63話 三人目 1
『他の勇者に頼ればいいんじゃないか』
来たる魔王マモンとの決戦の日の前日。
流石に平常でいられる者はおらず、宿屋のオッサンですら身震いしている。
「わ、私もついに伝説の一員か……」
ああ、こいつは別の意味で緊張しているだけか。
目を閉じて手を振っていやがる。魔王討伐後に自分が歓声を浴びているところでも想像したか?
「あ、明日ですね……私の力は通用するのでしょうか」
「だ、大丈夫だよ! シドウ様に良いところ見せよう、よ……」
アイはすでに足が震えているし、常に快活なシーすらも声が小さい。
「教官があれほど自信ありげな顔をしている……ご主人様も落ち着いている。本当に勝てるということなのでしょうか……?」
シドドイは冷静といえば冷静だ。
マモンの力をその目で見ておらず、そして主人である俺や修行を頼んでいたオッサンがあんな様子なのだ。
勝てる見込みがあるのだと、安心出来たのだろう。
「魔王マモン……魔の王か……」
前回の闘いを一番気にしているのは、意外というべきかシルビアである。
力が完全に戻っていないとはいえ、コイツの魔法の力はすでにそこいらの魔法使いを越えている。それが通じないとなれば、素人が刃物を振り回すよりも役に立たない。
全員が全員、魔王マモンとの闘いに対して何かしら思うところはあるのだろう。
俺とてそうだ。
講じた策が通用するかどうか。定かではない。
絶対に勝てる闘いとは言えない。
だからこそ、誰が言いだしたか今となってはあやふやであるが、他の勇者に頼るという案が出たのだ。
他の勇者……。
俺も勇者の一人かどうかは俺自身が認めていないわけだが、しかし他の勇者と言えば俺は一人知っている。
シルビアとジルくらいしか知らない。あの勇者の存在。
俺のアイテムボックスの奥底に眠っている発情ソード。斬った対象の性欲を増進させるとかいう訳の分からねえ剣なのだが、その本来の持ち主であったのが勇者の一人である……まあ名前の分からん委員長みたいなやつだった。
ソイツはどうやらこの世界に来たばかりのようで、自分の実力も、敵の実力も見抜けられないような大間抜けで、怪物コボルドに殺されちまったが。
今となってはどちらも俺の配下だ。
勇者も、それを殺した怪物も。
どちらも優秀な俺の戦力となることだろう。
他の勇者とはまあ、この委員長勇者では無いんだろうが……。そういやあの時委員長君のことはただの自称勇者とか思っていたっけ。口ぶりから後で勇者だったのだと確信したけど。
「勇者、ねぇ……ちなみにその勇者様がどこにいるのか知っているやつは?」
「「「「「……」」」」」
だーれも手を挙げやしねえの。
最初の発言者が誰かは知らんが、そいつくらいは責任持てや。まあアイとかシーが言ったってんなら、そりゃ許すしかねえけどな。
勇者ってのは、最大でも5人が同時に存在するんだったっけか。
俺と委員長と……あと3人か。委員長の扱い次第では4人になるかもしれないが、どの道、5人というのは最大値であり、俺1人という最低値だけの場合もある。その場合は本当に最低のくそったれだ。
「そんなもんに頼らなくても倒せるはず……だ。マモンの能力だって無敵じゃない。利点があれば必ず欠点……弱点がある。それさえ見つければそこから攻めて勝つしか無いんだよ俺達は」
「弱点!? あるんですか!」
「ああ……だがまあ、どこから漏れるか分からないからな。本番で見せてやるよ。下準備も必要なことだしな」
本日の予定は特に無し。
それぞれ修行最終日ということで仕上げに入っていることだろう。
俺もシルビアに付き合って『腐肉山』で魔法を連発したおかげか、魔力の底上げはされてきている。
「それにしても、他の勇者、ねぇ……」
街中を歩きながら一人呟く。
勇者、という単語を出すも誰に聞こえるわけでもなく人々の往来による喧騒で掻き消される。
「頼れるものなら頼りたいものだけどさ……無理なんだよなあ」
あの場では見つかれば、みたいな感じで纏めはしたが、たとえ見つかったところで俺は無視するだろう。
丸投げ出来るなら話は別だが、共に闘うとなれば困りごとがたくさんある。
一つ目は俺が勇者であるかもしれないと、その勇者にバレること。
まあ俺に勇者たる要因なんて正義の心くらいしかないわけだから、見ただけじゃ分からないかもしれないが。
だが、二つ目の要因である俺のスキルがバレでもしたら、あるいはシルビア達のことがバレでもすれば大変だ。
【ねくろまんさぁ】もとい、【ネクロマンサー】は人々に忌み嫌われている。
魔王側に勧誘されるくらいだ。とてもじゃないが受け入れてもらえるものではないだろう。
勇者がどれだけの力を持っているか知らないが、下手をすれば俺諸共に討伐されかねない。
マモンの力はすでに底が見えているから倒せはするかもしれないが、未だ見ぬ勇者はその限りでない。初見殺しの能力や圧倒的な武力で来られたら……たとえ逃げおおせてもこの世界に居場所は無くなる。それこそ魔王側に亡命せざるを得ないくらいに。
ざわ、ざわ……と周囲の喧騒が喧しい。
1人暮らしをしていると独り言が増えるというが、自分で気づいていないだけで秘密を漏らしている可能性だってある。だからこそ、この喧騒はありがたいものだと最初は思っていたが……何だかいつもより五月蠅くないか?
険者ギルドに近づくほどに人だかりも増え、喧しさも大きくなっていった。
「……何があったんだ?」
決して悲観的な表情ではない。
むしろ希望に満ちた、やけに晴れやかな顔をしている。
「やっぱりいいもんだなぁ。俺まで強くなった気になるよ」
「あの3人もすげえよな。俺も選ばれるかなか」
「バッカ! 王子もいるって噂だぞ。そんな中に入ってみろ。確実に荷物運びしか能が無くなるぞ」
そんな会話や、
「女の子なのに凄いわねぇ。アタシもあと10年若かったら……」
「それでもお前は40越えてるだろ。ほら、とっとと昼飯つくってくれよ。朝飯抜いたせいで腹減ってんだ」
「それはアンタが起きないからでしょ……ったく」
中年夫婦のイチャツキを見せられて、
「しかし勇者様ってのはオーラがあるもんだな。なんだかキラキラと光って見えたぞ」
「お、やっぱお前も見えたか。なんだか太陽みたいな感じだよな」
「なんだか本当に目が眩んで……周りが見えねえや……っと、すまねえな」
……勇者?
その言葉に思わず立ち止まってしまい、会話をしていた男達にぶつかってしまう。
「いや、俺も悪かったなこんなところで止まっちまって。今、勇者って言ったか? 勇者がこの街に来ているのか?」
そう、謝りながら、わざとぶつかった男達に尋ねる。
向こうが目が眩んだとか言っていたので俺が横に逸れてぶつかったことに気づいていないだろう。
「ん? ああ、知らないのか。冒険者ギルドに今いるぞ。なんでも、この近辺で出没する魔物でしか作れない装備があるんだとか。そのためにわざわざ来ているんだとよ」
「へぇ。勇者様自ら御出でなすったのか」
「アンタも一度見てくるといいよ。けっこう可愛かったしな」
「ああでも、これから出発だとか言っていたからもしかしたら間に合わないかもしれないがな」
「そっか。会えたら少し話でもしてみるよ」
すれ違った奴らからの話から察するに勇者は女で、三人の従者を連れているってことか。
女勇者ねぇ……魔王からしたら大好物じゃんそれ。大丈夫なのか? この世界が一気にアダルティなものに変わったりしない?
「ま、可愛いと聞いたなら見に行かざるを得ないよな」
普段からアイやシー、シドドイ、それにマスクを付けていることが多いとはいえシルビアを見ている俺にとっては美人も美少女も一定以下は等しく同じだ。
ああ……美女美少女といえば元の世界のあの二人を思い出す。そしてお腹と背中が痛くなる……気がする。
「アイとシーの様子を見るついでだ。勇者とやらが使えそうか品定めしてやるよ」
そして、俺にとって害があるかどうかもな。




