
「まさか早い者勝ちだなんて言わないわよね? 強い者勝ちでしょうこの世界は」
「……くっ」
ある意味では正しい言葉だが、しかし秩序を重んじる人間の世界で言っていい言葉では無いと思う。
……いや俺もドン引きですよ。
よくぞあそこまで自分より力も立場もいたぶれるなって。
「……ってか、やっぱりアイツが勇者なんだろうなぁ」
女が三人の男を連れているって話だ。
大穴で、虐められている五人パーティが実は元々女一人男三人で、新たに女が加わったとかで無ければ、だが。俺はそっちが良い。
……なんであの委員長みたいなやつといい、まともな勇者がいないんだよ。
全員が全員、そうであるのか知らないが、勇者ってのは異世界から来たやつなんだろう?
異世界、つまりは俺の居た世界なのだろうが、同じ世界出身としては恥ずかしい限りだ。
なんだっけか。この辺でしか取れない魔物の素材を取りに来たのだったか。
なら早いとこそれを取ってどこかへ行ってくれとは俺だけでなく周囲も思っているらしい。
どうもギルドの外では歓迎ムードであったが、それは街の非戦闘員の住人だけであるらしく、冒険者は金髪勇者達を凄まじい目で睨みつけている。
「……ふん! なによその目は。誰が、この近くであなた達の安全な生活を脅かしていたホワイトドラゴンを討伐したのか、分かっているのかしら?」
ホワイトドラゴンか。
聞いたことがあるな……確か光系統の魔物の中でも最上位種の一匹のはずだ。
同時に、その素材は光魔法等の耐性素材でもあるため、俺の死体人形たちの為にも討伐はしたいと思っていた一匹だ。……まあ、死体人形の弱点である光系統の魔物の最上位種ということは死体人形以外のパーティで討伐しなければいけないということであり、俺には到底無理な話なのであるが。
「なっ……!? ホワイトドラゴンを倒したのはアンタたちなのか! あの魔物は周囲のゾンビ系統の魔物を抑えつけてくれていたんだぞ。こちらから手出ししなければ大人しい部類だったし、なんてことをしてくれたんだ!」
あーあー。
やっちまったやつか。
いつかのキリン退治ではないが、やはり討伐しない方がいい魔物というのもあるらしい。
「べ、別にいいじゃない! ゾンビなんて雑魚、出たらすぐに倒せばいいだけじゃないの……私だって知らなかったんだもの」
言い返す金髪勇者だが、先ほどの勢いはそこにない。
自分がやったことを少なからず自覚してしまったのだろうか。
「姫、そこまでかと。この者らの相手はしているだけ無駄。早いところクエストを受けましょう」
と、そこで後ろにいた三人の男達の一人が言い争いに口を挟む。
細長い、レイピアのような剣を携えた男は金髪勇者にホワイトドラゴン退治について文句を垂れていた男を睨むと、
「姫の行動に異を唱えるか? ならばこの私が相手になろう。『音速の貴公子』と言われたこの私がな」
「ちょっと!? 血生臭いことは止めてよね。……剣を抜くのは止めておきなさい」
「畏まりました」
恭しく一礼すると『音速の貴公子』君は拳を構える。
「どうだ? これ以上私達に何か言いたいことがあるならばまず私達の前に立つ資格があるか試してやろう」
『音速の貴公子』の右腕が消えた、と思った瞬間にはその拳は金髪勇者に食って掛かっていた男の額にぴたりと付けられていた。
「……なんだ、反応も出来ないか」
「ヒッ……は、早すぎて何も見えねぇ」
……正直言って俺も見えなかった。
開始と結果のみ。その過程は時間が飛ばされたかのようだ。
「こいつらはギルド内でどのくらいの立ち位置なの?」
金髪勇者が受付嬢の一人に尋ねる。
「え、ええっと……Cランクですね。このギルドに在籍している中では三番目です……」
「へえ? 確かFから始まって一番上はSよね。まあSはいないとしても、上はAとBだけなんだ。Cでこれなら……大したことないわね冒険者っていうのも。あ、もういいわ。これ受けるから」
興味を失ったとばかりに金髪勇者が受付嬢にクエストの紙を押し付けその場を去ろうとする。
「あ、あの……このクエストは5人以上での受注となっておりまして……いくら勇者様が強くてもその決まりは守って頂ければ……」
「……何よ面倒臭いわね。じゃあそこの男、私に付いてきなさい。荷物持ちとして使ってあげるわ」
と、そこで指名されたのが俺……なんて都合が良いのか悪いのか、物語として繋がるわけがなく、金髪勇者を睨んでいた冒険者の一人が金髪勇者に指さされていた。
俺は未だ蚊帳の外。
野次馬の一人としてこの茶番を眺めている。
「別にあなたがCでもDでもましてやFでも関係ないわ。私達だけでクリアできるのだから。あくまで人数調整よ。それでも一緒に付いてきて勉強出来るのだから幸せなことでしょう?」
まるでそれが本当に心の底から思っているかのような自身に満ち溢れた笑みを金髪勇者は浮かべる。
指名された男は何も言い返せない。何を言い返したところで、敵わないと知っているのだろう。
だから、周囲が声を荒げた。
「ちくしょう、あの人がいれば……」
「アンタ達だってあの人には敵わないんだからな!」
へえ、この事態を収めてくれそうな猛者がこのギルドにはいるのか。
まあ、ランクAとかBがいるとは聞いているし、そいつらのことなのだろう。
「最近は修行に明け暮れているって噂だし……さらに強くなったあの人にかかれば、そのいけ好かない顔もすぐに醜男に変わるぞ!」
「ほう……ならその前に貴様の顔面の形を変えてやろう」
ヤジを飛ばした男へと『音速の貴公子』君は向き直る。
他に何人も言っている中でまさか自分の方へ来るとは思っていなかったのだろう。
「姫、少々お時間を頂くことをお許しください」
「……30秒で終わらせて」
「畏まりました…ですがそこまで必要ありません。一撃、つまりは1秒もかからないかと」
そして、自らを醜男へと変えてみせると言った男へと『音速の貴公子』君は拳を構えると、
「悪いが1秒は……多すぎた」
そう言って構えた拳を今度こそ、相手を害するために振りぬこうとして
「下がっとけてめえら」
今まさに、顔面に硬く握られた拳を撃ち込まれようとしていた男を引き下げ、『音速の貴公子』君の前に一人の大柄な男が立ちはだかった。
「なんだ貴様は……」
「さあな? だがまあ、俺を呼ぶ奴らがいたんでな。この騒ぎをどうにかしてくれと。ったく、まさか俺にそんな役目が来るなんて夢にも思わなかったぜ」
「よくわからないが……私の前に立ちふさがると言うのなら」
『音速の貴公子』君が放とうとしていた拳が大柄な男の顔面に向けられる。
それは、先ほどと同様に俺には見えない速度で放たれると大柄な男の顔へと吸い込まれていった。
大柄な男もその軌道は見えていなかったのだろう。避ける素振りすらせずに黙って顔で受け止める。
「なんだ……てんで弱いではないか」
「ハッ。そりゃ俺の台詞だぜ。こんなのがお前の拳か? これならあの双子のがよっぽど命の危機を覚えさせてくれるぜ」
顔に拳が食い込んだまま、そう大柄な男が言い返すと『音速の貴公子』君の腕を掴みとり、
「いいか? パンチってのはこうやるんだ」
腕を掴まれたことで逃げ場を失った『音速の貴公子』君の顔面へと拳を撃ち返したのであった。
「あ……が……!?」
可哀想なことに、『音速の貴公子』君は宣言通りに顔面を醜男に変えられて伸びている。
「そ、そんな……クレイが!? 誰なのあなた!」
傍観していた金髪勇者が大柄な男へ声を荒げる。
「俺か? 俺の名はゴレン・ファーム。死にかけたことで生き返った男だ」
アイとシーに殴られ続けることでより頑丈さと屈強さ、そして幼気な少女に嬲られている名声を得たゴレンさんであった。




